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CREST~7つの紋章編~  作者: 館山理生
第4章 爆発事件
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第6話 猜疑心と



二月十六日(火) 午後八時 雨宮家



「……と、いうわけだよー」


「なるほど、じゃあ事件時刻に社内で連絡を取り合えるのは警察のみになるのね」


 スパイを終えた月詠が今回の警察の動きを一通り話し終えると、私は重要に思われる部分を抜き出してみせた。


「そーゆーことだね」


「ってことは! 先輩はわざわざ見えないところから火災報知器を壊さなくてもよくなったんだね!」


 榊原が安堵した表情で話す。確かに、火災報知器を壊す必要性は薄れた。

けれど問題はそこじゃない。


 ビル内を社員と警察が交代するより前に潜入しなくては、普通の人間ではビル内に侵入出来なくなる。そこで私は月詠に質問をした。


「ちなみに、具体的な時間とかは?」


 月詠は「待ってました、その質問!」といった表情を浮かべて話を続けた。


「もちろん、サーチ済みだよ。具体的には……事件発生時刻の午後七時半までに、社員とその他業務員は外出する、らしいよ!」


『……』


 広いリビングに沈黙が訪れる。


「どこが具体的なんだよ……」


 と東雲が頬杖をついたまま訝しげに声を漏らした。


「じゃあ、オレたちは午後7時半前にビルの中に入ればいいんだな!?」


 片桐は「うっしゃあああ! 燃えてきたぜぇぇぇエ!」と拳を上げる。


「そんなの当たり前だよ……」


 間髪入れずに榊原が悩ましげな表情で突っ込んだ。相変わらず頭の回転が遅い片桐を見ていると、なんだか微笑ましいとさえ思う。小説だと集団の中に一人はこういう奴いるよなぁ、と何故か納得してしまった。


 私は話を切り出すタイミングを計らうため、こほん、と軽く咳払いをした。


「……で。さっき東雲も言ったように、どこが具体的なの」


 月詠は「うーん」と頭を捻る。その行為がわざとらしいというか、あざといというか、胡散臭かった。


「どうやらね、ヘルミスの人たちは警察の言葉を信じてないらしいよ」


 苦笑いを浮かべながら両手を上げてお手上げのポーズをとる月詠。


「まぁ……突然警察に、『次の木曜日に会社が燃やされます』なんて言われても実感わかないだろうね」


 榊原が付け加えるように実態を語った。そこに凡才あるいはそれ以下の片桐が首を突っ込む。


「だったらむしろ好都合じゃねェの。変な気を起こされなくて済むしよ!」


「変な気って?」


 片桐のよくわからない話を東雲が掘り起こそうとする。


「んー、なんだ。例えばほら、『全焼反対!』とかデモおこしたり、ビラ配ったりよォ」


「お前……この事件のこと何かと勘違いしてねぇか?」


「まるで権力反対運動だね……」


「ぷくくっ……」


「……」


 毎回毎回話の腰を折る片桐を一発殴ってやりたいとも思ったが、男性陣が楽しそうなのでそれはやめておく。


「まぁでもっ……、好都合っちゃあ……好都合だとは思うよ」


 月詠は先ほどのデモやビラの話がよっぽどツボにはまったのか、終始笑いながら話した。


「だって……ぷくくっ、そのぶん警察が、ぷ、ぷぷっ……」


 「まともに話せこの金髪男」とは言えなかったが、月詠が言わんとしていることは大体予想がつくため、代わりに私が話すことに。


「ヘルミスが話を完全に信用してない以上、そのぶん警察は動きにくい。だから私たちはわりとすんなり会社に潜入できるかもね」


「そっか。ちょっと手間はかかるかもしれないけど、バラバラに会社を出て行く社員に紛れて侵入したと思わせることが出来るね」


「……侵入する…ぷ、隙間が…っぷっぷく……」


「テメェいつまで笑ってんだよ」


「ご、ごめん……だって、コウちゃん……ぷ、ぷ」


「誰がコウちゃんだ、誰が!」


「こほん!」


「「…………」」


 再び咳払いをすると、リビングは静まり返り、4人の視線が一同に私へと集まる。


「詳細はまた後日。――――失敗はない」


 その一言で、男性陣は席を立ち上がる。「お疲れ」「じゃあまた」とそれぞれに私に声をかけて帰り支度を整えた。四人を玄関まで送っていき、月詠と片桐は早々に家を出て行った。その場に東雲と榊原が取り残される。


