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CREST~7つの紋章編~  作者: 館山理生
第7章 激動事件
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第8話 朽木の願い

  ◆◆◆


三月十日(水) 午前二時 速水宅


 雪村のことが気になるのか、雨宮さんは夜も眠らずにリビングで読書をしていた。見たことのないブックカバーだ。恐らく自前のものだろう。

 彼女は俺の足音に気づくと振り向いた。


「眠れない?」

「ええ」

「幼馴染のことが気になって?」

「……」


 無言はYESの意と受け取って間違いなさそうだ。


「どんな人だったか聞いてもいいか」


 俺と出会う前の雪村は、どんな男だったのだろう。個人的な興味本位で訊ねてみると、意外なことに雨宮さんはすんなりOKしてくれた。


「不思議な人だった。――私に対して、話をすごく親身になって聞いてくれたりするのに、時々酷い暴力を振るってくる人だった」


 雨宮さんはもしかしたら、誰かにこれを打ち明けたかったのかもしれない。


「理不尽に暴力を振るっては、それが終わると抱き締めるの。当時は意味がわからなかったけど、多分、壊れてるのよね」

「……確かに、不思議な人だ」


 当時の彼女が可哀想だとかは一切思わないが、雪村がそんな人だとは全く知らなかった。前々から変なヤツだとは思っていたが、まさか幼馴染を前に箍を外すヤツだったとはな。


「同級生で、クラスも同じなのに、学校では一言も喋りかけてこなかった。だから学校では安心できたけど、学校が終わって家に帰ると、必ずと言っていいほど家の前で待ち伏せされていたの。それから親が帰ってくるまで、ずっと――」

「意外だな。あんたがそんなにか弱い人間だったとは」

「か弱い? 違うわ。か弱かったのは、むしろ棗の方よ」

「なぜ?」

「彼が、私に依存しているから、かしら。その理由はわからないけどね」


 俺には理解が及ばない範囲だった。――あの雪村が? 考えれば考えるほど、雪村が俺から遠ざかっていくような気がしてならない。俺が、一番の理解者だと思っていたのに。俺の知らない雪村を、この女は知っている。


「聞いてくれてありがとう。少しスッキリしたわ。おやすみ」


 雨宮さんは苦笑して立ち上がり、自分の寝床へと戻っていった。

 ――俺は、スッキリするどころか、心の中にモヤモヤと煙が立ち込めているような気分だ。あと少しの辛抱だ。早く終わらせよう。

 そして、紋章を消し去って十字架から解放されるんだ。


  ◆◆◆


同日 午後五時半 都立海島高等学校体育館


 ダンッ、ダンッ、ダンッ!

 バスケットボールを弾ませながらゴールへ突進する。目の前に、ずっと俺をマークしていた後輩が姿を現すと、すぐに軸足の動きを止めて斜め後ろの英治にパスを回す。――しかしパスは思いのほか英治の位置から外れてしまい、そのままサイドラインを越えてしまった。


「おいー、どうしたんだよぉ」


 英治に注意される。


「悪い。次はちゃんと渡すから――」

「そうじゃねぇよ!」

「えっ」


 俺がミスをしたことがよっぽど気に入らなかったのか、英治は珍しく真面目な顔をして怒鳴った。


「さっきから、次は次はって。もう七回目だっつーの!」

「そんなに?」


 パスミスやトラベリングなどの凡ミスは、今日だけで通算七回にも渡っていた。


「はいちょっと一旦休憩~」


 英治が頭上で手を叩いて部員たちを休憩させる。各々が水分補給するなどやっている中、俺は英治に腕を引っ張られて更衣室に連行された。


「今日の蓮、なんかコンディション悪くね?」

「そうかもな」

「なんかあった?」

「……」


 俺は黙りこくる。

 やはり二年間友達をやっているだけあって、そういうところに鋭かった。


「言いにくいなら言わなくてもいーけど。今日はもう休めよ」

「ああ、そうするよ」

「一日頭冷やしてこい」


 ピンッと額を指で弾かれる。英治なりの気遣いで、元気を出せ、という意味合いだ。それを察した俺は立ち上がり、スポーツバッグを肩に担いで更衣室を出た。

 どうやら相当、雪村棗のことで参っているらしい。誰かに言われるまでもなく自ずと気づいていたが、まさか部活すらまともに取り組めない状態にあるなんて。沈んだ気持ちをなるべく顔に出さないように体育館を出る。

