第7話 ヘルミス襲撃
二月十八日(木) 午後六時半 株式会社ヘルミス本社周辺路地裏
「いいかい? よく聞くんだ」
月詠はいつにもなく真剣な表情をして四人の注目を集めた。
「ついさっきまで警察のスパイをしてたんだけど……そこで大変なことがわかった」
「大変なことってなんだよ!?」
東雲が取り乱す。
「落ち着いて聞いてね。冷静な判断を怠っちゃだめだよ」
そう言ってもったいぶる月詠に対し、四人の表情はぎこちないものだった。
「それで、何が大変なの?」
雨宮は早め早めに事態を把握し、いち早く適応したい。
「実は……現時点で既に社員全員避難していて、ビルの全周囲を警察が包囲してる」
『……!!』
「な、なんで!? 昨日まではずっとあやふやだったんじゃ……」
珍しく榊原が慌てた表情を浮かべている。月詠は更に言葉を続けた。
「噂によると、ついさっきヘルミス本社に脅迫状が届いたとか。内容は確か、爆発物を仕掛けたとか、なんとか……」
「どーすんだよ!? 警察がいたらオレら入れねェぜ!?」
「いや、入れることは入れるんだけどね……」
片桐の暴走に間髪入れずに榊原が突っ込む。
「その手があったか……」
と雨宮は顎に手を添えて考え込んだ。
「でも、どうすんの? もし本当に爆発物が仕掛けられてんなら俺らも迂闊に手出しできないし……」
「そうなんだよねぇ」
東雲はなんとか慌てず頭を回らせ、月詠もそれに同意する。
「どうする、雨宮さん?」
「……今考えてる」
雨宮はちらっとビルの方を見る。他の建物が視界を邪魔するせいでビルの下階の方は見えないが、上階のほうはうっすら見えており、窓一つとして明かりがついていない。
(確かに人の気配はない。脅迫状が届いたのは事実のようね)
「東雲の言う通り、爆発物が仕掛けられているかいないかが問題ね」
「お、おう」
雨宮が東雲の意見に同意したことが珍しかったのか、東雲は一瞬動揺した。
「そうだね……でも」
「でも?」
榊原の言葉を片桐が反芻し聞き返す。
「……いくら普段のビルの入口が開放されてるからって、いくつもの防犯カメラが監視している中で爆発物を仕掛けるのは困難じゃないかな。その脅迫状がハッタリって可能性も考えられる」
「じゃあ、仕掛けれられてねーんじゃねェの?」
「いや」
雨宮はその一言で榊原と片桐の考えを否定する。
「?」
月詠が首を傾げて不思議そうな顔で雨宮を見た。
「一人だけ……それを簡単にこなせる奴を知ってるわ」
『!?』
雨宮の言葉に、一同が驚きを見せる。
――――ただ一人を除いて。
「月詠爽太――――貴方よ」
ビシッ! と人差し指を立てて月詠を指した。
「え、爽太ァ!?」
「なるほどね……」
「お前が?」
次々と声が上がる。
当の月詠本人はというと、
「僕を疑うんだ……」
言葉こそ悲しみを帯びているが、顔は不気味に笑っている。
「脅迫状を出したのは貴方? 爆発物は仕掛けたの?」
月詠を睨みつけながら、雨宮は質問を投げかけた。
「違うよ。爆発物も仕掛けてない」
「おい、本当なのかァ?」
「……」
片桐は何が起きているのかよくわからない、といった状態で、榊原と東雲は不安な表情で見守っている。
「ふぅ……」
雨宮はため息をついてそのまま言葉を続けた。その言葉が、月詠の声とぴったり重なる。
「「…と、言うと思う?」」
「あれっ?」
月詠は少々驚いた様子で素っ頓狂な声を上げた。
「はは。僕は否定も肯定もしないでおくよ。これからどうするかは雨宮さんが決めること」
「ふん……。それは、私を試しているのかしら」
二人の間に亀裂が入る。
「どっちかハッキリしろよ。月詠お前、俺らの仲間なんじゃねぇの?」
東雲が怒り口調で月詠を責め立てる。
「なんでここで輪を乱すようなことを……」
榊原は落胆する。
「私の判断で……二分の一の確率で死ぬかもしれない、というわけね」
