第7話 性格検査
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三月一日(月) 午後五時 警視庁内連続全焼事件捜査部会議室
「それでは、次の事件予想現場、仙郷寺についてですが――」
室内が怠惰に満ちている。
愛染ホールの件でもう、五回の損失となる。一度は集めかけていた信頼も、今となっては泡沫のよう。ヘプタゴンの完成は刻一刻と迫っている。『魔力集結式』、といったか。なんとしてでも事件を止めなければ――――
朽木は限界の先に到達していた。
雪村の仮説をすっかり信じ込んでしまった朽木は会議とは別に違うことを考える。
今朝、雨宮の身辺調査をしたところ、どうやら雨宮と雪村は幼稚園時代からの幼馴染だったそうだ。当時両家の家が近く、ご近所づきあいということもあってか母親同士仲が良く、二人が遊ぶ機会も多かったそうだ。というのも当時二人が通園していた幼稚園の先生に聞いた話だから確実とは言えないが。
なぜ二人がそこまで仲が良かったのかは先生も知らないらしく、その真相を知っているのは今は本人たちのみとなる。雨宮も雪村も、両親を亡くしているからだ。
そのほか、先日雨宮たちと一緒に行動していた東雲は中学時代の同級生らしい。東雲が雨宮に好意的なことは雰囲気でわかったので東雲本人に二人の間柄を聞くことは避けたが、他の同級生に聞いたところ、当時の二人は恋人として付き合っていたこともあったが、二年生に上がったところで別れ、雨宮は転校した。
少し気になる点が、東雲のいた中学の同級生がもつ雨宮の印象と、転校先の同級生のもつ雨宮の印象が全く異なるところ。前者は「暗い、誰とも話さない、一匹狼」と述べていたが、後者は「明るい、いつも話題の中心、委員長」と言っていた。心機一転と言ってしまえばそれまでだが、今までずっと一匹狼だった人間が環境を変えることによって人格が急変することは滅多にない。雨宮の身に一体何があったのか。
朽木はふと、あの夜のことを思い出した。事件直後に、雨宮が不気味な笑みを浮かべていたことを。せめて、彼女の本当の性格を知ることが出来れば――――
「――残すはあと二回、必ず事件を止めましょう」
なぜ自分がこんなことをしているのか、だんだんと理解が困難になりながらも、朽木は会議を終えるとすぐに会議室をあとにした。
どうせまた、自分の陰口でも叩かれるんだろうと考えて。
朽木が出て行った直後、残った警察官の間で噂が流れ始めていた。
「噂だと、今回の連続事件について単独調査とかしてるらしいですよ」
「ああ、その話は俺も聞いたよ。地元の高校生から事情聴取してるってやつだろう?」
「未成年事件はうちらの管轄じゃないのにねー面倒をするもんだ」
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「ふぅー、つっかれたー」
警察のスパイを終えた僕は署の近くの住宅街の片隅で大きく背伸びをした。
内心、これいつまで続けるつもりなんだろうと嘲笑しながらも、与えられた責務を全うする自分の姿に満足感を覚える。朽木のヤツ、すっかり魔法説を信じ込んでいるようだな。あんな作り話を信じちゃうなんてよっぽど精神的に疲労が溜まっているんだろう。でもいい機会だ。これを利用しない手はない。
速水ももう使えなくなったから、計画は変更だ。雨宮さんとの約束を自分から吹っかけておいて自分から裏切るのもなんとエゴで理不尽な話なんだ、と腹を抱えるが、彼女は僕を警察に売り飛ばそうとした。それは紛れもない事実だ。
やっぱり、あの日彼女の後を尾けて正解だったな。
僕はもう一度背伸びをする。
さて……今後の自分の行動とそれに適う他のメンバーの行動は――とその時。
「ん?」
五十メートル先に、スーツ男の姿を捉えた。
「朽木……?」
このまま彼の前に姿を現そうとも思ったが、前回会話したときのわだかまりも相俟ってそれは止めておくことにした。今回はいつも通り力を使って尾行する。
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同日 午後七時 都立三日月高等学校正門前
「警察の方、ですか」
「はい。少し、気になる生徒がいまして」
「気になる生徒とは……」
「そちらに通学されている、二年五組の雨宮紅愛さんのことです」
朽木はインターホンに向かって学校に訪れた旨を伝えた。
いきなり連続全焼事件の容疑者です、などとは口が裂けても言えるわけがないので、ここは重要参考人、とだけ説明しておいて、あとは自分が、こんな生徒のいない時間に何をしに来たのかを軽く伝えると、当初の予定通りすんなりと門を通してもらう。
やっぱり朽木は雨宮のことを疑っているんだな、と姿を消してあとをつける月詠は溜め息を吐く。
