第1話 水無瀬鈴
寒い。冷たい。暗い。怖い。
真夜中、人気のない路地裏に身を潜める少女がいた。
少女の名は水無瀬鈴。
ワインレッドのドレスを身に纏い、壁にもたれて体操座りをしながらウェーブのかかったロングヘアを指でくるくると弄んで退屈な時間を過ごしていた。
「爽太くんは適当にぶらついておけばいいって言ってたけど……それじゃ警察に見つかっちゃうし、かといって家に帰るわけにもいかないし……」
はぁ……と溜息をつくと、途端にそれは白く曇った。
「スースーする……気持ち悪い」
水無瀬は下着を着用していなかった。少しでも風が当たらないように両足をぐいっと内側に寄せて更に両手で抱え込む。雪でも降り出すんじゃないかという寒さに、このまま死んでしまうのではという不安が押し寄せる。
「ううん、寝たら確実に死ぬなぁ……」
俗に言う“オール”というものを水無瀬は経験したことがなく、この真夜中に起きていられることすら奇跡のように感じていた。
「――凍死なんて美しくない」
ぽつり独り言を呟く。
まだ監禁されていたほうがよっぽどマシだったのかもしれない。毎日二食は食べさせてもらえたし、監禁されている間は命の保証もされていた。
「でも……」
本当はずっと怖かった。殺されるかもしれない。脅迫されるかもしれない。拷問されるかもしれない。――性奴隷にされるかもしれない……。
水無瀬は速水を信用出来ていない。
その理由としては、デスゲームが大いに関係している。速水はデスゲームというものが映画や漫画のように正義心に溢れた人間が勝利できるわけではないという悲しい現実を水無瀬に突きつけた。
「あの人は決して、人間に美しい死は与えなかった」
水無瀬は軽蔑する口調で呟き、両足を抱える両腕の力をより一層強めた。それに伴ってドレスには皺が増え、同時に寒さと恐怖に鳥肌が立つ。
「全てが終わったら私を美しく殺してくれると約束しましたけど、きっと……それも嘘ですよね」
誰と話しているわけでもないが、癖なのかつい敬語になった。
「離脱式なんて、どうでもいいじゃないですか…………」
言いながら両足に顔を埋めると髪の毛が少しだけ地面についた。しかし水無瀬はそれを気に止めることもなく今は寒さに震える体の体温を必死で保とうとした。しばらくずっとそのままで過ごしていると、次第に意識が遠のいていくのを感じた。
「眠い……」
このままでは眠ってしまう。だめだ、寝たら死ぬ。そう思ったとき、水無瀬の腕は持ち上げられた。
「!?」
瞬間の出来事に動揺を隠しきれず、瞬時に立ち上がると腕を掴まれたまま辺りをキョロキョロと見回した。
「こんな時間に何してんのかな~?」
はははは、と笑う男の集団がそこにいた。
「……んぐ」
身の危険を感じて咄嗟に声を上げようとしたが、勘付かれたのかすぐに口を塞がれてしまった。
「助けを呼ぼうったってムダだよ。こんな時間、こんな場所にいるアンタが悪いんだぜ?」
恐らく集団のリーダーであろう二十代前半のロン毛の男が耳元で囁く。
「ふぐぅっ……ん、うぅぅ――ッ」
掴まれていないもう片方の手で男の手を振りほどこうと抵抗するが、逆に自分の手が振りほどかれてしまい虚しく惨敗した。街灯に照らされることのない路地裏で水無瀬は若い男の集団に身包みを剥がされた。
「はっ……こいつパンツ穿いてないでやんの。オカされる準備万端じゃん」
グループの一人の言葉のあとに一斉に笑いが起こる。
その笑いがとても不快で仕方が無かった。
(なんて無力なの、私の力は)
水無瀬は男たちに腕を掴まれ、背中をグループの一人に預けさせられたまま涙顔で自分の無力さを嘆いた。体が何かの光に包まれたかと思うとカシャ、カシャと携帯電話のカメラのシャッター音が鳴り響く。
「……んぐ、や、め……ッ」
何が起きているのか瞬時に把握した水無瀬は小さな体で必死に抵抗するも、男たちの腕力や握力に勝ることはなく再び惨敗。
「へぇ、結構カワイイじゃん。こりゃ高く売れそうだな」
「肌も白くて傷一つないし、どっかのお嬢様なんじゃね?」
(――過去形だけどね)
男たちの推測通り、水無瀬はこの近辺では有名な水無瀬財閥の三女。しかしそれは二ヶ月前までのことで、現在は行方不明者の扱いを受けている。
「……もしそうだったら、身代金貰えたりして……」
(!!)
一人の男のそのたった一言が、グループの思考を豹変させた。
《誘拐すれば大金が手に入る》
《身元調べて脅迫するか》
《海外に高く売り飛ばせそう》
《報酬はちゃんと山分けされるよな?》
男たちの考えや気持ち、本音といったものが水無瀬の脳に直接注がれ、溢れかえる。
(私……また誘拐されるの?)
これまでも何度か誘拐された経験があるために呆れていた。
(それはそれでいいかもしれない。でも、この男たちはイヤだな……)
誘拐される度に家から捜索届が出されて、警察に保護されて家に戻るといつもお父さんは言うんだ。
『私の顔に泥を塗るつもりか』
と。
けれど、きっとそれは建前で、本当は父親として自分のことを心から愛してくれているのだろう、そう思っていた。
紋章の力を手に入れるまでは――――――――――
水無瀬の持つ紋章の力はテレパシー。相手の思考を受信したり、自分の思考を送信することが出来る。
水無瀬がこの力で見てきた世界は残酷なものだった。世の中の大半は自分のことを第一に考えるエゴイストだと悟り、いつしかそれを利用したゲームを思いつく。
“デスゲーム”
テレパスの力を使って人里離れた場所に多くの人間を収容し、殺し合いを命じた。モニターに写る参加者たちの姿は実に醜悪で、自分が生きるためならば人殺しも厭わない、そんな考えが蔓延している様を見て水無瀬は歓喜し、そして感じた。
“どんなに醜悪な人間でも、死んだ姿は美しい”
――しかしその考えは速水真秋の存在によって一度覆されることになるのだが。
「さてと。んじゃ早速始めちゃおうかなー」
「ひっ……!」
目の前に立つ男が自分のベルトに手をかける。
(嫌……ッ!!)
水無瀬がそう感じた瞬間、男たちの様子が一変した。
「なんだここ! 何も見えねぇ!」
「おい、皆どこにいるんだよ!?」
男たちは途端に慌て出して水無瀬から手をほどき、腕を振り上げたり辺りを見回したり奇怪な動きを見せる。
(一体何が……?)




