第9話 突入
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三月十二日(金) 午後三時 都立三日月高等学校
この日、体育館で臨時の全校集会が行われた。
美樹や榊原も当然この集会に足を運んでおり、ちょうど点呼が終わった後に、舞台の上に校長先生が姿を現した。普段なら、校長先生の話、と聞けば、あの長い長いテンプレートに世間話をくっつけたものだろうと、退屈なものを思い浮かべる。しかしこの日ばかりは、そんな平和な話ではないと、この場の誰もが理解していた。
「皆さん、こんにちは。校長の前田です。今日は、生徒の皆さんに大事な話をするために、この場を設けさせていただきました」
前置きの段階で、既に涙を流す生徒もいた。
「我が校は創立一四○年。校舎の改築からは三十年近く経っており……」
前田は、予め用意していたのであろうカンペを読み上げるように俯き、マイクに引きつった声を通す。前置きは非常に長く、創立から今までの学校の沿革を語り、普通科に加え美術科を導入した経緯を説明し、かれこれ五分以上は経過した。そしてようやく本題に入る。体育館のあちらこちらにスタンバイしていたマスコミのカメラが先ほどより多く煌き出す。
「実は今週の頭には、既に警察から本校に連絡がありまして、次の日曜日、三月十四日には連続全焼事件のターゲットとして予告されており、生徒の皆さんにも荷物を持ち帰るよう指示を出しておりました。ほとんどの方は既に、今日の学習の用意を持ち帰るだけで済むようですね」
何が、今日の学習だ、と榊原は思った。
今日はほとんど勉強なんかしていない。全焼事件の先駆けに、クラス毎にレクリエーションをして無駄にクラスを団結させ、別れを惜しませてマスコミを喜ばせるための餌にされたのだ。その後、午後からはグラウンドに出て学校全体でレクリエーションを行っい、その様子も撮影された。
僕はちっとも嬉しくなかった。どうせもう会うこともないだろうクラスメイトと無理やり喋らされ、コミュニケーションをとっていく内に、クラスメイトたちの温かさに囲まれて、打ち解けて。嫌で嫌で仕方がなかった。こんなことになるなら、最後のターゲットが三日月高校になるようにするんじゃなかった、と後悔する。
――榊原は、絶対に流すことはないだろうと軽視していた涙をボロボロと流すのだった。
一方、美樹は今日一日ずっと浮かない顔をして過ごしていた。
最後にクラスが一丸となって楽しむはずの場所に、なぜ雨宮がいないのか。同じ考えを持つクラスメイトが多数いることに美樹は喜んだが、一緒に悲しみもした。
「紅愛ちゃん……」
不思議と涙は出てこなかった。美樹は心のどこかで、雨宮がまだ近くにいるのではないかと思っていたから。
もしかしたら、私には内緒で、事件の調査を進めているのかもしれない。
もしかしたら、三日月高校の全焼を、止めてくれるかもしれない!
一縷の希望を抱きながら、美樹は微かに笑った。
一部の生徒は既に転校が決まっており、中には遠方まで引っ越す者もいるらしい。三年生は既に卒業しているため何の問題もないが、二年生は進学先や就職先を決めて勉学に励む者が多数おり、高校卒業の資格をどう得るか真剣に考えている。
美樹は都内の大学の法学部を希望しており、高校の卒業資格は認定試験で得ようと考え始めていた。
「それでは皆さん、ご起立ください」
最後に起立、礼をして集会を終え、生活指導部の教師に呼ばれたクラスから体育館を退場していった。
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三月十四日(日) 午後七時 都立三日月高等学校
「これで最後ね……」
「うん」
管理室で防犯カメラのモニターの電源を落とし、その他緊急サイレンが作動しないよう設定した雨宮と榊原は、互いに顔を見合わした。床には、ここでカメラのチェックをしていたのであろう警察の死体が転がっている。毎度毎度、カメラを監視する部屋は潰しているというのに、ご苦労なものだ。
「カメラは潰したわ」
雨宮は、外で待機している東雲たちにトランシーバーでそう伝えると、榊原と共に管理室を後にした。
『了解。突入する』
数秒後に東雲の声がトランシーバーから聞こえてくる。
今回は、月詠が遠方支援に回っているため、月詠以外の六人で作戦を実行しなければならない。絶対的な“強み”を誇っていた月詠の能力が使えない以上、六人のチームワークが必要不可欠となる。
「必要な鍵はこれで全部?」
「ええ、大丈夫よ」
東雲たちが突入してそれぞれの配置につこうとしている間に、雨宮と榊原は職員室に侵入して他の棟に入るための鍵を入手した。
「じゃあ予定通り、私は他の棟を開錠しに、榊原は先に体育館を潰しておいて」
「了解」
雨宮と榊原は二手に分かれ、言葉通り所定の場所に向かった。
体育館は管理棟の正面にあり、固い扉の周りに人影はない。
榊原は息を殺して扉の前に歩を進め、持ち出した鍵で扉を開錠しようとしたその時――
「動くな!」
近くで身を潜めていた警官二人が背後から声をかけて拳銃を構えた。榊原は静かに振り向き、両手を挙げて降参するかのように見せかけ、すぐに二人が炎に呑まれるイメージを頭の中に描く。すると二人は指先と足先から炎が発生し、驚いた弾みで拳銃を落とした。火だるまと化した二人から拳銃を奪った榊原は、まだ近くに他の警官が潜んでいるのでは、と拳銃を構えて注意深く辺りを見渡す。
「こちらB班! 犯人の姿を捉えました! 外見は――があぁッ!」
咄嗟に声が聞こえた方を振り向くと、そこに一人の警官の姿を見つけ、すぐに射殺した。榊原は我ながら上出来だと関心する。日頃からストレス発散のために父親のエアガンを盗み出して的当てしていた成果の表れかもしれない。
少々時間を費やしたが、当初の予定通り体育館の扉を開け、中に入って舞台奥にある大黒幕の端に火を着けた。




