第3話 理不尽のパラドックス
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二月二十七日(土) 午前十時 速水宅
「どういうことか、説明してもらおうか」
俺は早速酷い剣幕で月詠を問い詰めた。その表情が相手に伝わることはないけど。
「やだなぁーそんな怒んないでよマサぁ」
受話器から茶化すような月詠の声が返ってきて一層腹が立つ。お前のその口に瞬間接着剤でもつけてやろうか。
「俺は何もしていない、ちゃんと口裏を合わせてきたはずだ。なのになぜ裏切った!?」
きっと向こうの受話器で音割れしているだろう大きな声で怒鳴り散らす。
「だからさぁー、一回落ち着こ?」
これで落ち着いていられるわけがない。――水無瀬鈴が脱走したのだ。
「お前が野放しにしたんだろ!?」
いつにもなく声を荒げる俺は大人気ないな。そうは思っていたが、やはり自分もまだ未熟なのか昂ぶる感情を抑えられない。
「チッ……人の話聞けよな」
受話器から月詠の本音が漏れる。その声は低く小さく面倒くさそうで、恐らく俺に対して言ったわけではなく、独り言だと窺えた。
「――で、なんで水無瀬を脱走させたんだよ」
月詠の独り言のおかげか、いつもの冷静さを取り戻した俺は、もう一度落ち着いて同じ質問をした。
「裏切られたんだよ……」
「裏切られた?」
反射的に月詠の言葉を反復する。
「どういうことだ?」
俺ではない他の誰かが月詠を裏切ったということか?
月詠は「はぁ」とため息をついたようで、こちらのスピーカーからはボウゥゥ、と音割れする音が聴こえた。
「僕は警察に売られかけたんだよ。――雨宮さんにね」
雨宮が月詠を警察に売ったということは、既に……
「正体がバレたのか?」
「いや、それはない。怪しんでることは確かだけど、気づいてない」
「ふぅん……」
「というか気づいたところで売り飛ばさないでしょ普通」
それもそうだ。
「多分、自分では辿り着けないから警察を使って僕の正体を割り出そうっていう算段」
「なるほど。――それで」
お前の正体が雨宮にバレようがバレまいが俺の知ったことではないんだ。そんなことよりも、俺は聞きたいことがある。
「それが水無瀬の脱走とどう関係してるんだ」
受話器を持つ手を変えて耳に押し当てた。
「……」
少しの間無言になる月詠。――珍しい。
「連帯責任だよ」
「連帯責任……!?」
再び反射的に言葉を反復する。納得のいかない理由に、俺は再び激昂しかけるが理性でそれを抑えた。
「まるっきり関係ないじゃないか。こんなの理不尽すぎる」
「関係ないこともないでしょ。同じ紋章を持つ者同士なんだから――それにさ」
「なんだよ」
「理不尽だとか、不条理だとか、理に適わないだとか―――そんなのこの世界の常識でしょ」
茶化した調子でもなく、ただ淡々とした声に圧倒されかける。この男はきっと、上手いこと言い包めようとしているだけなんだ。
「…………本当は私情を持ち込んだんだろう?」
「私情? 違うよ。理不尽とか不条理ってのは、本人の意思とは関係なく起こりうるものなんだ」
「お前は俺に八つ当たりしただけだ」
「何? マサは友だちと二人並んでアイスクリームを食べているときに偶然見ず知らずの人が友だちにぶつかってその衝撃で友だちのアイスクリームが自分の服にぶちまけられたらその友だちのせいにするの?」
「……は?」
矢継ぎ早に話を続ける月詠は珍しい。言葉こそ人を見下しているが激昂している様子もない。
「何が言いたいんだよ」
それでいて妙に説得力のある月詠の例え話に圧倒されていることは虚勢を張って隠した。本当は本心を隠していることが伝わっているかもしれない。 月詠は話を続ける。
