エピローグ
◆エピローグ
五月九日(土) 午後六時 特殊能力者保護観察所
あれから早一ヶ月以上が経つ。
都内で起きた連続全焼事件については自然災害という形で幕を閉じ、事件に関するマスコミも当時に比べたら大分減った。
俺たちは数週間、他の未成年犯罪者と同じ保護観察所で保護され、この特殊能力者保護観察所が設立してからすぐに移動させられた。外観には何も書かれていない、怪しげな施設だ。
所長は朽木が務めている。そういえば、今日は姿を見かけないな。
「今日朽木さんは?」
キッチンでフライパン片手に料理する榊原に問いかける。
「さあー? 見てないよ」
「そうか」
「あ、というか東雲先輩ちょうどいいところに。水ちょうだい」
「お前な……」
俺は「またか」と嘆息して、臙脂色のエプロンをつけた榊原に近づき、何やら煮物を作るらしいフライパンに、空中で無から少量ずつ水を垂らしていった。
「ストップストップー。ありがとうございましたー」
「冷蔵庫に水あんだからそれ使えよ!」
「いやー、節約節約。節約は大事だよ」
何かいいように利用されている気がする。
ふとコンロを見ると、火が上がっているが、スイッチが入っていない。
「コンロあるんだからそれ使えよ!」
「節約だって言ってるでしょー!? それにコンロだと僕の言うこと聞いてくれないんだよ!」
「知るかアホ、そんぐらい自分で調節しろ!」
ここ最近、ほとんどこんな調子だ。俺たち専用の施設に入ってから、能力を使うことに躊躇いがない。
適当に見切りをつけてダイニングへ移動すると、テーブルに食器を並べる水無瀬を発見した。
「朽木さんなら、四十九日だそうですよ」
さっきの話を聞いていたのか、それとも心を読んだのか、水無瀬はそっと呟いた。
あの人の四十九日……??
「朽木さん生きてるよね!?」
「……朽木さんご本人じゃありませんよ。私たちは毎日幽霊と話してるとでも言うんですか。全焼事件で一緒だった木下って人の葬儀らしいです。詳しいところまでは読めませんでしたが」
「木下……? 知らないな」
しかし、今日から四十九日前といえば、全焼事件終わりがけで雨宮が捕まっていた時、そして丁度俺たちが保護されたぐらいだろう。朽木が言っていた“大切な人”とは、もしかしてその木下って人なのでは。
「もうすぐ晩御飯出来るので、皆を呼んできてくれませんか?」
「了解―」
って、それこそ水無瀬の得意分野だろう。なぜそこで力を使わないんだ……。
まぁいい。一度引き受けたのだから、やるしかないな。どうせ皆といってもたった二人だ。
一旦廊下に引き返し、速水の部屋の扉をノックする。しかし返事がない。片桐の部屋も同様だった。
どうやら施設内を探しに回る必要がありそうだ。
――速水はわかりやすいことに、娯楽室で偉そうにソファに腰掛けていた。それは娯楽室の半透明な扉からシルエットで一目瞭然である。速水は何やら一人読書に没頭しているご様子。
「おい速水―。晩飯出来るぞー」
「了解した。……そうだ東雲」
「うん?」
珍しく呼びとめられて速水の方を向くと、バチンッ! と大きな音を立てて俺の顔面に何かが当たり、床に落下した。
「お前宛てに手紙、来てたぞ」
速水はそう言って閉じた本を片手に立ちあがる。
「だから……普通に渡せぇぇぇええええ!!」
こいつが何かを俺に渡す時は、なぜか必ず力を使い風で飛ばしてくるのだ。今のように手紙やら新聞やら、時にはテレビのリモコンやら辞書やら。
俺の横を通り過ぎてダイニングに向かう速水。俺はそいつの背中を睨みつけながら、床に落ちた手紙を拾い上げた。
送り主の名は、美樹さゆり。普通なら電子メールを使えばいいのだが、相手が病院にいるとなると、電子機器の使用不可などでどうしても手紙という手段になる。
東雲さんへ
お元気ですか? 私はぼちぼちです。
外はすっかり鯉のぼりシーズンです。そっちの施設からも見えるでしょうか。
あれからもう一ヶ月以上が経ちますね。そろそろ二人とも見つかって、東雲さんと同じ施設で保護されていることを切に願います。
私はあと数週間もしたら退院出来るそうです。退院したら、高坂くんにいろいろなアミューズメントスポットに連れて行ってもらう約束をしました。
通っていた三日月高校には戻れないけど、自宅学習でしっかり勉強して、高卒の資格を得て、自分の行きたい大学を目指します。
