第3話 尋問開始
放課後、眠気を患いながら受けた授業の内容はすっからかんに忘れていたが、英治の「見舞い」の一言で目が覚め、美樹さんが入院している病院へと足を運んだ。
到着した頃は既に夕方。
橙に包まれた病院は、まるでドラマのワンシーンのようで、なかなか風情のある光景だった。
「面会の方ですね」
適当に受付を済まし、美樹さんのいる病室に向かう。
俺は内心モヤモヤとしていた。
彼女は俺が犯行現場にいたことを知っている。それを誰かに告げ口しているかもしれない。
英治が扉をノックして一言「お見舞いに来ましたー」と言うと、扉の向こうから「どうぞ」と返される。
申し訳程度、扉を開いて中に入り、ベッド近くに用意されたイスに腰掛けた。
美樹さんは患者服の下に包帯をグルグルと巻かれており、顔はところどころ布で覆われていた。
その様子を見た俺たちは、とても「大丈夫?」「元気?」とは聞けず、
「久しぶり」
と声をかけることしか出来なかった。
「お久しぶりです。元気にしてましたか」
逆に、彼女に気を遣われたみたいで、しばし返答に困惑してから、
「あんまり元気じゃないかも」
と返す英治。俺もその後に、右に同じ、と答えるのだった。
「そうですよね……紅愛ちゃんも捕まっちゃったし。でも――」
「でも?」
英治が聞き返す。
「紅愛ちゃんのこと、悪く思わないであげてください。あの子は、何の考えもなしに人を殺したりする人じゃないから」
「……」
美樹さんの発言に英治は再び困惑し、今度は黙り込む。
「わかってるよ」
そんな英治に代わって、俺は優しく呟いた。そうすると、美樹さんは不思議そうな目で俺を見る。何か言いたげな目だ。しかし、その後に英治に目配せをするといったん目を瞑ってベッドに向き直った。
最近学校はどうだ、とか、三日月高校はどうなったのか、とか。そんな会話を交わしながら時間が経っていく。
とうとう、美樹さんは全焼事件のことを一切口にしなかった。
◆◆◆
『どうするつもりだ?』
電話越しに、聞きなれた速水真秋の声が聞こえてくる。
時刻は午後十時。夜の街のイルミネーションを背に、路地裏で一人しゃがみこむ。
「どうするつもりって、何が?」
僕はいつものように茶化した風に笑った。
猫用の缶詰を開けると、中身を適当な器に移し替える。缶詰のままでは猫が口を切ってしまうかもしれないからだ。
匂いに寄ってきた一匹の黒い猫は、恐る恐る器に近づいていく。
暗いせいか、猫の緑色の目だけがバッチリと見える。半径三メートル以内に入ると、その猫が首輪をつけていないことが窺えた。
『決まってるだろう、紋章離脱式のことだ』
耳障りな声を聞き、思わず音を立ててその場に座り込む。音に反応したのか、近づいていた猫は一瞬にして数歩下がってしまった。
――臆病なやつめ。
僕はそう思って器を少し手前に出してやる。そうすると猫は再び、そろそろと警戒しながら近づいてきた。
「バカだなぁ、マサは」
器に密着し、くんくんと餌の匂いを嗅ぐ猫。
「ここからが本番に決まってるでしょ」
猫がいざ餌を食べようとした瞬間に、僕は餌を取り上げた。猫は突然餌が消えたことに戸惑い、キョロキョロと辺りを見回す。
「ちょっと時間かかるけどね」
猫の視界に僕の顔が入り、ねだるような目を向けられると、取り上げた餌を床に戻し、食べていいぞ、と猫に合図した。
ご機嫌な猫はむしゃむしゃと餌を頬張った。
「僕のシナリオに狂いはないよ」
そう言って電話を切ると、餌を食べ終わった猫の顎を指で撫でてやる。
「お前の名前はクレバーだ。お利口って意味だぞ。喜べよ。それに――クレバーと“紅愛”って似てると思わないかい? 紅愛もお前みたいになついてくれればいいんだけどな」
クレバーを抱き上げて顔を見合わせるも、クレバーはキョトンとしたままこちらをじっと見つめて、微動だにしなかった。
◆◆◆
三月十六日(火) 午前八時 朽木宅
「私の質問には正直に答えなさい」
連日、全焼事件の処理で忙しいにも関わらず、朽木は早速取り調べを開始した。
「あなたはなぜ、十四日の日曜日の午後七時半、三日月高校にいた?」
「全焼事件の犯人を捕まえようと思ったからです」