「自分にとっては理不尽だと思うかもしれないけど、その友だちだって何の非もない自分のせいにされたら理不尽だよねぇ? つまり僕が君に八つ当たりするのも理不尽! 君が僕に責任を追及するのも理不尽! 理不尽のパラドックス!! そういうことなんだよ」
「…………」
月詠は怒った口調でもなく、嘲るように声を張り上げた。あははあはははははという高笑いが受話器越しに聴こえてくる。どうしたっていうんだ。こんなあいつは初めてだ。責めるなら雨宮を責めてくれとでも言いたいのか。
俺は月詠に断りもせず電話を切った。ツーツーツーという機械音が空しく響く。
お前が何を考えているのか、俺もわかんねぇよ…………。
「あっはっはっは……切られちゃったか」
冷たい風を感じながら、住居ビルの屋上に佇んで階下を見下ろす月詠は「ふぅ」とため息を吐くと、パタンと緑色の携帯電話を閉じて腰に巻いていたポーチに仕舞った。
「もう速水は使えない。正体が紅愛にバレたところでもう遅いし――努力を怠らないって、約束したからね」
どいつもこいつも馬鹿ばっか……と再びため息をついた。
◆◆◆
同日 午後二時 愛染駅前
「全員揃ったわね」
私は駅前に揃った面々を見て、にこやかに点呼を取った。今日は駅前での待ち合わせ――つまり、高坂の言うところの「連続全焼事件探偵団」集結。
「愛染駅集合ってことはー、昨日焼け焦げた愛染ホールを見に行くんだよね?」
高坂はダウンジャケットのポケットに両手を突っ込みながら、ワクワクした表情で質問する。
「まぁ……そうなるわね」
本当は、私があのあとどうなったのか知りたいだけなんだけど、それは言わないお約束。
「ホールの外観を見ることは出来ても中には入れねぇだろ」
東雲の言うことはごもっとも。本当は中に入りたいけど、私たちでは出来ない。月詠の能力でもあればいいんだけどね。
「でも……もしかしたらホールの周辺に何かあるかもしれない!」
さゆりが皆を励ました。――天使のような笑顔で。というのも、待ち合わせの際に私が来るより先に駅前に居座っていた高坂が『さゆりたんマジ天使』とかブツブツ呟いていたからそんな比喩を使ってみたんだけど。まあ確かにさゆりは天使よね。可愛いし優しいし人を包み込むような包容力がある。
高坂なんかに釣り合わないくらいにね。
「とりあえず向かってみましょう」
私の合図と共に二列横隊となって歩道を歩き始めた。自然の成り行きなのか意図的なものなのか、前列に私と東雲、後列にさゆりと高坂という形になった。
訂正、確実に意図的なものでした。高坂英治……、さゆりに変なことしたらタダじゃおかないんだからね。心臓以外の内臓にバチバチと電流を流してあげる。
百万ボルトぐらい。
そういえば……東雲は高坂に私たちの関係を隠しているんだったわね。確かに高坂にバレたらいろいろと面倒そうだけど、こうして隣を歩くときくらいは手を繋ぎたい――なんて言ったら、我が儘かな。ていうかそんなのキャラじゃないし。
ちらっと東雲の顔を見上げる。東雲はそれに気づいた途端にふいっと顔を正面に戻して目を逸らした。
――――あの頃から、変わってない。
こっちから目を合わせようとすると逸らす癖も、考えるときに顎に手を添える癖も、さりげなく車道側を歩くのも。その癖はきっと私にうつっている。
それだけじゃない。
私を想う気持ちだって変わっていなかった。嬉しかった。すごく、すごく。
でも――――――
もう私は東雲の知る私ではない。革命を起こすという夢以外に殆ど変わり果てた私を見て東雲は驚くだろう、驚いただろう。東雲が好きだという雨宮紅愛は、あの頃の雨宮紅愛であって、今の雨宮紅愛ではない。
きっと、ずっと追いかけていたんだ、東雲は。
あの頃の雨宮紅愛という偶像を。




