第6話 プチ探偵
「てっきり見放されるかと思ったよ」
ビルの屋上で夜風を感じながら、携帯電話越しに笑う。
『別に、お前に協力したわけじゃない。ただ、本当のことを言っても俺にメリットがないからだ』
わかってる、わかってる。速水はそういう奴だって、前から知ってたよ。
僕はぷぷっと笑うと、改めて無表情になった。
「俺たちは、雨宮紅愛の野望を打ち砕かなきゃいけない。他の東雲や榊原はすっかり彼女の思惑にハマっているから、信用しちゃいけない。最後の最後まで隠しておく必要がある。片桐はバカだから放っておいても問題ない。雨宮本人も外出できない以上、“雪村棗”を殺す心配もない。むしろ問題なのは水無瀬の方で、雨宮によって心変わりされてしまったらこっちの情報が筒抜けになる。一緒に住んでるんだろ? 十分に注意しろ。雨宮の野望を打ち砕くことが出来るのは、俺たちだけだ。忘れるなよ」
暗示のように何度も何度も繰り返す。速水は自分が唯一頼られていることに安心するのか、それが狙いだとわかっているのかはわからないが、少なくとも自分の敵に回るような心配はない。もとから敵でも味方でもなかった以上、生まれる憎しみも少ない。中学で出会ってから、手塩にかけて育てた相棒だ。
“互いに信頼してはいけない”という条件の下に“確かな信頼を築いた”仲間。裏切りも憎しみも、何の意味もなさない。
「それともう一つ」
何、と声が返ってくる。
「榊原慎也に気をつけろ。あいつ、今日の合図のこと察知してた。何か聞き出そうとしてくるかもしれない」
『それは忠告か?』
「いや、警告だ」
それだけ言って、携帯電話をぱたんと閉じた。
予定より早くこちらの意図が読まれれば、すぐに“雪村棗”が殺されてしまうだろう。それだけは、避けないと。
◆◆◆
三月九日(火) 午後四時 都立七篠高等学校
誰とも会話を交わすことなく、中央階段の掃除を終えた雪村は適当に帰り支度を済ませると、一人で下駄箱へ行き、スニーカーに履き替えた。途中、ヴーヴーと携帯電話のバイブレーションがボストンバッグを震わせる。学校にいるせいか、思わず胸ポケットに仕舞った携帯電話を取り出す真似をしてしまったが、今鳴ったのはバッグの方だ、と溜め息を吐く。結局、携帯電話は取り出さずに、先に学校から出ることを優先した。
七篠高校は、国内でも名の知れた都立高校で、偏差値はもちろん、一風変わった建物の配置でも有名だ。通常ならグラウンドは校舎の南に位置するはずだが、ここは逆になっている。グラウンドは校舎の北側に、特別教室棟がグラウンドの西側に位置するため、ほとんど太陽を遮る形になっている。
雪村はこの学校の配置を気に入っていた。体育の授業が苦になるわけではないが、体育祭や球技大会で常に日陰にいられることが嬉しかった。今まで、小学校の運動会や中学校の体育大会などで、必ずと言っていいほどその日は雲ひとつない晴天だったため、常に猛暑の中で待機したり走ったりしていた。自分が晴れ男なのでは、とも考えたが、入学式や卒業式ではほとんど雨に降られたため、ただ単に体育会系の行事ごとの日は晴れれば晴天、というジンクスと結論づけた。
しかし悲しいことに、入学してからそれがあまり意味を成さないことに気付く。通学に使う地下鉄の駅が西側にあるために、放課後の帰宅の際に西門をくぐって駅を目指せば、嫌でも西日に打たれることになる。
雪村はあまり日光が好きではなかった。太陽は、自分とはあまりにも対極の存在にある。そう考えるからだ。だからなるべく、干渉してほしくなかった。
――いつも、帰宅の際にはこのことを頭で考えながら歩いていた。
西門をくぐると、前方に道を妨げる人の影が現れる。
逆光で顔は見えないが、そのシルエットから、身長が高く、隣でバイクのようなものを引き摺っていると窺えた。
「なァ、おめぇ雪村棗って奴を知らないか?」
俺に話しかけているのか? その雪村棗とは俺のことだが。
雪村は、この男をスルーするのが得策だと思い、知りませんと一言答えようとした。だがあることに気付く。それは“声”だ。地声を聞かれたくないと考えた。
「知らないです」
得意の“変声”を使って、怯えた小動物のような声を捻り出すと、男は「わりィな」と返して雪村に道を譲った。上手く撒けたな、と安堵したのも束の間、今度は駅周辺で知らない男女に話しかけられる。
「君、雪村棗君だよね?」
ぎょっとしてその男女の姿を睨め回す。両方とも、サングラスをかけて帽子を深く被っており、知人かどうかの判別もつかない状態だった。それに、今の季節は春の手前だ。サングラスをかけている理由がただの日よけとも考えにくい。怪しい。
「……どちら様ですか」
雪村はいつでも逃げられる姿勢で、相手の情報を聞き出そうとすると、女の方がサングラスを半分外してみせる。
「この顔に見覚えはあるかしら? 私、葉山瑞紀という者ですけど、今はとある事情で身を隠さないといけないの」
「葉山……ああ、確か不倫疑惑で報道されてましたね」
じゃあもう一人の男は――
「既にニュースで明かされているが、私は東雲総一朗だ。探偵業をしている」
「探偵!?」
東雲という苗字にも驚いたが、それ以上に探偵業という方が気になった。
「聞けば、君も探偵をしていると窺ってね……ぜひ、力を貸してほしいんだよ」
「そう、ですか」
そうか、あの捜査ファイルは東雲蓮の父親のものだったのか、と納得する。恐らく非合法で手に入れたものだから、実物でなくコピーだったのだろう。
「俺は、好きで全焼事件の捜査をしているだけで、別に普段から探偵ごっこしているわけではないですが」
「それでもいいよ。詳しく聞かせてほしいんだ。魔法の話とか、……雨宮紅愛の話とかね」
「…………」
それが狙いなのか。
「場所を変えましょう」
葉山は雪村に、有無を言わさず手を引いた。