「一人で?」
「ええ。危険なので、友人を巻き込みたくなかったんです」
私は予め用意していた答えを一つ一つ答えていく。
「では、中に美樹さんがいたことは知らなかったと」
「はい」
それは事実だ。もし知っていたら、とっくに榊原の力でかくまってもらっている。わざわざ大火傷を負う必要はなかったのだ。
「さゆりは今、どうしていますか」
「病院に搬送された当日に息を吹き返したそうだ」
「よかった……」
心底安心し、安堵の笑みを浮かべる。
「さゆりは事件の犯人を見たんですか?」
「それに関しては答えられない」
ちっ、と心の中で舌打ちする。まさかさゆりが私や私の仲間を警察に突き出すような真似はしないだろうが、これによって私の応答も臨機応変にしようと思ったのに。
でもこの様子だと見ていないと証言していそうだ。私を売っていれば、朽木の自宅で取り調べを受ける必要はないのだから。
「先ほどの証言で、犯人を捕まえようと思ったから、と言っているが、あなたはなぜその時、武器になるようなものを一切持っていなかったんだ?」
痛いところを突かれる。
確かに言われてみればそうだ。女子高生が素手で未知の犯人に突撃するなんてありえない。
「……学校に、不審者を捕まえるための刺又があるじゃないですか。あれを使おうと思ったんです。大きな鎌でも持って街を徘徊したら私が不審者になるでしょう?」
「刺又ね。うちでも扱ってるから馴染みが深い。でも、焼け跡を調べる限りでは、学校に備わった刺又が使われた形跡はない」
「どこにあるか、わからなかったんです」
「それはありえない。雨宮さん、あなたは三日月高校の生徒じゃないか」
「生徒の全員が全員知ってるわけじゃないですよ」
「昨年の防犯訓練」
ボロが出ないように思考を回転させながら言い逃れしていると、朽木は言葉を用意していたかのように言葉を被せてきた。
「雨宮さんはボランティアとして教師役を買い、不審者役の教師を捕まえる演習を行った。当日に向けて練習もしたそうだな。自分で用意し、不審者役の教師を連れて率先して練習しただとか」
「……」
「なぜ嘘をついた?」
そんな経歴まで知っているとは。日本の警察はここまで優秀なのか?
私はふぅ、と溜め息をつく。
「私の武器は拳銃でした」
「!!」
朽木は驚き、咄嗟にメモを執る。
「さゆりを連れて行くときは、流石にまずいと思ってその場に捨ててきました」
新たな証言に、朽木は顔をしかめた。
しばらくの沈黙。
「その拳銃の件は今後の捜査に加えるとして――その前に、事件前の一週間、学校を休んだ理由を聞かせてもらおう」
学校を休んだ理由。
それは簡単だ。目の前の人物から逃れるためだった。
「嫌な予感がしたんです。誰かに見られているような……ずっと、誰かにあとをつけられているような気がして。怖くなって、学校にも行けない精神状態だったんです」
「その割には、今は落ち着いて見えるけど」
「そりゃあ、その犯人が貴方だとわかったからですよ」
はは、そうか、と朽木は笑ってみせる。
「確かに私は、事件の容疑者として個人的に張り付いていた。それを不快に思うのは仕方ない。だが、それなら警察に言えばいいものを」
「確証のないものを警察に言って取り合ってもらえるわけないでしょう」
「それもそうだ。――しかし、学校を一週間も無断欠席するのは内申に響く。私は学校の先生じゃないが、雨宮さんがそうまでして逃げる性格だとは思えない。私から逃げていた間、何をしていたんだ?」
ここで正直に「友人の家にかくまってもらっていた」と証言すれば、複数犯だと疑われるだろう。
せっかく雪村が単独犯の香りを漂わせているんだ。それを利用しない手はない。
「変装をして、街の中を転々としていました」
ありきたりな返答をしておく。
そうすると、これ以上は何も聞き出せないと思ったのか、朽木は「続きはまた後で」と書類を鞄に戻した。
「その、捨ててきたという拳銃について調べてくるよ」
「でしょうね」
外出する準備を整えた朽木は、私に近づいて手錠をかけ、金庫の錠前に繋いだ。近いうちに木下が訪れるだろう。
ガシャン、という扉の音を確認した私は小声で“あいつ”を呼ぶ。