雨宮の声は震えていた。対して月詠は嘲笑うかのような笑みと声で周りを翻弄する。
「そうそう。でも大丈夫、生きるも死ぬも皆一緒だよ」
「……ッ!」
雨宮は肩を震わせながら歯ぎしりをする。それは榊原や東雲も同じだった。
しかし、雨宮は言葉とは全く別のことを考えていた。
(あえて敵対し、私との協力関係を勘付かれないように誘導する。月詠爽太――――――面白い)
「爆発は起こる。そう仮定した上で作戦を練り直すわ」
(いや、仮定でもなんでもない。こいつは確実に爆発物を仕掛けている。なぜなら――その方が都合がいいから)
「むしろこれは好都合でもあるわ。現段階で警察は完全にビルを包囲している。だとすれば容易にビルに入ることは躊躇われるわ。今回の作戦は、『便乗作戦』。爆発が起きた時点で外側から力を使い、消火できない炎を生み出す」
「そっか……それなら今までと違って、爆発が起きてから消えない炎が出現するわけだから、やっぱり爆薬に何か仕込まれてるのかと捜査官は考えるはずだね」
「もし本当に爆発物が仕掛けられてるってんなら、一箇所や二箇所どころじゃないだろうしな。わざわざ内側の上階から攻めていく必要もなくなる」
雨宮に続いて榊原、東雲と意見を口々にする。そして片桐が皆に続いて口を開く。
「もしただのハッタリでしたーって時はどうすんだ?」
「「……」」
その一言で皆が沈黙した。路地裏に流れ込む小さな冷たい風が五人の体を叩きつける。雨宮はそっと呟いた。
「月詠を信じてみるのよ」
◆◆◆
同日 午後七時十五分 株式会社ヘルミス本社周辺
消防団や救急車、パトカーなどが待機している中、朽木は一人ヘルミス本社の正面で佇みながら茶色い封筒と紙を睨んでいた。
『ヘルミス本社に爆発物を仕掛けた。爆発は午後七時半』
新聞の切り抜きだろう、綺麗にレタリングされた様々な大きさの文字がコラージュされている……ように見せかけた、ただのコピー用紙。きっと文字の裏面を見て朝刊と夕刊の区別や配布されている地区を特定されることを避けているのだろう。
そしてこの脅迫状の出処は不明。この紙を社長室に届けたヘルミス社員によれば、金髪の少年に「これ、ヘルミス本社にって」と手渡されたらしい。念のため受け取る前に誰から貰ったものか尋ねたところ、「身長は160ぐらいで…杖をついたおじいさんでしたよ」とのこと。
実際にその金髪の少年に会って詳しいことを聞きたいところだが、脅迫状の内容が当日のものだったのでその少年の捜索は他の警官に任せている。
「たった今爆弾処理班から連絡がありました! また新たに三個ほど解除した模様です!」
遠くで宇崎刑事の声が聞こえた。
(これで合計七個……一体いくつ仕掛けられているんだ)
ビルは全十七階。犯人はいつ、いかにして爆弾を大量に仕掛けたというのか。ここ約一週間は夜中も警察が見回りしていたはず。それとも、全焼事件が始まる前、あるいは我々が法則に気づく前から仕掛けられていたというのか。などと朽木は頭を悩ます。
「こちら! 脅迫状が届いた現場のヘルミス本社です! 脅迫状を出した犯人はあの連続全焼事件の犯人と同一犯なのでしょうか! それとも、連続全焼事件の法則に気付いた模倣犯の仕業なのでしょうか! 全ては午後七時半に明らかになります!!」
女性事件リポーターで有名の葉山瑞紀がマイクを握って報道している。マスコミのカメラマンや野次馬の放つフラッシュに朽木は少々苛立ちながらも、脅迫状と全焼事件の関連性の検討に励んだ。
葉山が読んでいたカンペのように、脅迫状を出した犯人は全焼事件の犯人と同一人物なのだろうか。それともただの模倣犯の仕業なのだろうか。そして、これが模倣犯の仕業だった場合、全焼事件の犯人にとっては好都合なのだろうか、不都合なのだろうか。
そもそも何の目的を持ってこのような正七角形の法則に従っている?
そうしている間にも、爆発予定時刻は刻一刻と迫っていた――――




