第15話 紋章離脱式
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三月二十三日(月) 午後七時 都内
あれから、雨宮の姿を目撃した者はいない。
だが、雨宮は離脱式の日、必ず所定の位置に現れる、と雪村が断言していた。
俺たちはそれを信じて、今それぞれ、警察の監視の下、各事件現場に立っている。
俺は如月美術館跡、榊原は笹倉マンション跡、雪村はイデアショッピングモール跡、片桐は仙郷寺跡、速水はヘルミス本社跡に、水無瀬は愛染ホール跡。そして、雨宮は三日月高校跡に現れる予定だ。
「はぁ……」
隣にいた朽木が、腕時計を確認して溜息を吐いた。
「どうしたんですか」
「いや、これで事件で終わると思うと、少し、物悲しくてね」
「物悲しい? どうしてですか。事件が終わるんですよ」
「ああ、事件が終わるのはいいことだ。だが……終わってしまったら、この事件の記憶が人々から消えてしまうような気がしてね。この事件ではたくさんの死者が出た。身内や親族が亡くなった人も大勢いるだろう。私の同僚や身内もまた、然り……」
朽木は頭を抱えてその場に立ち竦む。そして、ゆるやかに口を開いた。
「東雲君は、大切な人を失う気持ちがわかるか?」
「……」
その質問は、朽木が今回の事件で“大切な人”を失ったことを安易に表していた。俺は一瞬戸惑い、言葉を失う。なんと返そうか。ありのままを話すか。
「俺にはわかりません。大切――にしなきゃいけないはずの両親のことを大切だとは思ってませんし、そういう経験もないです。まあ、母親はとっくに死んでますけど」
「そうか……すまない」
「朽木さんが謝る必要なんてないんじゃないですか。むしろ、俺たちを憎んでもいいぐらいですよ」
「別段、憎しみとかはないよ。未成年の犯罪者を見るのはこれが初めてじゃないからね」
「……嘘、ですか」
俺はエスパーではないけれど、なんとなくそう直感した。朽木の明らかな虚栄心が表情に滲み出ているのだ。
朽木はそれに対して、何も答えなかった。本当は憎いんだろう。朽木の言う“大切な人”が誰を指しているかは分らない。その人を俺たちの内の誰が殺したかも。そしてきっと、同時に自責の念も強い。連続全焼事件捜査部部長である朽木にとって凶悪な存在である俺たちを自分の力で逮捕出来なかったことは心苦しいだろう。
でも朽木さん、三回目の襲撃を予測したのはすげぇと思うぜ。
「……君たちは、普通の犯罪者とは違うよ」
俺の質問をスルーしたかと思うと、今度は何かしらのフォローなのか、戯けたことを言い出した。
「どういうことですか。大量殺人犯だからですか、計画犯罪だからですか。あぁ、特殊能力犯――」
「魔法の力を消すために、わざわざこんな大掛かりな殺人計画を立てた。――最初、雪村に魔法と聞いて、悪用し殺人をしているのかと思った。だけど違った、そうじゃなかった。榊原君が言っていたね。“この力は人を不幸にする”と。現にたくさんの人々が悲しんだだろう。だけど、その力を無くすために犠牲を強いられたのだとしたら、憎むべきではないと思った。きっと私は、君たちを哀れんでいるんだよ」
哀れみ、か……。いっそ憎んでいると言われた方が気が楽だが。
「朽木さん、別に、全員が全員同じことを考えてるとは限らないっすよ。この前、路地裏で起きた溺死事件の犯人は俺です。俺はその時初めてこの力を悪用して人を殺しました。しかも、明確な殺意じゃない。ただ自分の力を試したいが為に人を殺した。それでも俺は憎まれるべきではないと?」
「なんだい君は。そこまで憎まれたいのかな」
「別にそーゆーわけじゃないですけど」
「その事件については、既に不審死として処理されている。全焼事件についても、特殊能力を使う未成年集団という時点で公安が隠蔽に取り掛かっているんだ。もう忘れなさい」
「忘れなさいって、そんなこと……!」
「もちろん、事件の詳細については後で雨宮も交えてじっくり話すとする。しばらくは保護観察処分だ。その頃には力も消えているだろうしな」
警察にしては随分あまっちょろい処分だと軽蔑した。速水と水無瀬のデスゲームについてはどう処分するつもりなのだろう。あの二人は保護観察ではなく少年院送りになりそうな気がする。加えて片桐は傷害事件を傷害事件で片付ける常習犯、そして雪村はもう謎。強いて言うなら不法侵入、次いで速水・水無瀬と爆発物取締罰則違反。ちなみに榊原と片桐については住居侵入罪・窃盗罪だと思われる。雨宮は不正アクセス禁止法違反とかじゃないか。俺は暴行罪・傷害罪辺りか。そして全員、多額の損害賠償を徴収されてもおかしくない。朽木さん、これは流石にいくらなんでも不当だと思いませんか。
