第1話 第三勢力
オレが力の存在に気づいたのは、今から約六ヶ月前のことだった。
だんだんと冬の冷たい風を感じるようになってから、オレの拳の力も大分鍛えられていった。当時の不良連中でオレの名を知らない者はいない。
そんなオレに付けられた渾名は、“疾風のコウジ”。
都会の隅で不良同士が殴り合いを行ったり、カツアゲを行っているところに颯爽と現れては殴り倒し、何事もなかったかのように姿を消す。
それが当時のオレの思う「強さ」だった。
一年前まで自分が率いていた不良グループは、オレというリーダーの命令を無視して、カツアゲや強姦、その他多数の悪事を施した。見かねたオレはそいつらをぶん殴って、最終的に孤立した。この前、水無瀬を襲っていたヤツらの中にも、知り合いが一人いたな。こちらが軽蔑している以上、二度と関わることはないと思っていたが。
そうやって、孤高の一匹狼として名を上げてきたオレだったが、ある時ふと、一つの疑問にぶつかった。
オレのやっていることは正しいか?
――本当の「強さ」ってなんなんだ。
何もかもわからなくなって、一心不乱に不良たちを殴っていたときに、ソレは発動した。
「視界がッ!」
「何も見えねぇ!」
相手がキョロキョロともたつき始める。当時はラッキー、と思いボコボコにしてやったが、その夜に自宅で風呂に入ってから気付く。
――黒い紋章の存在に。
その後、月詠爽太と名乗る金髪不良少年に出会い、同じ紋章を持つ者同士として力を検証してもらった。
それが、オレの紋章との出会いだった。
◆◆◆
目を覚ますと、視界には見覚えのある景色が広がった。青いカーテン、部屋の中央に置かれたベッド、隣には適当な家具屋で購入した安いタンス。
自宅だ。
誰かがここまで運んでくれたのだろうか。それとも昨日の仙郷寺全焼事件は夢だったとでもいうのか。朽木は自身の目を擦りながら、事態の把握を試みる。
まず初めに、テレビの電源をつけた。そこには昨日中継されたのであろう笹倉児童館と仙郷寺が燃えている映像が映し出された。リポーターはお馴染みの葉山だ。画面の左上には、8:48と大きな青文字が表記されており、今が事件翌日の朝だと知る。
「お目覚めですか?」
不意に、背後から何者かに話しかけられる。どこかで聞き覚えのある声だ。振り向くと、先程まで薄い板の中で事件について語っていた葉山の姿があった。
「は、葉山さん!?」
朽木は素っ頓狂な声で彼女の名を口にする。
「ふふ、おはようございます、朽木……昴さん。現場の近くで倒れていたものですから、警察の方々に友人だと嘘をついてご自宅まで送らせていただきました。タクシー代はちゃんといただきますよ?」
葉山は口角を上げてにっこりと微笑む。
「それは、どうもありがとう……でもなんで葉山さんが?」
朽木が訝しげに訪ねると、葉山は朽木の隣に座り、神妙な面持ちで答えた。
「事件のこと、もっと詳しく聞かせてください。私も力になりたいんです。事件リポーターとして」
「そうなんだ……」
随分と仕事熱心なことで。
朽木は、なんだ、自分のことが気になるわけじゃないのか、と少し落胆した。自惚れていたわけではないが、少しぐらいそういう期待を持ってもいいだろう。
しかし、警察の情報を簡単に譲渡するわけにはいかない。それよりもこちらから聞きたいことがあった。
「俺の家はどうやって?」
「それは内緒ですよ」
葉山はまた、ふふっと微笑して、上目遣いに朽木を見るのだった。
「これ、お水です。水分補給は大切ですよ」
朽木は、葉山がそっと差し出したコップを手に取り、水を飲み干した。
「事件についてはまた後で訊ねます……それより、昴さん、もう少し横になっていた方がいいんじゃありません?」
葉山に言われ、朽木は再び眠りにつく。朽木が完全に眠りについたことを確認すると、
「お仕事の鞄……少し拝借させていただきますね」
と不敵な笑みを浮かべた。
◆◆◆
『え? しばらく学校に来れない?』
電話の向こうで、さゆりが私の言葉を反芻した。
「うん。一人暮らしになって、何の不自由もないつもりだったけど、父親の実家がうちで預かる預かるって言って煩くてね。それで、準備のために色々あるから一週間ぐらいは行けないかな」
もちろんデタラメだった。適当にそれらしい嘘をつくことは得意だ。
「もしかしたら学校も転校するかもしれない。その時はまた連絡するから」
わかった……頑張ってね、と受話器越しに寂しそうな声がする。
『でも、事件はどうするの! 紅愛ちゃんがいないと解決は難しいよ』
そう。私がいないと事件は解決しない。――犯人は“私”なのだから。
「ごめん、しばらくは力になれない。東雲たちによろしくね。それと、一つだけ約束して」
『約束?』
「……来週の日曜日、学校には近付かないで」
それだけ言って、またね、と電話を切った。
電話ボックスを出て、すぐ近くのマンションに入る。幸い天候が雨ということもあって、フードを深く被っても怪しまれない。速水から借りた鍵を使って、淡々とオートロックを解除し、エレベーターに乗り込んだ。
「速水ってここで一人暮らしなの?」
ふと疑問に感じたことをそのまま言ってみると、速水とほぼ同時に、水無瀬もこちらを振り返る。
「そうだけど?」
速水はそれが当然のように答える。
「親御さんはどうしたの?」
「さあね。俺が中学に入ったときぐらいからずっと家に戻ってこないけど」
淡々と答える速水に少し寒気を感じ、この人は大分前から何かが欠落してるんだな、と理解した。
「別に不自由はない。あの人たち金持ちだし、うちに大金残して出てったし、どうせ海外にでも稼ぎに行ってるんだろ」
「一言ぐらい残していってもよかったのに……お金持ちの人ってやっぱりお金が一番なんですよ」
水無瀬が拗ねたように言う。共に行動していたせいか時々忘れがちだったけど、そういえばこの二人って金持ちの子だったな……庶民の私が口出しすることでもなさそうね。
「ふぅん……」
私は一人納得したように頷くと、その場で立ち上がって自分の寝床を確保しに行った。廊下に出て一つの扉を開くと、そこは数日前まで水無瀬が監禁されていたのであろう部屋が。壁には蝶番で留められた拘束具がぶら下がっている。きっと、この拘束具を手足につけて枷にしていたのだろう。
――今日から私と水無瀬は、共にこの速水家で預かってもらうことになっている。昨晩の襲撃時に、朽木の目にハッキリと私の姿を刻みつけておいたので、ここからは私の計画通りにこなしていけば全て成功する。月詠との約束を果たす。
そして、私は手に入れる――全ての力を。
くすくす、と心の中で笑いながら、速水の用意してくれた(恐らくご両親のものだろう)布団を床に敷き、私と水無瀬の寝床を完成させた。