「帰らないの?」


 別に帰宅を催促しているつもりはないが、珍しく居残る榊原に声をかけた。


「先輩にちょっと話があって」

「話? 何かしら」


 榊原は少しだけ悲しそうな表情をしていた。まさか、私の内を知っているとでもいうのか? などと最悪の事態を予想してみたが、今まで私の本当の目的を月詠以外の人間に話したことはない。


 月詠は一見胡散臭そうだが、簡単に他人の本心をバラすとは思えない。私でさえあの男の本心がわからないのだが。


 話があると近寄る榊原を、東雲は壁にもたれて遠目に見ている。出来れば、東雲のいるところで離脱式に関わることは話してほしくない。しかし、嫌な予感というものは随分当たるもので――――


「信用して……いいの?」

「……」


 榊原は、まず最初に自分の本心を打ち明けようとした。


「ボクは……こんな力があってはならないものだと考えて、離脱式を完成させようとしてる。けど、不安なんだ。こうして5人で作戦会議してるけど、本当は離脱式に反対してる人がいるんじゃないかって……」


 ごくり、と思わず唾を飲む。


「それは……」

「ボクは」


 励ましの言葉をかけようとしたが、榊原に声を被せられる。


「東雲先輩や片桐……先輩はきっと純粋に協力してるんだと思うけど、月詠先輩や、雨宮先輩は正直、何考えてるのかわからない」


「……。私は……」


「本当は、何か企んでるんじゃないかって。言っちゃいけないと思ってたけど、紋章の術式は離脱式だけじゃなくて」


「違う!!」


「……先輩?」


 それは、言っちゃいけない。東雲にその事実がバレて、真っ先に疑われるのは私。東雲は私の願いを知っている。だからこそ、絶対に聞かせたくない。――息を整える。


 榊原は困惑した表情で、東雲は不思議そうな顔で私を見る。


「違うわ。……確かに、月詠は何を考えてるのかわからない。でも、私はこの紋章の力に、……家族を、奪われた。こんな力はあってはいけない……私は……力に支配されたり、しない……」


「あ……せ、先輩……」


 榊原は泣きそうな表情をしていた。


「ごめんなさい……」


 謝罪をしたときは既に泣いていた。泣きながら、頭を下げて謝っていた。


「……いいのよ。この前に言ったでしょう。その償いは、離脱式を完成させることだと」


「はい……」


 榊原慎也。なんて純粋な人間なのだろうか。この男に嘘偽りはない。本心で私の前に立ち、心の底から私の両親を殺したことを後悔している。


 ああ。なんて愚かな人間なのだろうか。この男は騙されやすい。本心など一度も打ち明けていない私を簡単に信用してしまった。


 人の心は脆い。弱点に刃を向けるだけで、自分からそれに突き刺さってしまう。


「もしも月詠がただならぬことを考えていようものなら、それを阻止するまで。もちろん、協力してくれるわね?」


「……はい」


 榊原は涙を堪えて真っ直ぐな瞳で私を見た。東雲は安心したようにうっすらと笑みを浮かべていた。



 力を持って力を制す。全ての紋章の力を手に入れ、この世界を変える。


 生ぬるい友情や、正義心だけでは変えられない。


 目には目を、歯には歯を、――悪には悪を。



 月詠が何を考えているのかは私もわからない。けれど、一つだけ分かる。

私と月詠は、目的が違う。


 彼との約束は、『この世界を手に入れるために、努力を怠らず、途中で投げ出さないこと』。私の目的は、灰色の空を青に染める――この日本を、世界を、淘汰すること。


 そのためならば私は悪にでもなろう。紋章の力を集め、全ての罪を被ろう。


 やっていることと言っていることが違う。そう思われれば終わり。本心は見せない。


 私はあくまで悪を貫く。




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