そんな俺の心の中の突っ込みは届くことなく次の話題へと移り変わる。
「もうすぐ時間だな。半径十メートル以上離れないといけないんだったか」
「あ、はい。お願いします」
腕時計を確認しながら俺から離れていく朽木。
朽木は俺よりも入念に、紋章について書かれている掲示板のコピーを読み込んでいた。
もし雨宮が現れた時の為の対策に、三日月高校、そしてヘプタゴン中央付近に私服警官を配置している。
果たして雨宮は現れるのだろうか。俺はずっと、そのことが気になって仕方がなかった。
「早く、会いたいな……」
無意識の内に、俺は独り言を呟いていた。
――どちらにせよ、今日が二回目の人生の分かれ目だ。今日で決着がつく。
俺の右鎖骨下に妙な紋章が浮かび能力を得てから、早二ヶ月が経つ。あの日以来、俺の生活は大きく変わった。
全ての始まりは、最初の事件――イデア全焼事件。高坂と一緒に野次馬していた時に、紋章が浮かび上がった。そして、疎遠だった雨宮を発見し、なぜか仲間にさせられて、全焼事件の犯人である榊原と共に行動するように。
次の事件――笹倉マンション全焼事件では、俺も犯行に加わった。俺は火消しの役目だったが、その頃にはすっかり雨宮のペースに嵌っていたと思う。そして警察が本格的に動き出し。
三回目の事件――如月美術館全焼事件では、生まれて初めて本物の拳銃を手にして、エキセントリックな犯行に及んだ。その日俺は初めて自らの手で人を殺した。あれは絶対、忘れることはない。 途中でどこからか事件を嗅ぎつけた月詠と片桐に出会う。
四回目の事件――ヘルミス本社全焼事件では、月詠のハッタリに翻弄されながらも、今までと違い爆発というアクセントを加えた犯行となる。あの事件の作戦会議で片桐の阿呆さはよく分かった。そして、俺と雨宮が復縁した日も近い。逆チョコというアイデアをくれた高坂には感謝だ。
五回目の事件――愛染ホール全焼事件では、天気は生憎の雨で、いつものように榊原の力で建物を全焼することは出来なかったが、代わりに雨宮の力を使い建物を全焦させることで達成した。JATに「自然の脅威を思い知れ」という子供騙しにも程がある果たし状を書く役を担った俺の身にもなってくれないか雨宮。
六回目の事件――仙郷寺・笹倉児童館全焼事件では、警察の目くらましの為に二カ所襲撃した。俺はいつも通り、文字通りの火消し役。朽木が、雨宮が犯人だと確信した事件。
最後の事件――三日月高校全焼事件は、三回目の美術館の時の襲撃を彷彿とさせる戦術・戦略による犯行だった。途中まではスムーズに事が運んでいたが、雨宮の親友である美樹さんを現場で発見し、マスコミの目も気にせずに雨宮は彼女を連れて救急車へと運んで行った。俺はその日以来、雨宮に会っていない。そのせいで、何度となく発狂しかけ終には傷害事件へと発展した。高坂とも仲違いし、親父と葉山さんの関係についても明らかになり、月詠の正体を知り――とても一週間の内に起こった出来事とは思えぬほど濃密だった。
そして今、それら全てに決着をつけようとしている。全ての罪から解き放たれようとしている。
俺の心は今、広く澄み渡る海のように、ゆらゆらと凪ぐ風のように穏やかだ。
跡地となった如月美術館の砂や木材が揺れる音、少しひんやりとした風を全身で感じながら空を仰ぐと、そこにはぽつり、三日月が浮かんでいた。
俺以外にも、榊原、片桐、雪村、速水、水無瀬の全員が今この瞬間同じ景色を見ていることだろう。
雨宮、お前も今、この景色を見ているか?
この雲一つない夜空を、三日月を。音を。風を。同じように感じているだろうか。
――そんなポエムにも似た俺のモノローグを語っていると、背後から朽木に大声で声を掛けられた。
「東雲君! たった今三日月高校に! 雨宮さんが現れたみたいだ!!」
「っ!!」
驚きのあまり、朽木の方を振り返る。
「彼女も同じように現場の中心に立っている! やるなら今だ!」
「わかりました!」
来てくれたか雨宮。雨宮が三日月高校に現れたということは、“媒体”は存在しないはず。恐らく雨宮も離脱式を目的に現場に訪れた。
……これで終われる。何もかも。この力から解放され、今までと全く同じとはならなくとも、人間として生きられるんだ。
俺はここ約一ヶ月半の出来事に別れを告げるかのように右鎖骨下に左手を当て、再び空を見上げた。
――……どうか、この力が再び人を傷つけることのないように――……
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しんと静まり返った如月美術館跡。
東雲は朽木に背を向けたまま、その場にがくりと崩れ落ちた。




