第6話 瓦解
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同日 午後七時 海島駅周辺
「こんな時間に呼び出すなんて、急にどうしたんだよ」
「聞いて驚け! 今日はなんと、合コンの席を用意したんだ」
「合コン?」
「まー、合コンつっても、男二対女二でファミレスっていう高校生らしいこぢんまりとした合コンだけどな」
英治はサプライズのつもりなのか、俺に黙って合コンを準備していたらしい。
きっと俺を元気づけるためのものなんだろうが、俺の気分は全く晴れない。
「聞いてねぇよ」
「だって蓮、合コンするって明かしたら来ないだろ?」
そりゃそうだ。今までにも何度か誘われたことはあったが、その全てを断ってきた。
「今日はパーッと遊ぼうぜ? 悩みなんか、忘れてさ」
英治はニコリと笑って俺の肩に手を回した。しかし、俺はその手をパシッと振り払うと、英治を睨んだ。
「悩んでなんかねぇよ」
「え?」
英治は一瞬怯んだ様子で俺の顔を覗き見る。
「来週にもなれば雨宮は帰ってくる。それまでの辛抱ってだけだ」
「蓮……」
俺が薄ら笑いを浮かべると、英治は落胆した。かと思うと、今度は俺の両肩を掴み、顔を近づける。
「俺の言いたいことわからないの? 雨宮さんと関わるのはもうよせよ。いくら蓮があの子のこと好きだからって、何もそこまで固執する必要ないじゃんか! 俺は、お前が心配なんだよ。あの子は危険だ。出来れば近付かないでほしい。蓮には幸せな未来を選ぶ権利があるんだよ!」
薄々勘づいていた。英治が俺のことを心配して雨宮に近づかないよう仕向けようとしていたこと。その結果が合コンだ。
しかし、俺は英治の言葉を受け入れることが出来なかった。
「幸せな未来? お前、馬鹿じゃねぇの。俺に選ぶ権利がある? もう、遅いんだよ」
俺はもう人間じゃないのだから。立派な犯罪者であり、異能を持った怪物だ。その俺に幸せを選ぶ権利がある? ほざくな。離脱式が完成しないことには、何も始まらないんだよ。絶対に失敗することは許されない。
「何、言ってんだよ」
焦燥する英治。俺の肩を掴んだその手は、途端に水ぶくれのように膨れ上がっていった。
「ひっ!?」
自分の両手の異変に気付いた英治は、すぐさま俺の肩から手を離し、慌てながらもまじまじと異変の様子をうかがった。
指の皮膚が不規則に盛り上がったその手は、グロテスクと形容するのが一番相応しい。
「おい、なんだよこれ!」
「悪く思わないでくれ。言っただろ、来週までの辛抱なんだ」
俺はそう言うと、英治の膨れた手を見つめ、元の状態に戻してやった。
「それまで俺に関わるな」
言葉を吐き捨てると、英治に背を向けて夜の暗闇に身を溶かした。
以前、雨宮が人の体内に力を及ぼし心臓麻痺を起こさせていた様子を見て、俺の力も人体に使えるのではないかと調べていた甲斐があった。
水ぶくれの場合、殆どは火傷が原因で発生するものであり、その際の水は血漿というらしい。血漿に含まれる成分を調べ、その成分を含む水分を作り出すことが出来るのか、まずは自分の体で実験した。最初は無理だと思っていたが、力の使い始めの時のことを思い出し、根気よく続けていたら完成したのだ。
自分をそこまで粘り強くさせたのは、幼げな好奇心からだろうか。
両手をポケットの中に突っ込むと、左手でジャラジャラとコインをかき回し、右手でライターを掴む。
俺は今、とても試したいことがある。
自宅では出来なかったあの実験。ようやくお目見え出来ると思うと、自分の鼓動がいつもより速く脈打っていると実感した。
もしかしたら、力を失うことは自分にとって、玩具を取り上げられることと同じなのかもしれない。
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同日 同時刻 朽木宅
「ほらほら、遠慮なく食べて食べて~」
「は、はい」
相変わらず、すっかり木下さんのペースに付き合わされている私と朽木。
「遠慮なくって……一応俺の家なんだけど」
「でも食材はあたしが買ってきましたー。昴ちゃん家の冷蔵庫、カラッカラなんだもん」
木下さんは舌を出してはにかんだ。この人を見ていると、自分が容疑者として拉致されていることを忘れてしまいそうだ。
食卓には豪勢かつヘルシーな料理が並んでいる。しっかりカロリーバランスが計算されていることが素人目でもわかるほど。
「木下さんは、栄養士の資格でも持ってるんですか?」
「うーん、資格は持ってないけど、勉強したことはあるよ」
ふぅん、と相槌を打つ。
「紅愛ちゃんも勉強するといいよ~。いい奥さんになれるよ~」
「犯人じゃなかったらの話な」
おどけた木下さんに正論を叩き込む朽木。案外この二人は相性ピッタリだったりするのかもしれない。
「出来れば、犯人じゃないことを願うけどね。でもこの際だからさ、何か悩みがあるなら言ってみて?」
悩みか。そんなもの、あったかな。力を持ってから、何もかもが上手く行き過ぎていて逆に悩ましい。これから先、何か罰でも当たるんじゃないかと。流石にそれを打ち明けることは出来ないが。
「そうですね。強いて言うなら、木下さんが優しく振舞って真髄を聞き出そうとしていることが悩ましいです」
「真髄だなんて……紅愛ちゃんのことを色々聞き出そうとしてることは否定しないよ。でも、犯人じゃないなら言っても問題ないじゃない?」
「犯人じゃないからこそ、プライバシーの侵害だと言っているんです。黙秘権を認めないおつもりで?」
木下さんはそれ以上聞き出そうとはしてこなかった。自分でもこれ以上壁を作れば怪しまれることこの上ないと承知の上だが、なぜか、彼女にだけは譲りたくない、譲るなと心のサイレンが私を脅かすのだ。
わざわざ人の悩みを食事の席で聞き出そうという行為自体が、どこか心理学に精通していると思えて仕方がなかった。その上、警察という職業柄、この人が犯罪心理学を心得ているかもしれないという憶測も働きかける。
彼女は危険だ。まだ関わって一週間も経っていないが、この人はきっと何をやらせても上手い。オールマイティ。だからこそ、一瞬の隙が命取りになる。
「黙秘権を行使するのは構わないが、ただ黙っているだけでは容疑者から外れることはないよ」
「わかってます」
朽木に口を挟まれ、即答する。別に容疑者から外れようとは思っていない。ただの時間稼ぎだ。計算違いだったのは、木下智恵という厄介な人物が送り込まれたこと。
そこさえクリアすれば、どうとでも成り得るだろう。




