第14話 死への確信
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三月二十一日(土) 午後五時四〇分 朽木宅
残る二日。この短期間で、”媒体”を手に入れなければならない。
媒体とはもちろん、一度紋章を預けておく相手だ。ターゲットは既に決まっている。この家の主、朽木昴。
この拘束はいつでも解けるが、厄介なのは見張り役、木下智恵の存在。彼女をどのタイミングで振り払うかが重要なポイントとされる。
木下が何を考えているのか、私には分からない。何を思考し、どんな行動を起こすか、皆目見当がつかない。彼女はまさに、未知数的ポジションなのだ。
――日が落ちてきた。そろそろ、彼女が夕飯の買い出しから戻ってくる頃だろう。
どうする? 明日は日曜だ。朽木を媒体にするなら、明日が一番都合がいい。木下が明日の朝からこの家に留まっている確信もない。振り払うタイミングがあるとすれば、次に彼女がこの家に上がった時ぐらいだろう。
ずっとこの家に隔離されていたせいか、判断力が鈍っている気がする。こんな時は誰かに背中を押してもらいたい。しかし雪村は現在速水の家で作戦会議をしているはず。ここは独壇場となる。
私が延々と思考を巡らせていると、そんな猶予も残りほんの僅かだと知らせる、扉がガチャリと開く音がした。
「ただいま~」
木下が帰ってきた。
「おかえりなさい」
動くタイミングは、彼女が夕飯を作る前か後のどちらかだ。後では朽木がすぐに帰ってくるかもしれない、となると前。本当は夕飯の支度時に背を向けているタイミングを襲うのが一番効率的だが、それだと後々面倒事が多い。
動くなら、今か。
両手足を拘束する枷の錠前に、全集中を注ぐ。小さく、なるべく音を立てずに、雷の力を借りて破壊していく。
大丈夫、時間にはまだゆとりがある。集中しろ、雨宮紅愛。
「紅愛ちゃん」
「!?」
唐突に、木下に話しかけられる。一体何の用だ。語尾の下がりようから、どうやらあまり明るい話題ではないと思われる。
「聞いてほしいことがあるの」
「な、なんでしょう……?」
途端に明るい口調へと変化した木下を見て、一気に緊張が解けてしまう。
ゆっくりと近づいてくる彼女。私は力を一旦抑えた。
そして木下は、変わらぬ楽しげな明るい口調で言う。
「あたし、見つけちゃった。紅愛ちゃんが犯人だっていう証拠♪」
「へ……?」
一瞬、何が起こったのか判断に遅れ、思わず素で冷や汗をかいた。
「これを見て」
言われた通りに、見てと言われ差し出された一枚のコピー用紙を睨め回す。
そこには、雪村が朽木に見せたと思しき掲示板のコピーと、私が能力に目覚めてから見つけた、紋章について書かれた掲示板の魚拓のコピーが印刷されていた。
「雪村棗はソースをいじって、嘘の情報を昴ちゃんに教えた。それは紅愛ちゃんを守るため。そして、これが実際の掲示板。今は閉鎖されて見れなくなっていたけど……とある探偵さんがそれらしい情報をマークしていたから、少し操作して見つけたの。結構時間かかったんだよ。ま、この実際の掲示板ってのもPHPが組み込まれてないし怪しいこと極まりな……」
「終わらせる……ッ!!」
「紅愛ちゃ……!?」
木下が本当に有力な情報を知ってしまったことは理解した。私は彼女に先に手を出される前に、枷を外そうと集中する。少々粗く神経を使ったからか、雷はジリジリと音を立てて能力の使用を木下に知らせてしまう。
「させない!」
「うっ!」
私が枷を外そうとしたことを瞬時に察知した木下は、咄嗟にポケットからスタンガンを取り出して私の肩に電流を流しこんだ。
痛い。本来、電圧は相当高いだろう。だがしかし、人間を超越した私の人体にはさほどダメージを与えない。むしろ逆効果だ。その電流は、私の力を増幅させ、ついには枷をバキンッ! と破壊した。
「そんな……!」
木下は瞬時に危険を察知し、半歩下がって様子を窺った。
「甘いわね。でも、ここまで辿り着いたのは恐らく貴女が初めて――少し、遊んであげるわ」
「警察も随分と舐められているようで……」
一つ溜息を吐いた木下は、自身の胸ポケットから警察手帳を取り出した。
「改めて自己紹介させてもらうね。あたしは警視庁公安一課の木下智恵。連続全焼事件捜査部の裏方、連続全焼事件特殊能力捜査部部長。先程のコピーの内容は既に本部に届け出した。そして少なくとも仲間が六人いることはわかってる、現在全力で捜査中よ。何か質問はある?」
「特殊能力捜査部、ね。そんなものが存在するということは、今までにも似たような事件があったということかしら」
「それは口外出来ない」
あったのだろう。だが、先程の木下の驚き様から見て、今回のような事例は初めてだと思われる。もし過去に不思議な事件があったとすれば、催眠術だとか、予知能力だとか、その辺の部類だろう。
「じゃあ今度はあたしから質問。――――昴ちゃんを、どうするつもり?」
「……」
「答えて。もし、紋章離脱式が失敗に終わると仮定して強制的に単独紋章離脱式の標的にしているなら、貴女の紋章を取り除くためにあたしたちも精一杯協力する。だけどもし……紋章集結式のために一時的な媒体にしようとしているのなら、話は別。ここで貴方に死んでもらうしかない」
木下の言葉の直後、玄関から続々と機動隊が現れ、取り囲まれた。もう私に、集中力をコントロールする余力は残っていない。
もはや、これまでか……。
……。
…………。
そう諦めかけた時、右鎖骨下がジリジリと痛み出した。
「うッ……!!」
「!?」
周りは何事かと、一層警戒心を強める。
「はぁ、はぁ……ッ」
灼熱のような痛みを訴える紋章部分を両手で押さえ、その場にしゃがみ込む。
『一つだけ約束して。途中で投げ出したりしないって』
『きっと……なるよ。紅愛ちゃんが、そうするんだよ』
『私の目的は、灰色の空を青に染める……――この日本を、世界を、淘汰すること。そのためならば私は悪にでもなろう』
『願いを成し遂げることが今後一切出来ない見込みになると紋章を剥奪され、死亡する』
走馬灯のように、今までの思い出が頭の中を駆け巡る。
ここで諦めたら、死ぬ……?
死んだら、何も出来なくなる?
誰かを愛することも、誰かに笑いかけることも、誰かに涙を見せることも、何も出来ない。
そして、願いを叶えることも――――――――――
ザ……ザ……、本部より連絡、本部より連絡。雨宮紅愛の仲間と思しき未成年を六名保護しました。繰り返します、……
「私は、まだ…………諦めない!」
「発砲準備!」
木下の指揮のコンマ数秒後、この部屋全体を覆う大きな落雷が起きた。
機動隊の生死は不明だが、木下は即死で間違いない。
大きな騒ぎになる前に、私はこの部屋を脱出した。