 そこには、いつものように“取り巻き”たちがいた。


「お疲れ様です! 東雲先輩!」


 取り巻きの女子生徒たちが一斉に俺に声を掛ける。中にはタオルやドリンクを差し出す者もいた。普段の俺なら絶対に受け取らなかったが、今日は突然気が変わったように、タオルを受け取ってその場で汗を拭き、ドリンクを飲み干した。


「ありがとうございます!」


 初めて受け取ってもらえたことに感激したのか、女子はえらく機嫌がよさそうだった。俺も少しばかり調子が良くなり、


「こっちこそ、ありがとう」


 と彼女たちに微笑んだ。


 ――帰ろう。榊原の家――今の俺の家に。



「蓮のやつ、雨宮さんとなんかあったな?」


 高坂は、取り巻きの女子と積極的に関わる東雲の姿を見て推理した。


  ◆◆◆


三月十一日(木) 午後五時 警視庁連続全焼事件捜査部会議室


 会議を終えた朽木は、一人その場に留まった。

 仙郷寺全焼事件ののち、なぜ朽木だけが生き残っていたのかと問われ、そこから疑惑が疑惑を呼んで朽木が疑われている始末である。故に朽木は会議以外で口を利いてくれる者がいなかった。


 私は所詮、七光だけで終わってしまうのだろうか。誰からも認められずに朽ち果ててしまうのだろうか。思い悩んでいる中、会議室に一人の若い男が現れた。


「朽木さん!」


 自分の名を呼ぶその男に、朽木は「誰だ?」と思いつつも、リアクションをしなければ失礼なので、「どうかされましたか」とだけ言っておいた。


「覚えていませんか? 同期の中山です!」


 そんな男、いただろうか。身に覚えがない。


「朽木さんが連続全焼事件の捜査部長をやっていると聞いたので、来てみました」


 中山という男が親しげに話してくるあたり、本当に知り合いだったのかもしれない、と思い始めた朽木は、なんとなく「久しぶり」と返した。


「あんまりよくない噂も耳にしますが……きっと皆、朽木さんと気持ちは同じだと思います。これだけ不可解な事件なんですから。だから思いつめないでください!」

「思いつめてるだなんて、そんな風に見えたか?」

「朽木さんはあんまり気持ちを言葉にしない人ですからね。僕にはすぐわかりますよ」


 よく見ているんだなあ、と朽木は関心する。同期というより後輩染みた喋り方をするが、年下だからだろうか。


「隣、失礼します」


 中山は軽く会釈をすると朽木の隣の席に座った。副部長の席だ。



「朽木さんの願いって、なんですか?」


 しばらく談笑していると、中山は唐突に話を切り出した。


「願い?」

「そうです、例えば、警視庁のトップに立ちたいとか、この世から悪を断ち切りたいとか、誰かから認められたい――とか」


 中山は、全てを見透かしたように細い目をして朽木の顔を覗き込む。


「願い、か。確かに、警視庁のトップに立つことも、この世から悪を断ち切ることも、警察官としての願いといえば願いだ。でも私は、今この席にいることも、警部補という肩書きも、全て父親のコネでしかない。だから、私の一番の願いは、朽木昴という一人の人間として認められたい――のかもしれない」


 朽木は感傷に浸りながら目を細めた。ブラインドの隙間から西日が漏れ、その光は中山の輪郭を覆う。


「その願い、忘れないで下さい」


 中山は優しい笑みを浮かべながら、光の中に消えていった。それを見た朽木は、きっと自分のストレスが生んだ幻覚なのだと、そう解釈した。

 そうだ。いくら無茶でも、負け試合だとしても。それでも私は、前に進まなくてはならない。



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