第7話 容疑者
連れてこられたのは、近所のバーだった。現在制服を着ている雪村にはあまり似つかわしくない場所だと思われる。
魔法の件に関しては、朽木に話したのと同じものを証言した。前回と違うのは、そのソースとなる掲示板のコピーを見せていないこと。彼らは魔法なんてそこまで気にしていないはず。ただ俺が、雨宮紅愛について証言しやすい状況を作り出そうとしている。
「雪村君自身は、魔法についてどう思ってるの? 信じてるの?」
「……まさか。そんなことあるわけない。……そう思いたいです。ただ、あまりにも事件と酷似していたので参考程度に」
雪村は、朽木への証言と矛盾が起こらないよう細心の注意を払った。次に雨宮紅愛に関して問われたとき、どう答えようか頭の中で構築しながら。
「事件の容疑者だと思われている、雨宮紅愛とは幼馴染の関係らしいね。もしかして、君はそれに気付いて事件の捜査を始めたのかい?」
東雲総一朗が聞き出そうとしたことは、雪村が予想していたものとは少し違っていた。いきなりの変化球を投げられ、どう返すか躊躇った。ここで違うと答えたら、バーに来る前に証言した“普段から探偵ごっこしているわけではない”と噛み合わなくなり、捜査の動機を掘り下げてくるだろうと考えた。そこで雪村はハッと思い出す。自分が朽木に対し、事件当時数人の男女を見かけたという話をしていたことを。
「そうです。事件当時、現場近くで彼女に似た人物を見かけたので、嘘だと思いたくて、彼女の容疑を晴らすために捜査してるんです」
「なるほど」
東雲総一朗は、その答えに納得したのか、一旦会話をストップして胸ポケットからライターと煙草を取り出した。その動作を見て雪村は、
「すみません、煙草とか苦手で……」
と煙たがる視線を送る。
「すまん」
雪村の言いたいことを察知した東雲は、取り出したライターと煙草を胸ポケットに戻した。バーということもあり、先ほどから煙草の臭いは店内に蔓延しているが、それは流石に仕方のないことだと妥協するも、目の前で吸われるのは虫唾が走る。雪村は内心、この人にはまず吸ってもいいのかと訊ねるマナーがないのか、とブチ切れていた。それほどまでに雪村は、煙草が嫌いである。
「もう、この前喫煙者の肺の写真を見せたばかりでしょう」
「あれは重喫煙者のものだ。私はああはならない」
「そんな根拠はありませんよ」
葉山は、自分が東雲の愛人であることを隠しもせずにプライベートの話を持ち出す。喫煙をしないようにわざわざそんなものを見せるなんてよくやるもんだ、と雪村は関心したが、東雲の根拠のない自信を見て、やっぱり親子か、とほくそ笑むのだった。
「ごめんなさいね、お話、続けていいかしら」
「どうぞ」
そう返事をすると、葉山は足を組み替えた。
「雨宮さんとは、いつごろから知り合っていたの?」
「幼稚園です」
「最後に喋ったのは?」
「小学六年生です」
「当時彼女とはどういう関係だったの?」
「……同級生です」
雪村はなるべく余計な情報を付け加えないよう、淡々と答えていった。
「彼女のこと、好きなの?」
「…………はい」
葉山はくすくすっと微笑んだが、東雲は今の間を、雪村の濁った瞳を見逃さなかった。
「それは本当かい? 彼女に何か後ろめたいことでもあるんじゃないか」
「!!」
雪村は、予想外の質問に、この人は只者ではない、と体中にサイレンを鳴らした。
心の内を誰かに見透かされるなど、雨宮紅愛以来だと、久しぶりの焦燥感を覚える。
「…………」
ならいっそ、こちらに話すつもりがないと示せばいいのでは。
「給食の時に、彼女に思い切り牛乳をぶちまけたことがあって。それ以来あんまり口聞いてくれなくなっちゃいましたね。でもやっぱり踏ん切りがつかなくて。陰ながら彼女の支えになれればいいかな、とか思ってます」
急ににこやかになった雪村を見て、東雲は一瞬恐ろしく感じたが、すぐに平静を取り戻すと「そうか」と頷いてみせた。
「あなたがたも、彼女のことを疑ってるんですか」
「そうだね。動機は不明だけど、彼女が怪しいとは思うよ」
「…………」
雪村はまた、東雲を睨みつける。
「そう怒らないでよ。俺たちだって出来れば彼女が犯人でないことを祈ってる。だから君に協力を仰いでるんだよ」
協力だって? 幼馴染である俺を利用して、雨宮紅愛が犯人である証拠を掴もうとしているんだろ。俺は騙されない。こんな喫煙男に。よりにもよって東雲蓮の父親に。
更なる怒りを覚えた雪村だったが、次の東雲の一言で全てを帳消しにされてしまう。
「だから、次の――最後の全焼事件当日その時間、俺と一緒に現場に行こうじゃないか」
「え……」
雪村は確信する。この二人は雨宮紅愛を疑っているのではない。――俺を疑っているんだ、と。
またしても、予想外の出来事だった。
◆◆◆
「ダメだった。見つかんなかったぜ」
「こっちも。そもそも、そんな人がうちにいるのかって、逆に聞かれちゃったよ」
「警察の情報が間違ってんじゃねーの?」
「そんなことないはずだよ。制服を着てて、雨宮先輩と同い年なんだから間違いないって」
片桐と榊原は二人揃って落胆する。日はとっくに沈んでいて、これから二人で外食にでも行こうかと地下を歩いていた。
「やっぱその、アイツらに直接聞けばいいんじゃねェのか?」
「それはダメだよ。あの二人が自分から自白するなんて考えられないし、逆に口封じされたらどうするの!」
「ンー、そん時は俺の力を使って」
「相手は自分の姿を消せるんだよ。速水先輩だって風の使い方次第では暗闇になっても効果を発揮できるし……」
「やっぱ雪村本人をとっ捕まえるしかねェのか」
「うん」
果たしてこの行動に意味はあるのか、と二人はまた肩を竦める。
「とりあえずさ、メシだメシ!」
「そうだね」
片桐に促されて、榊原は彼と共に牛丼屋に入っていった。




