第11話 三者三様
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「本当に、雨宮が犯人で間違いはないのだろうか? 最後の事件以来、雪村も学校を休んでいる……雨宮は囮だったのかもしれないな……」
文字通り、暗中模索する東雲総一朗。
そこは、今は使われていない雨宮の自宅だった。ここに何か手がかりが隠されているはず――と踏んだ総一朗は、不法侵入ではあるが独断で家宅捜索を行っていた。
「何も見つからない、か……。彼女を甘く見ていたようだな」
昨日からずっとこの家の中を物色し、雨宮の自室、両親の寝室、リビングにキッチンにトイレまで。ありとあらゆる場所を隅々まで調べたが、本棚にある文庫本をパラパラと捲り終わったところで脱力した。
そもそも、こんな警察でも捜索出来る範囲に犯人――いや、雨宮が物的証拠を残すわけがないのだ。しかし、いつどこで誰が見つけるかもわからない場所に保管するのも考えられない。これはあくまで彼女が単独犯だった場合の話だが。
必ずどこかに情報は落ちている――――――――
ふと目に入ったのは、先ほど総一朗が物色したダンボール箱の山々。中身は両親を亡くしてから使わなくなった食器などで埋まっていたが、ダンボール箱自体は年季の入ったもの。
最初は何か別のものが入っていたとしたら――と総一朗は先ほどの本棚を見る。その本棚は明らかにおかしかった。棚の端に、何かを切断した後のような痕跡。勘のいい総一朗は気づく。これはもともと食器棚で、扉を外し、本棚として再利用していたのだと。
総一朗は早速ダンボール箱から食器を全て取り出し、本棚にあった文庫本と入れ替えた。そうするとダンボール箱は途端に重くなる。それを階段上に積み上げると、ダンボール箱を少し残して総一朗が天井に届く高さになった。
「ビンゴ……かな」
積み上げたダンボール箱を両親の寝室まで平行移動させ、天井に位置する照明のカバーを取り外す。更に蛍光灯も取り外すと、ようやく四隅の螺子が姿を現した。総一朗は一旦箱から降りてプラスドライバーを持ち出し、再び箱に乗って螺子を外す。天井とよく似た材質のカバーで、それをぺろんと捲ると、小さなマイクロSDカードを発見。
「……来た」
読みが当たった総一朗は顎に手を添えて、フン、と鼻を鳴らした。
しかし、雨宮の自宅のパソコンではそのデータを開くことが出来ず、ひとまず持ち帰ることに。
さも何事もなかったかのように雨宮家を出発し、道端を歩いている時だった。
――東雲総一朗は、何者かによって背中を刺された。
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同日 午後四時 国立大学病院
「来たのね」
手術室手前のベンチに座っていたのは葉山瑞紀だった。
流石に、仕事が多忙とはいえ愛人の危篤には駆けつける余裕があったか、と俺は一人で感心する。
「そりゃあ、一応血の繋がった親子ですし」
俺は気怠げに返事した。
「ふふ。そっか」
葉山は微笑んだ。出来ればその真意は知りたくない。
「私はね」
唐突に、葉山が何か話を切り出した。
「総一朗さんとは、二年前、ある一件で探偵を依頼した時に出会ったの」
何かと思えば、どうやら思い出語りのようだった。それを聞いて、俺が気を許すとでも考えているのだろうか。
「私が頼んだ依頼は、ストーカーの特定。毎日、誰かに見られているような気がして……三日おきぐらいに、盗撮写真が自宅に送られて来るようになったの。不気味になって、事を穏便に片付けてくれる探偵を探していたら、ちょうど総一朗さんの話が持ち上がったの。夜の探偵って言われていて、夜にしか依頼を頼めない不思議な探偵――」
俺が黙って話を聞いていることを確認した葉山は続ける。
