第8話 暗躍者
「さて、そろそろ予定の時間ね」
雨宮は腕時計を確認して他のメンバーに呼びかけた。
「んじゃー行こっか。みんな僕の半径十メートル以内から離れないでね」
全員月詠の指示に従い、姿を消してヘルミス本社へと近づいた。
「この人数だと持続時間は約十分程度かな……」
月詠の呟きに東雲が反応し、即座に榊原へと確認をとる。
「十分以内にやれそうか?」
「やってみるよ。ヘルミスのビルだと、二、三階までが限度だけどね」
「おいおい、十メートルってそんな低いのかよォ……あのビル十七階まであるんだぜ!?」
「爆発が起きるに賭けるのよ」
慌てる片桐や冷静な雨宮を見て月詠は何を思っているのか、にやっと笑っていた。
午後七時半。
事件に関わる全ての人間が、一斉にビルを見上げた。その刹那。
ボン、ボン、ボン……と連続して豪快な爆発音が上がった。
それはまるで花火のように美しく、見る人を感動させてしまうほど大きく、儚いものだった。雨宮たちにはそれがスローモーション映像のように感じられた。音と共に爆炎が上がり、爆風と共に窓が砕け散り、硝子の雨となって地上を襲う。
障子を破ったかのような筒抜けの窓から、黒煙と炎が風に乗って空気中に混じっていく。黒煙の鼻をつくような異臭も、降り注ぐ硝子の破片も、雨宮たちには害をなさない。
「危ないですから下がってください!!」
と、傘をさしながらマスコミや野次馬に注意を促す警察たちの声も、雨宮たちには速度を落としてピッチの下がった不快な音に聞こえていた。
その後も、ボン、ボン、ボン……と次々に爆発音が周囲の人間の耳を劈く。一体いくつ仕掛けたのだろうか――気がつけばビルの全ての窓から煙が上がっていた。すぐさま消防団が消火活動を開始する。
しかし、一向に炎は消えなかった。消火活動が開始されたその時点で既に、ビルの内部は紋章の力が支配していたのだ。そしてその炎は急速にビルの外側へと侵食していく。
三階まで包んでいる炎は次第に上がって行き、三分もしない内に八階まで到達した。
「……ッ……はぁ、はぁ」
よっぽど大きな力を使ったのだろう、榊原が息を乱しながらしゃがみこんでいた。
「くッ……! 紋章がッ……い、たぃッ!!!」
「大丈夫か!?」
榊原の隣にいた東雲はすぐに異変を察知し、しゃがみこむ榊原を介抱した。自身の持つ赤の紋章がキシキシと痛むようで、右鎖骨下を爪を立てて押さえている。
「どうしたよチビ!」
いつもは荒い扱いを受けている片桐も、榊原を心配そうに覗き込む。雨宮と月詠は榊原の異変に気づいていたが、『そりゃあそうなるよな』と思っているようで対応は冷めたものだった。
「もうじき月詠の力の効果が切れるわ。榊原は片桐に背負ってもらって、ここを立ち去りましょう」
「こっちだよ、ついてきて」
言われるがままに片桐は榊原を背負い、四人は月詠のあとをついていった。
「ごめん……迷惑かけて」
榊原は他のメンバーに聞こえないような小さな声で呟いた。その小さな声が他の人に聞かれたくないという榊原の願いということも気にせずに片桐は思い切り大きな声で笑い飛ばした。
「がははは! いいってことよォ! オレら仲間だからなぁ!!」
「仲間、か……うん、そうだねっ」
片桐から顔が見えないことをいいことに、榊原は声こそは明るいものの苦笑していた。そして、沈む心を見透かされぬように声を張り上げた。
「まったく……片桐先輩、こういう時だけは役に立つんだから!」
「こういう時だけってなんだよ、こういう時だけって!」
「あははっ、だって先輩、頭悪いんだもん!」
「ストレートに言いやがったこいつ! あとでシメてやるから覚悟しとけよ!」
「暴力反対―」
楽しそうな片桐と榊原を見て、東雲も場を盛り上げようと、全員に声をかけた。
「これからどっかメシ食いにいかね?」
東雲の声に反応した雨宮は後ろを振り向いて、
「いいわね。私は賛成よ」
と微笑しながら応答した。
「ボクも賛成―!」
「オレも!」
次々と賛成の声が上がり、東雲はまだ返事を聞いていない人に賛否を訊ねた。
「月詠は?」
一瞬の沈黙のあと、
「僕はこれから用事あるんだ。ごめんね」
と苦笑いしながら手を振った。
爆発&全焼事件の発生したヘルミス本社から百メートル以上離れたところで、四人は月詠に本日の別れを告げる。
「じゃあまた今度」「ばいばーい」「んじゃな」「さよならー」
月詠は「じゃあね」と再度手を振ってから四人に背を向けて歩き始め、しばらくすると闇に溶けて消えていった。
「さて、メシメシー」
榊原を下ろした片桐は頭の後ろで手を組んで、「腹減ったー!」と空腹を主張した。
「あそこのファミレスなんてどう?」
その日の夕御飯は、榊原がチョイスした庶民向けのファミレスに落ち着いた。
◆◆◆
「これまた派手にやってんなァ」
食事を終えた雨宮たちは再びヘルミス本社へと戻ってきた。野次馬の波に入るなり、片桐は感嘆の声を上げる。それもそのはず。消防団の消火活動は一向に終わらず、炎は全く消えないでいる。ゴウゴウと燃え続けるその様に、雨宮たちですら圧巻していた。
「東雲、お願い」
雨宮がそう指示すると、東雲は野次馬の最前列まで行き、炎が一瞬で消滅する様子をイメージした。
(炎よ消えろ!)
東雲がそう念じるとすぐに、プシュゥ……という音と共に炎は消滅した。周囲の警察や消防団、野次馬やマスコミが一斉に騒ぎ始める。
「本当に一瞬で消えた……!」
「これがあの連続全焼事件ってやつなのか!?」
そんな言葉が口々に飛び交う。
炎が消え、十七階もあったビルは跡形もなく消し炭となった姿を現した。原爆ドームを思わせる抜け殻のようなビルに人々は唖然としている。
こうして、ヘルミス全焼事件――もとい、ヘルミス爆破事件は幕を閉じた。
◆◆◆
「いろいろと調達ありがとう。協力感謝するよ」
高層マンションの最上階。広々としたリビングに、透明のガラステーブルを挟んで小さな一人用ソファが二つ。電気は点いておらず、お互いにまともに顔も見えていない。カーテンはなく、窓ガラスはマジックミラーとなっていて、最上階であるこの家からは綺麗な夜空とネオンの輝く階下の景色が一望できる。
「感謝されるようなことは何もしてない……持っていても仕方ないから渡しただけ」
もう一人の男は淡々と言葉を連ねた。
「ああそう。まあ何にせよ、お前が帰ってきてくれてよかったよ。二か月前急にいなくなったもんだから心配したんだぜ。おおかた予想はつくけど……速水、失踪先で何してた?」
速水と呼ばれた男は持っていたティーカップをガラステーブルにカタンと置き、一息ついてから返事をした。
「デスゲーム」
「……へぇ。なんか大変そうだな」
「ああ。……雪村は最近どうなんだ?」
どうやらもう一人の男は雪村というらしい。雪村はふふっと笑ってティーカップを持ち上げ、
「楽しくやってるよ。面白い人も見つけたしね」
「面白い人?」
「じきにわかるよ」
ごくり、と紅茶を飲み干した雪村は、
「さて、打ち合わせするか」
と話を切り出した。
第4章 爆発事件 完




