第2話 速水真秋
二月二十日(土) 午後三時 東三日月公園
「紹介するよ、僕の友達、速水真秋クン!」
キラキラキラ~と効果音までつけて手をひらひらさせながら、月詠は彼を紹介した。
「はじめまして」
速水と呼ばれたその男は、通っているのであろう都立北明高等学校の制服を校則違反なく着こなし、それに似合うかっちりとした立ち姿で律儀にお辞儀をした。その振る舞いにこちらも気をつかってお辞儀をしてしまう。
「へーぇ、金髪って友達いたんだな!」
「そりゃいるだろ……」
さらっと酷いことを言う片桐に東雲は呆れを含めたツッコミを返した。
「二人は同じ学校に通ってるの?」
ふとした疑問を榊原が投げかける。
「いいや? 僕は無職。マサとは中学からのダチだよ」
「マサって……そんなあだ名は初めて聞いたんだが」
「いーのいーの、ここではそう呼ぶことにしたの」
「そっかぁ。仲良いんだね!」
無職だとか、初めて聞いただとかいう言葉に少し引っ掛かったが、二人が知り合いであることに間違いはないらしい。まだお互いのことを把握していないため、私は先手を打って話を切り出した。
「とりあえず、自己紹介から始めましょうか。私は雨宮紅愛。よろしく」
「よろしく」
速水はひきつった笑顔で返事をした。笑顔が苦手なのだろうか。
「俺は東雲蓮。よろしく」
「ボクは榊原慎也。よろしくお願いします」
「オレは片桐コウジってんだ。よろしくな」
「……よろしく」
速水は誰とも目を合わせることなく挨拶をした。笑顔というよりは、コミュニケーションとか、そういったものが苦手なんだろう。
「ところで、私たちに紹介するということは……」
「そう、なんとマサも……紋章持ちだったのです!!」
茶化すように紹介する月詠に、速水は若干苛立っているようで眉間に皺を寄せた。
「…………」
「…………?」
「…………」
「えっと、マサからは何も言わないみたいだから一応僕が言っておくけど、マサは緑の紋章、風の力を持ってるんだよ」
月詠は額に汗を浮かべながら苦笑した。私たち四人はふぅん……と相槌を打つ。
「なんか、俺と雨宮は中学の知り合いだし、雨宮は榊原と同じ学校だし、月詠と片桐は知り合いで速水とは中学からのダチ――なんだかんだで関連性があるよな」
東雲は顎に指を添えて考え込んだ。
「そうだね。それだけじゃないけど……」
「?」
東雲の呟きに対し、月詠が意味深な言葉を発したが、私にはそれが何のことか見当がつかなかった。月詠は他にも何かしらの関連性を知っているというのだろうか。
「そうそう、この前の爆弾もマサが用意してくれたんだよ!!」
「おい、それは……」
月詠が話を逸らした。いや、逸らすことが目的だったのかもしれない。突然のカミングアウトに速水が動揺する。どうやらあまり聞かれたくない内容だったみたいだが、その空気を読んだのか読んでいないのか、片桐が彼を絶賛した。
「マジかよ!? すげーなお前!!」
「え……?」
速水はなぜ賞賛されたのか分からない、といった風に目を見開いていたが、片桐はなおも大声で続ける。
「あんだけの量の爆弾を用意するなんて、お前はひょっとしてアレか!? 金持ちか!?」
「別に」
興奮する片桐に速水は冷たく返した。しかし片桐は話をやめなかった。
「そう照れんなって! すげェんだぜ? この前はいろいろとヤバい状況だったらしいしよォ、爆弾がなかったらオレら成功してなかったって! 速水と金髪のお手柄ってコトよォ! お目が高いぜ!」
「鼻だよ」
「というかあんたは何もしてないだろ」
片桐の意味不明な発言にすかさず榊原と東雲が突っ込んだ。速水は「はぁ」とため息をつくと、月詠の方を向いて私たちにも聞こえるボリュームの声で話した。
「で、この頭の弱い人たちが君の仲間なの?」
「なッ……」
片桐がすぐに表情を変える。その表情は怒りに満ちていた。榊原は「やっぱりそういう人か」といった呆れた表情をしており、東雲は無言で速水を睨みつけていた。月詠はというと、無言で苦笑している。きっと速水がそう言うことを予想していたのだろう。私は相変わらずの無表情で様子見。
「テメェ! 初対面でナメた態度とってんじゃねェよ!!」
グイッと速水の胸ぐらを掴む。誰も止めようとはしなかった。
「気に入らねェ。一発殴らせろ」
片桐の表情はまさに猛獣。これから獲物をハントしようとする目だ。しかし速水は物怖じもせずただ無表情に片桐の目を見つめていた。そうか、さっきまで目を合わせなかったのは、相手と話しているつもりがなかったからか。私は理解する。
速水は何か言おうとしている。
「はぁ……」
「あァん?」
速水は溜息から入り、そのまま言葉を続けた。
「そういうのを頭弱いって言うんだよ。暴力でしか解決できないクズ」
身長こそ片桐の方が上だが、速水は無表情に片桐を睨んでいた――否、見下していた。
「テメェ……ッ!!!」
片桐は言われた言葉にショックを受けて激昂する。
「決めた。殴る」
胸ぐらを掴んでいた手が一層固くなる。そこに榊原が事態の収束を試みた。
「やめようよ。ボクたち、こんなことしてる場合じゃないよ!」
榊原は勇気を振り絞って声を上げた。私にはそれがヒシヒシと伝わってきた。けれど片桐はそんな榊原の気持ちも知らずに、
「赤いのはすっこんでろよ。これはオレとコイツの喧嘩だぜ」
「片桐先輩……」
思わず私も溜息をつく。――吹き出すのをこらえるためにね。こんなフィクションみたいな場面に遭遇した場合はどうすればいいのだろうか。止めるか? 見ているか? 笑うか? 泣くか? 逃げるか? ――私は今にも笑いだしそうだ。それは月詠も同じようで、なるべく彼らを視界に入れないようにしている。
「……ほっとこうぜ」
東雲はなだめるように榊原の両肩を掴んだ。
「……ボクは、役に立てなかった……」
泣きはせずとも、自分の不甲斐なさを嘆く姿が痛々しい。
「いいの? 君の大事な友達を傷つけてしまって」
速水が不敵な笑みを浮かべて片桐を嘲笑する。
「テメェこそ、そんな性格じゃせっかく出来た友達にも嫌われちまうんじゃねェ?」
片桐もまた、笑っていた。速水を嘲笑するように、威圧するように。しかし、速水はその言葉に対して、誰も予想のつかない言葉を口にした。
「嫌われるのが怖くて、友達なんかやらないよ」
「「……」」
思わずその場にいる全員が静まり返る。言い放った速水の表情は、実に冷めたものだった。
「クッ……!」
片桐は掴んでいた手を思い切り離した。その反動で速水の体がふらつく。
「ったく……ヒョロヒョロのクセして肝が据わってやがるぜ」
横目で速水を見る片桐は珍しく呆れた表情をしていた。
「……そりゃどーも」
速水は皺くちゃに乱れた服を整え、ネクタイを締め上げた。どうやら、この速水真秋という人間もまた自分の意志があるようだ。




