第5話 アウティング
その後、速水先輩による今後の注意点とアドバイスの時間が過ぎ去り、ボクたちは解散した。月詠先輩は引き続き警察の監視、東雲先輩はそそくさと一人で夜の街に消えていく。
ボクと片桐先輩は、この場に残り、速水先輩と水無瀬ちゃんとのコンタクトを図った。
本当は水無瀬ちゃんとだけ話がしたかったが、この二人はこの家から出られない状況で、なおかつここが速水先輩の自宅であることから二人同時で妥協することに。
「珍しいな。榊原から俺たちに直接話がしたいなんて」
「うん。二人には、ちょっと聞いておきたいことがあるからね」
「聞いておきたいこと?」
速水先輩は眉をぴくりと動かして、訝しげにボクを見た。ギラリと光る眼光に気圧されそうになるが、そこはボクも負けず劣らず睨み返す。
「二人は、ボクたちに何か隠し事してるよね」
「隠し事、とは?」
「雪村棗のこと、とか。本当はその人のこと知ってるんでしょ?」
速水先輩は、ふぅ、と一つ溜め息をつくと、仕方ないといった風に話し始めた。
「雪村は、俺の中学時代の知り合いだ」
「ってーことは、お前はもちろん月詠のヤツも知ってんだよな? なんでそのことを雨宮に言わねぇんだよ」
ボクの代わりに、片桐先輩が代弁してくれる。
「混乱させるとまずいだろう、今は。それに、雪村が深入りしすぎないように月詠が手を打ってくれている。心配はない」
はっきりと断言された。その言葉を信じていいのかどうかはわからない。せめて、水無瀬ちゃんと一対一で話せたら。
「もう一つ聞きたいことがある。速水先輩と月詠先輩は、何を企んでるの?」
「企む、か……」
再びボクの言葉を反復した速水先輩は、腕を組んで考え事をした。
「そうだな。そろそろ伝えておかないといけないな。順を追って話すから、反論があれば最後にまとめて聞く」
「わかったよ」
正直、ボクには速水先輩が何を考えているのかわからない。月詠先輩とはまた異なるケースで、本性を隠しているというより、口数が少ないタイプだからだ。だから彼がどう言葉巧みにボクたちを納得させるのか、という興味もあった。
「紋章集結式を知ってるか?」
――紋章集結式。それは、ボクが最も耳にしたくないワードだった。一瞬、彼らはこれを狙っているのだろうか、とも考えたが、先ほどの“順を追って話す”という言葉を思いだし、喉まで出かけた反論を飲み込んだ。
「オレは知らねぇぞ!」
「……だと思ったよ。ざっくりと説明すると、“俺たちが目的としている”紋章離脱式の反対で、全員の力を一人に集結させようという術式だ。俺たちの力は失われ、新たに力を持たない人間に全ての力が注がれる」
「それ、かなりキケンなやつか!?」
「ああ。俺たちよりももっと強大な、“バケモノ”を生み出す術式だ」
速水先輩は無表情に続ける。
「そして、それを行おうとしている輩が俺たちの中に紛れ込んでいる」
「!!」
ボクは唖然とした。
紋章集結式を目的とする人が、ボクたちの中にいる……?
そんな。考えられない。それがありえるとしたら、その人は今目の前にいる速水先輩や、月詠先輩じゃないのか。
しかしその本人であれば、このタイミングでカミングアウトするのはおかしい。
じゃあ、一体、誰が。
「雨宮さんです」
水無瀬ちゃんの一言は、鋭い刃となってボクの胸に突き刺さった。
「どうして……」
一度はそれを疑った。だけど、彼女は泣きながら離脱式を完成させようと言ってくれた。それすらも、演技だとでも?
「動機がわからないよ。雨宮先輩は、この力のせいで両親を失ってるんだ。それは、ボクも同じ……信じられないよ」
「動機ならある」
「……え?」
更なる衝撃がボクを襲う。
「雨宮さんには、集結式を行う動機があります。この世界を、破壊しようとしているんです」
「破壊だとォ?」
「はい。私の力を使って読んだので、間違いありません」
「……」
水無瀬ちゃんの説明には、説得力があった。だからなおさら悔しかった。
雨宮先輩が、この世界を破壊しようとしている。一体、なぜ。
「破壊する動機はなんなんだよ」
ボクは怒気を含めて言い放つ。
「絶望です」
その一言に、ボクは息を呑む。
「雨宮さんは、この世界に絶望しているのです。だから、破壊する。それが、雨宮さんの“願い”なんです」
願い。それは、紋章を宿す条件だったはずだ。つまり、雨宮先輩の“願い”は、七つの紋章の均衡を崩すイレギュラー。彼女を止めないことには、集結式が発動してしまう。
しかし、集結式で力を宿す媒体となるのは、同じく強い“願い”を持った、力を持たない人間のはず。そうなると、雨宮先輩は一度他の人に単独紋章離脱式で紋章を手放すはずだ。その媒体となるのは――……
ボクの脳裏には、ある人の名前が浮かんだ。
雪村棗。
どんな姿をした人間なのかは、ボクにもまだわからない。
けれど、可能性があるとしたら、そこだ。
「俺たちは雨宮の目論見を防ぐために動いている。月詠にはほぼ毎日監視させている。以上だ。何か言いたいことはあるか」
「特にないよ」
「そうか。片桐は?」
「オレも特に、反論とかはねェ。けど、ショックだぜ……今までいろんなトコぶっ壊す計画を立ててた雨宮が、違う目的のために動いてたとかよォ。それよりも、この世界に絶望してた、そんな風に思ってたアイツに気づいてやれなかったのが悔しいぜ」
片桐先輩は、どこまでも優しい人間だった。ボクはそんな彼を羨ましく思う。
「アイツに、希望を持たせてやることはできねェのか? そしたら、離脱式に賛成してくれるんじゃ……」
「それは不可能です。紋章の力の原動力は“願い”。その願いが叶わないとわかったとき、力も体も消滅します」
「チクショウ!」
片桐先輩は感情に任せて自分の腿を叩いた。その後、しばしの沈黙が続く。
「……話してくれてありがとう」
「ああ、こちらこそ黙っていて悪かった」
速水先輩は俯きがちに返事した。
「何か手伝えることがあったら言って。ボクたち、仲間なんだからさ」
「……考えておく」
仲間、なんて言葉は、速水先輩の嫌いな言葉なんだろう。けれど、ボクはあえてその言葉を使ってみた。そうして返された反応を見て、少なからず彼の心に響いたのだと確信した。