前のお手紙で、東雲さんが元気にしていることがわかって嬉しいです。施設でのお話、能力のお話、もっといろいろ聞かせてください。楽しみに待っています。
五月五日 美樹さゆり
俺は、彼女には全て打ち明けると約束した。
三日月高校での事件で、彼女は全焼事件の犯人を知ってしまったのだ。いや、もとから知っていたのかもしれない。
しかしメディアが自然災害と報道する最中、彼女の疑問は加速し、こうして俺と文通をするようになった。
事件の詳細とまではいかないが、その経緯や能力の存在、それ故に今この施設にいることを大まかに伝えている。英治にも教えていいと言っておいた。一応、英治にも能力を使うところを一度見せているからな。
ふと、はめ殺しの窓から空を見上げる。
外はだいぶ日が落ちたところで、橙色と紫色の空が広がっていた。数日前のこの空には、確かに鯉のぼりがあったかもしれない。
空を見ていると、あるメロディーが俺の脳内で再生された。
非力で、無力な、僕だけれど
変えたい「願い」は きっと誰にも負けない強い力
いま動き出す たった一人で
手を差し伸べて たった二人で
何を変える? 何が変わる? ちっぽけな存在でも
ただひたすらに もがいてやる
空を青に染めるため
真実も嘘も全部 向き合って 歩いてこう
それは、雨宮が何気なく口ずさんでいた歌だった。微かな記憶を頼りに歌詞を思い返してみると、全ての謎が解かれた気がした。
「…………」
“最後の日”のことを思い出し、感慨にふける。
……おっと、今はそんなことしてる場合じゃなかったな。今度は片桐を呼びに行かないと。
――片桐は多目的ホールにいた。この部屋は小さな体育館みたいなもので、部屋と呼ぶには広く、体育館と呼ぶには少し小さい。そんな、体を自由に動かせるスペースだ。片桐はそこで一人、バスケのシュート練習をしていた。
「バスケ……!」
鼓動がドクンと飛び跳ねる。久々の高揚感。俺の体が、バスケしたいって叫んでる。
「片桐! ワンオンワンしようぜ!」
晩飯の呼び出しのことなど忘れて、シャツの腕を捲る。
「おう! 望むところだぜ!」
「先にシュート決めた方が勝ちな」
「おうよ」
ジャンケンの結果、俺は後攻となった。
「おっしゃ行くぜ東雲ェ!」
俺は腰を低く落とし、ディフェンスの姿勢をとる。簡単には抜かせねぇぞ片桐!
「チッ、流石海島バスケ部ってヤツだな」
「ったりめーだ。レギュラーだぜ? お前は経験者か?」
「中学で少し、な。あとはストリートしかやったことねェ」
「なるほど道理で……!」
道理で上手い。これでチームワークが取れれば全国大会レベルに匹敵するだろう。
だが、俺だって中学高校とバスケを続けてきた身だ。隙を見て片桐の持つボールを奪う!! ……はずだった。
「消えた!?」
一瞬、何が起こったかわからず、その場に立ち尽くしていると、背後からパスン、とネットが揺れる音が聞こえた。片桐のシュートが決まったようだ。
「お前、今何を――」
「悪ぃ悪ぃ! 負けると思って咄嗟に力使っちまったわ」
「片桐貴様」
この男、バスケを侮辱しやがった。これじゃあ超次元バスケだ。
「だってよォ、東雲の威圧感? ってーの? ハンパなかったんだぜ。これはもうインチキする他に勝ち目ねーって」
「それは褒めてんのか?」
「おうよ!」
「あ、そう……」
褒められて悪い気はしなかったが、勝負に力を使ったことは許さない。だが、あの一瞬で力を使って抜いた片桐も随分繊細なインチキをしたものだと心の中で称えておく。
「また今度真面目にやれよ。それと、晩飯出来てっぞ」
「はいはーい。晩飯晩飯~」
片桐は呑気にハミングしながら多目的ホールを出て行った。俺も電気を消してから、片桐の後を追う。
◆◆◆
「ナァ」
ここはとある民家の地下室。一匹の黒猫が、主の元へすり寄った。
「はいはい、もう餌の時間だね」
主は猫撫で声で黒猫の顎をさすり、一度“おあずけ”をしてから餌をやった。
「俺もそろそろ餌の時間だな~」
今度は猫の主が、“主の主”にすり寄って行った。
「晩御飯作って~って、あれ? もう完成?」
「えぇ。晩御飯じゃないけどね。これで“計画”のフローチャートは完成……。あとは、これに従って行動するだけね」
主の主は、モニターを前にして顎に手を添え、にやりと不適に微笑んだ。
7つの紋章編 完