「総一朗さんの活躍で、ストーカーは無事に撃退できたわ。それから、私の仕事仲間の相談も聞いてもらうようになって……ふふ、一緒にいるのが楽しくなっちゃったのよ」
葉山は照れくさそうに笑った。それを見て俺は、ああ、この人は一人の女として恋愛をしているんだな、そう思った。
「私の仕事がない日は、総一朗さんのお仕事を手伝ったり。今ではもう立派なアシスタントになれたと思っているわ。それに、お互いに自分を慰めてくれる人がいなくて……次第に、そういう関係になっていったのかも」
それを聞いて、俺はふと、昔の雨宮の言葉を思い出した。
『人は、自分の居場所がないと不安なの。目に見えなくても、誰かに愛されてるって、思いたいの』
親父がお袋を失ってから、どんな心境の変化があったのかはわからない。けれど、親父が不安や寂しさを抱えていたことは事実だろう。
「総一朗さんが言っていたわ。実の子にも見放されたみたいで、辛いって」
「親父がそんなことを?」
「うん。本当に辛そうな顔で言っていたわ。……蓮くん、気付いてあげて。お父さんは貴方を見放してなんかいないわ。冷たくしたりしないで、向き合ってあげて」
「……フンッ」
思わず鼻で笑ってしまった。
「なんですか、それ。親父と結婚してもちゃんと俺の面倒見るよアピールですか? 自分の理想の家族団欒を築きたいと」
「そんなつもりじゃないわ、それだけなら新しい子をつくるし……!」
「じゃあそうして下さい。俺は関係ないんで。俺、別に、お涙頂戴とか、いらねぇし」
「蓮くん……!」
「俺はそもそも、家族ってのがうざいんだ。切っても切れない関係とか、虫酸が走る。そりゃあね、小さい頃は親父のこともお袋のことも本気で愛してたよ。まだ物事の区別がつかない子供だったんだ。自分が虐待を受けることすら愛情のように感じるんだよ。幸か不幸か俺は数ヶ月と経たない内に虐待だと気付いて軽蔑したけどな」
俺は吐き捨てるように語尾を息巻き、侮蔑した。葉山はこのことを知らなかったのか、開いた口が塞がらない様子。
「親父の言う通りだよ。俺が、家族を見放したんだ」
どうしてあんな人間と血が繋がっているのか、不思議で不思議で仕方ない。もしも繋げているものが鎖のように目に見えるものならば、ずっと前に切り落としていたはずだ。
「葉山さんは、家族の心は繋がってるって本気で思ってるんですか?テレビドラマの見すぎだと思いますよ。バラエティでもドラマ好きだと公言してますもんね。……俺もドラマは好きですよ。そういえば、とあるドラマにこんな言葉がありましたね。――親も子を本気で憎むことが出来る、とか。その逆もまた然りだと思いますよ」
葉山は、ふぅ、と溜息をついて肩を落とした。
「わかったわ、じゃあこうしましょう」
納得してみせた直後に提案の姿勢をとる。
「これで最後よ。最後に一度だけ、総一朗さん……お父さんに、顔を見せてあげて」
俺はこくりと頷いた。
東雲のネームプレートが掲げられた病室の扉を軽くノックして入っていくと、右列窓際に親父の姿を捉えた。
「っ……」
なんと声を掛けていいのか分からない。最後に話したのはいつだったろうか。確か、葉山との熱愛写真をテレビ局に送りつけた日だったか。
「背中刺されたんだってな」
無愛想に、無難なことを尋ねる。
「ああ。……少々、深入りしすぎたようだ」
深入り……ああ、全焼事件のことか。だとしたら、親父を刺した犯人は月詠だろうな。
「探偵なんかやってっからだろ」
「まあな。後悔はしてないがね」
しばらくの間、淡々とした会話を交わした。
そしてようやく、親父が一番聞きたいであろうことを尋ねてきた。
「なぜ、事件ファイルを盗んだ?」
「あんたには関係ねぇよ」
「そうか……正直に答えてくれたら、蓮が知りたい情報を一つ、教えてやろうと思ったんだがな」
親父のその一言で、俺はあることを閃いた。上手くやる自信はある。