「こちらが雨宮の検査結果です。……プライバシーの問題もあるので、このことは他言無用に、捜査のためだけにご活用ください」
「もちろんです」
雨宮が在籍する、二年五組の担任である加護に許可をもらい、その二年五組の教室を使っての面談。中央の列の一番前の席に向かい合って座る。その席の机上には、恐らく入学し立ての頃に診断したのであろう、矢田部ギルフォード性格検査の結果表のコピーが置かれていた。
朽木はこの検査結果を見れば、雨宮が中学を転校する以前とそのあとのどちらが本質かを見ることが出来ると踏んだのだ。悪くない算段だ、と月詠は検査結果が見える位置に立ちながら、ニヤリと笑う。
月詠は力の持続時間が切れたときのために、常時持ち歩いているICレコーダーを机の用具入れに置いた。そして再び目線を検査結果に戻す。
「D型……適応者型。なるほど」
担任の加護が何も言わないので、必然的に朽木もほぼ無言で検査結果を目で追っていた。
こんなときに水無瀬のテレパスがあれば朽木が何を考えているのかわかるのに。何も話さないようではICレコーダーの意味がない、と月詠は舌打ちする。
「この結果は、どういったタイプの人に現れる結果なんですか?」
朽木の質問に、ようやく加護が口を開く。
「D型は、リーダーシップのとれるタイプの人に現れる結果ですね。えーしかし、自分をこう見せたいという願望から現れる結果でもあります。この性格検査の中でも最も理想的な検査結果ですからね。内向的で気の弱い生徒も同じ検査結果になっています。……まぁ、雨宮は実際に室長をそつなくこなしたり、ボランティア活動に励んでいる面もあるので、そういった結果ではないと思いますが」
「そうですか……」
生徒からも担任からも好かれ、信頼を得ている。この学校での雨宮のポジションを知るには充分な回答だった。
「しかし……その割にはやや右肩下がりの結果ですね。鬱や気分の変化、劣等感の値は低く、攻撃的・支配性がもっとも高い。それなのに、神経質かつ客観的、非協調的に非活動的。加護先生の仰っている雨宮さんの人物像とはかけ離れているような気もしますが」
「支配性は、グループで指揮を執る際に重要なパラメータです。神経質かつ客観的というのは、他人を律することも出来、自分の行為を客観的に判断することでよりよい結果を出すことが出来る。そういった解釈も含めたパラメータですよ。日本語というのは難しいですね。自分も国語教師なんですけどねぇ! あははは」
「…………」
これには朽木も月詠も、冷たい視線を送らずにはいられなかった。高校で習う国語は日本語を教わるための授業ではない。中学よりも、読解力や文章力を養う授業の方が格段に多い。だから高校の国語教師といえど単純な漢字ミスは少なくない。かといってそのミスを簡単に許すほど生徒の目は緩くないが。
逆に日本語を教える学校は少ないのでは。今では外国人のために設けられた日本語スクールなんてものも大分普及されているようだが、日本人のための日本語スクールの話は滅多に耳にしない。
日本人の知る日本語の大部分・基礎は親の教育にある。子供にとって親の些細な言動・行動は自分のルールになる。よって、例え生徒の一人の日本語の使い方が過っていたとしても国語教師が爪を噛む必要性はないのだ。そして、他人の日本語の使い方に異議を申し立てるのも義務ではない。
「……そういった捉え方も、ありですね。しかし……この、非協調的・非活動的というのはそのままの意味でしょう」
「うーん……そんな面は見たことないんですけどねぇ」
「加護先生は、雨宮さんの本質をご存じなんですか?」
朽木が質問した途端、加護の表情が凍りつく。
「それは……まぁ、全部を知ることなんて出来ませんけど」
「雨宮さんは、同じクラスの美樹さゆりと仲が良いようですね。私が彼女たちに会ったときは、美樹さんはあまり外交的な子には見えませんでしたが。――ご存じの通り、類は友を呼ぶ、という諺があります。もしかしたら、本質的な面で、雨宮さんは美樹さんに似たところがあるんじゃないでしょうか」
顎に手を添えて考え込む朽木。これには月詠も頷かざるを得なかった。
「彼女たちは、僕が担任を受け持つ前、一年生の頃から仲が良いみたいですね。特別、席が近いわけでもないのに、休み時間もよく行動を共にしていましたし……ですがしかし。雨宮がグループ活動やボランティア活動に精力的に取り組んでいたことは事実です」
「それこそ、彼女の“自分をこう見せたい”という願望が働いているんじゃないでしょうか」
「ふむ……」
加護が思いつめた表情で検査結果を睨んだ。
「もしそうなんだとしたら、非常に努力的ということでしょう」
ふふっと笑いながら机に肘をつく。
「努力家タイプ、ですか……」
朽木にとって納得のいく回答であるといえばそうだ。これで、雨宮の本質がどちらなのかハッキリした。彼女の本質は間違いなく、転校前の方だ。




