第3話 雪村棗
“嫌われるのが怖くて、友達なんかやらないよ”
それはつまり、愛想笑いを浮かべ合う友達を作るぐらいなら、いっそ嫌われてしまった方がマシだ、という意味だろうか。常に本音を言い合える友達が欲しい、という意味にもとれる。
一般的に考えれば少々曲折した性格だと言えるが、この速水の性格、私は嫌いじゃない。
私は一歩前に進み、速水に近づいた。速水は相変わらずの無表情で、こちらと目を合わせない。やはりまだ、信用できないのだろう。
「速水くん、ここでは優しさも同情もいらない。紋章離脱式を成功させるため、全員で意見を出し合いそれを実行するだけの仲間よ。無駄な時間なんか作らないわ」
そう言って、速水に手を差し伸べた。
「……」
すぐに手を取ることはなく、しばらく無言でこちらの目を見つめる速水。
「……なるほど」
彼は一息ついてからぼそぼそと呟いた。その呟きはとても小さなもので、この場にいる私以外には聞こえていないだろう。何がなるほど、なのだろうか。月詠から何か聞かされているのだろうか。だとすれば一体何を聞かされたというのか。
「わかった。改めてよろしく」
速水は少しだけ口角を上げて微笑み、同時に私の手を握った。――――握手。
「さて。新たなメンバーが加わったことだし、早速次の作戦会議をしましょうか」
腕を組んで辺りを見渡した。メンバー全員が私の方を見る。
「えっとまず、今度はいつどこを落とすんだっけ?」
月詠が進行のサポートをし、それに私は応える。
「次は二十六日の金曜日、場所は愛染ホール。コンサート会場の他に試験ホールなんかも備わった大きなホールよ」
「美術館のときと同じく警備員がいそうな場所だな……」
東雲はジャケットのポケットに両手を突っ込みながら無表情に意見を出した。続いて榊原が笑顔で意見を出す。
「そうだね。しかも今回はイベントホールなわけだし、当日のイベント状況をチェックしておく必要があるかもね」
「警察がどんな動きを見せてくれるか見ものね」
私はくすっと笑う。
「今までの事件概要は……月詠から一通り聞いた。前回同様、脅迫状を出して中身を一掃するのがいいんじゃないか」
「そーするとまた潜入できなくなっちまうぜ?」
速水、片桐と意見を出す。確かに、脅迫状を出すのはいいテかもしれない。模倣犯という可能性もまだ消えていないだろうし、脅迫状の信憑性を高めるにはそれがいいかもしれない。しかし――
「脅迫状出すのはいいけど、マサまだ爆弾持ってる?」
そう。私もそれが聞きたかった。速水が何者なのか分からないが、前回の爆破事件でかなりの量の爆弾を使ったはず。
「前回ので使い切った」
速水の一言で、他メンバーが次々と反応する。
「あちゃー」
「ケッ、使えねェな」
「多かったもんな……」
「まー、仕方ないね!」
月詠が落胆した表情を見せたあと、私は何か閃かないかと空を見上げた。
「……」
空は、一面の曇り空だった。自分の決まり文句である「灰色の空を……」の灰色の空、そのものであった。今日明日あたり、雨が降りそうだな。
――雨?
もしかしたら――
「ねぇ、二十六日の天気、誰か知らない?」
私の何気ない一言に、月詠以外の全員がキョトンとした顔をする。
「んー、確かその日は全国的に雨って話だったような」
「ありがと、東雲」
「お、おう」
何が言いたいのかわからない、といった表情を見せる東雲たち。榊原はその中で一人抗議する。
「雨がどうかしたの? ボクの力は消防団でも消せない炎を作れるよ?」
それにすかさず月詠が反論。
「さすがに雨の中炎出したらいよいよ魔法の領域だよー」
あ、そっか、といった風に榊原が頬を赤らめる。
「おいおい、んじゃどーすんだよ、燃やせねェじゃんかよ」
「なるほど」
片桐に相反するように速水が納得した。
「何がなるほどなんだよ」
その片桐の疑問には、月詠が応じた。
「あるんだよ、雨の中ホールが全焼してもおかしくない方法がさ」
東雲と片桐は頭にクエスチョンマークを浮かべ、榊原は「もしかして……」と目を見開き、速水は目を瞑って月詠の言葉を待った。
「それは……」
月詠は不敵な笑みを浮かべながら私を見る。それに呼応するように、私も同じく不敵な笑みを浮かべた。
◆◆◆
連続全焼事件に、爆破事件。謎は深まるばかりだ。
脅迫状の主は、果たして全焼事件と同一犯の仕業なのだろうか? それとも模倣犯の仕業なのだろうか? しかし実際に爆弾は大量に仕掛けられており、それを利用して全焼させた。やはり同一犯で間違いないのだろうか――まだ断定は出来ない。
クソ、いくら考えても答えがわからない。見つからないッ!!
朽木は真昼の都会を歩きながら事件の調査を進めていた。
脅迫状を渡した金髪の少年について詳しく訊ねたところ、どうやら高校生ぐらいの少年らしい。制服を着ていなかったらしく所属する学校までは分からなかったが、都内に住んでいることは間違いない。ただ闇雲に探しても見つからないだろう。金髪の高校生に片っ端から話しかけるのも気が引ける。
「どうしたものか……」
爆破事件の起きたヘルミス本社前にとどまり、頭を抱えた。
「犯人の目的、謎の法則性、不自然な現象……」
「すみません」
朽木がブツブツと呟いていると、背後から何者かに呼び止められた。
「?」
自分の背後から声がしたものだから自分が話しかけられているのだろう。そう思った朽木はハッと振り向いてその人物を確認した。
「警察の方ですか?」
朽木を尋ねた人物は男子高校生だった。都立七篠高校の制服を着崩すことなく着こなしている。金髪ではなく、眼鏡をかけていて真面目な生徒なのだろうと朽木は推理した。
「そうですが、どうかしましたか?」
不安や悲観といった気持ちを悟られぬよう、笑顔で返答をする。
「はじめまして、僕は七篠高校2年の雪村棗って言います。連続全焼事件について調べているプチ探偵みたいなもんです」
「プチ探偵か……」
人を外見で判断するのはよろしくないとは分かっていつつも、雪村と名乗った男子高校生の外見からして頭が良さそうだと思った。実際そうなのかもしれない。面白い。そう考えた朽木は雪村の話を聞くことに決めた。
「どういったご用件で?」
「……」
朽木が用件を訊ねると雪村は驚いたように押し黙った。
「……何か?」
それを不思議がった朽木はつい聞き返してしまう。
「……いや、警察の方がまさか僕なんかの話を聞いてくれるとは思わなくて、つい」
「そういうことか。連続全焼事件は謎が多い。それを調べているとあれば、寸分の情報でも惜しいものなんだ」
質より量。これは会議ではないが、せめて多くの情報や意見を取り入れて自分の中でブレインストーミングする必要がある。このときの朽木は嘘の情報を伝えられて捜査をかく乱させられるという考えまでには至らなかった。本当に、限界に近いのである。
「ありがとうございます」
雪村は丁寧にお辞儀をした。
「場所を変えようか。ここだと周りがうるさいだろうし」
「はい」
朽木は雪村を連れてマスコミのいるヘルミス本社正面を避けながら近くの公園へと向かった。




