第1話 軟禁少女
もう夜の十二時を回っているというのに、車窓からはたくさんの電飾の光が私の目を眩ませる。
赤、白、黄色……それはさながら無数に光る花畑のようだった。
相変わらず手錠をかけられたままだが、今現在私が乗せられている車はパトカーではない。ごく普通のタクシーだ。
まず、私は逮捕されていない。理由は簡単。逮捕状が出されていないからだ。当然のことながら、朽木の身勝手は先ほどまで議論され続けていた。その結果、私は一連の事件の“重要参考人”として、朽木の自宅で預かってもらうことになったのだ。
もちろん朽木は私を犯人だと考えているため、私の自由は保証されない。
決定的な証拠がないとはいえ、現場から無傷で帰還したことや、月詠についての虚言、更に学校を休んでいることと、立入禁止であるはずの現場から姿を現したことから誰でも推測可能なこと。残すは一連の事件を“どう起こしたか”だ。それがわかればすぐにでも捕まってしまうだろうが、まさか魔法などという話を信じるとも思えない。
朽木は隣の席で、誰かと通話している。恐らく、知り合いの女性か誰かを呼んでいるのだろう。流石に朽木一人で私を預かるのは気が引けたか。それとも紳士に、私への配慮か。
「もうすぐで着くぞ」
私が目を半開きにして、こくりこくりと眠気を煩っていたのを見越したのか、朽木は眼前でばちん、と手を叩いてみせた。おかげで眠気は薄れ、今すぐにでも運動を始めそうな勢いだ。どうしてくれる。
――タクシーが停車し、朽木が料金を支払うと、腕を引かれて立ち上がる。目の前には、よくある七階建てのマンションがあった。見たところ、オートロック式の自動ドアが出入り口のようだ。
エレベーターで五階に上がり、降りてすぐの五○二号室に誘導される。室内は予想通り、ザ・男の一人暮らしといった風だ。二畳ほどのキッチンと、シックで簡素なリビング、奥には寝室と思しき、中央にシングルベッドが一つ置かれた部屋が窺えた。
「夜から明け方までと、俺がいない時間には女性の見張り役が来る。何も悪さはさせないよ」
「……はい」
別に、この手錠を外そうと思えばいつでも外せるが、それは魔法の存在を肯定してしまうことになる。今はまだ、辛抱の時間だ。
「事件当日のことや詳細な取調べは明日の朝から始める。その時に付き添いはいないから、洗いざらい話しなさい。こちらから個人的に聞きたいこともある」
「個人的に聞きたいこと?」
「それはまた明日話す」
恐らく魔法のことだと思うが、東雲が持ち出した捜査ファイル以後にまた新たな情報を握っているかもしれない。それは明日のお楽しみということね。
「わかりました」
朽木に促されてリビングのテーブルの前に腰を下ろして数分。「寛いでいい」と言われて寛げるほど自由の身ではないが、しばらく朽木の仕事風景を眺めていた。仕事、と言ってもノートパソコンに反省文を打ち込んでいるだけだが。
それに飽きると次に、室内を見回した。整然とされていて、あまり自宅にいる時間は長くはなさそうだ。本来なら食器棚であるはずの場所に、数日分のカップラーメンやレトルト食品が置かれている。
薄型で大きめのテレビの周りには、見るだけでも高級とわかるオーディオコンポ。近くの棚には映画のDVDのパッケージが並んでいる。趣味は映画鑑賞だろうか。並んでいるタイトルから察するに、コメディや刑事ドラマ、感動ストーリー好きで、ホラーやスプラッターは苦手そうだ。
本棚には、資格試験の参考書や有名なマンガが並んでいる。恐らく読書はあまり好まないのだろう。マンガのタイトルからして、朽木の熱血な性格に影響しているとしか考えられない。透明なショーケースにはトロフィーが並んでいた。近づいてよく見ると、どうやら高校時代に獲得した陸上部の個人種目の賞らしい。
正直少し残念だ。もっと卑猥なものでも出てくるかと思ったのだが。見つけたら暇つぶしに朽木を問い詰めてやろうと思っていたのだが……。こいつ、ちっとも面白くないな。
東雲だったら、きっとこっそり個室のクローゼットにアダルトゲームを隠し持っていて、それを見つけられたと同時に自分の性癖が判明してしまい、青ざめた顔をするだろうに。――探す時間なんてなかったけど。
ピンポーン。
一通り室内を物色した後に家のベルが鳴った。
朽木は、ようやくおでましか、と呆れた表情でモニターに向かいロックを解除する。
「おっじゃましま~す!」
二回ベルを鳴らしてやっと五○二号室に辿り着いた彼女は、軽快な挨拶と共にブーツを脱ぎ散らかしてドタドタと駆け上がった。
「やっほー昴ちゃん!」
「あ、お世話になります」
「冷たっ! 冷たすぎるよ昴ちゃん! もっと歓迎して! はい、やり直し!」
やたらとテンションの高い彼女は、もう一度玄関に戻り、
「やっほー昴ちゃん!」
と再び同じ台詞を言いながらリビングまで走ってきた。
「紹介する。彼女は木下智恵、今日から君の見張り役だ」
「よろしくお願いします、木下さん」
彼女の“やり直し”は華麗にスルーされていた。
「朽木さんの彼女ですか?」
「違うよー。こいつとは高校からの友達でね、仕事の同期!」
木下は朽木の肩に腕を乗せてピースした。仕事の同期ということは、彼女も警察ということになるが……彼女、本当に警察か? 警察ではなく軽率の間違いなのでは?
「紅愛ちゃんだっけ? 大変だねー、あんなデッカイ事件の容疑者にされちゃってさ。まあ重たい話は後にして、とりあえずお風呂入ろっか! ね!」
「はぁ……」
気乗りはしないが、彼女がいなければ風呂に入れないので仕方ない。
「紅愛ちゃんは彼氏とかいるの?」
二人で湯船に浸かりながら、他愛もない話をする。
「……木下さんには関係ありません」
「もうっ! そんな冷たいこと言わないの。いるんでしょー?」
この女鬱陶しいな、湯船に沈めてやろうか、とも考えたが、そこは理性でなんとかした。
ひたすら黙秘権を酷使すると、木下は一人でぺちゃくちゃと喋る。まさか風呂がこんなに落ち着けないとは。
「もしかして知られると不味いのかな? 実は共犯の一人だったりしてー」
一瞬、時が止まる。
「あははっ。冗談だよ冗談! 今の気にしないでね?」
冗談、ではなかった。彼女がそれを口にしたとき、目が笑ってなかった。やっぱり、一見こんなちゃらんぽらんでも警察なんだな、と感心してしまう。
――この女は、早めに始末しておいた方がいいかもしれない。




