第5話 秘めた誓い
しばらく二人で手を繋いで歩いていると、急に雨宮が立ち止まった。
「喫茶店」
彼女は一言だけ呟いて、体の向きを喫茶店の方へと向けた。
「入ろうか」
「うん」
きっとここに入りたいのだ、と気持ちを汲み取ると彼女の手を引いて店内へと足を踏み入れた。
コートを脱いだ雨宮は、はっきり言って可愛かった。
それこそ白いファーつきの鞄が似合う、肩出しのローズ色のセーターにベージュの短パン、アーガイル模様をあしらった白色のタイツに茶色のムートンブーツ。首元には三日月の形をした金色のネックレスが提げられている。
ビジュアル、ファッション、プロポーションの三つの観点から見てもほとんど欠点がない。可愛い、もといエレガントな雰囲気を漂わせるその姿に圧倒された。
強いて言うなら中身。人殺しを厭わないその殺人鬼的な性格と人を寄せ付けない傲慢な態度さえなければ誰もが虜になるのに。殺人計画よりももっと別の部分で秀でてほしかったと思うのは俺の我が儘だろうか。
しかしそれはまたそれで良かったとも思っている。虜になる人間が自分しかいないのなら、それで充分。
「私はスペシャルブレンドストレートで」
「ホットミルクティーで」
「かしこまりました」
雨宮は相変わらずのブラックコーヒー。高二になった今でも知り合いでブラックコーヒーや激辛肉まんを頼むやつなんてこいつぐらいしかいない。
「ねぇ」
不意に雨宮がこちらに視線を飛ばした。
「これはデートなのよね?」
「…………」
いきなりのド直球に度肝を抜いたことを悟られぬよう、自然な振る舞いで言葉を返す――――ことが出来るわけがない。
「さあ?」
俺の口からは曖昧な言葉しか出てこなかった。自分の不器用さに腹が立つ。本当はもっと甘い言葉をかけてこいつを困らせてやりたいところだが、場所が場所だ。
それに、俺の『計画』はまだ始まったばかり。
「てっきりデートかと思って服装を前日に考えたのに。残念だわ」
「そ、そうですか」
雨宮の不意打ちに驚いて言葉がどもる。恥ずかしいことをさらっと言えるそのスキルを俺にも分けて欲しい。
一瞬俺のことをからかっているのかとも考えたが、そうでもない様子だ。その証拠に目元が笑っていない。完全に無表情。これが雨宮の“素の状態”だ。しかし最近の雨宮は常に笑っている気がする。
笑っている、と言っても決して笑顔とかではなく、不敵な笑みや苦笑い、嘲笑といったイメージだが。そういった顔をする時は大体何かを企んでいるか、何かを隠しているときだということは既に実証済み。
実際に殺人計画を企てているときは嘲笑の表情を浮かべている。雨宮自身は気づいていないかもしれないが、こいつは案外表情に出やすいタイプだ。だけどそんな雨宮の嘘は一度も暴くことが出来なかった。こいつが嘘をつくときはポーカーフェイス――無表情である故に本音と混ざってわからない。
先ほど注文したブラックコーヒーとミルクティーが席に運ばれ、各々それを口にした。
コーヒーを飲んでいる時の雨宮は何故か明後日の方向を見ながら不敵な笑みを浮かべていた。何かを企んでいるのだろうか。
「公園に行きましょう」
雨宮のその一言で、俺たち二人は地下鉄に乗って東三日月公園へと足を運んだ。
公園に着いた時刻は午後六時。外は既に真っ暗で、ただでさえ人が寄り付かないこの公園付近は足音一つ聞こえなかった。
「どうする? いつも通り、力の特訓でもする?」
雨宮の声色は笑っていた。何か、からかわれているような気がする。だけど。今日に限ってそんな気分ではない。
「力の特訓でもする?」なんて聞いておいて雨宮はベンチに座った。まるで誘っているかのように。丁度いい、と考えて俺はその誘いに応じてやることにした。
ジャケットのポケットに手を突っ込みながら雨宮の座るベンチへと歩みを進める。そしてそっとベンチに腰を下ろし、彼女の隣へと近づいた。
「雨宮」
彼女の名を呼んでから、俺はポケットから取り出した“あるもの”を口に含んだ。
「何?」
と無表情に振り向く彼女の肩を力ずくで強引に掴むと、無理矢理彼女の唇と自分の唇を触れさせた。
「…………!」
突然の事態に困惑しているのか、彼女は小さく唸りを上げて自らの小さな手で俺の腕の辺りの服を掴んだ。しかしどう考えても力が入っていない。
ゆっくりと舌を彼女の口内に滑らせて口を開かせると、俺は舌を使って口の中に忍ばせておいた甘くてとろける“あるもの”を彼女の口内へ押し込んだ。それに気付いた彼女はそっと口を閉じた。
俺は静かに、囁くように、それでいてどこか嘲笑うかのような声で。
「アンハッピーバレンタイン」
そう告げると、肩を掴んでいた手を離して肩の後ろへと腕を伸ばし彼女を抱きしめた。
俺は続けて呟く。
「これは、復讐」
彼女は今、どんな表情をしているだろうか。驚いて目を見開いているだろうか。それとも泣いているだろうか。俺は、――苦笑いしている。こんな形でしか彼女を迎えられない自分を悔いている。それでも、どこかで気付いて欲しかった。自分がまだ、彼女を大切に想っていることを。
「…………………………甘いわ。……いろいろとね」
ぽとん……と、俺の首筋に熱い雫が落ちる。同時に、彼女の腕が俺の背中を優しく包み込む。それは彼女からの歓迎の合図だった。俺の表情から苦笑いは消え、ゆっくりと瞼を閉じて誓った。
“お前を守る”
その後、俺は雨宮の自宅に招かれて、彼女と一夜を共にした。
◆◆◆
二月十五日(月) 午後五時 警視庁内連続全焼事件捜査部会議室
「先日、ヘルミス本社には、『貴社が次の全焼事件のターゲットである可能性が高い』と忠告を申し上げました。当日の対応としては、事件発生予想時刻である午後七時半までに社員やその他業務員らを外出させるという至って簡易的な措置を取り計らっている模様です」
朽木はクリップボードに挟まれたA4のコピー紙に印刷されている文字を淡々と読み上げた。この内容について、会議室内の警察官たちは批判的な声を次々に上げていく。
「わざわざ忠告をしているのに……定時に避難させるぐらいしか出来ないとはね」
「法則的に考えて、ヘルミス本社が次のターゲットであることは確実。それをまず信じさせるべきかと」
「ただでさえ本社には未だ企業秘密の製品のサンプルがあるだろうに。それが燃えては困るだろうに……」
「とりあえず」
朽木の一言で室内が静まり返ったことを確認し、言葉を続ける。
「現時点では次のターゲットであることしか確実でなく、事件が発生するかどうかが定かでない以上、我々は忠告することぐらいしか出来ません。当日は我々が勢力を上げ、最高のコンディションでヘルミス本社、本社周辺を巡回・見張りすることが重要です」
言い終えてから着席し、次に『如何にして信用させるか』という議題を振った。これまで全ての全焼事件を止めることが出来なかった警察は、現段階で国民からの信用が薄い。更には未だ犯人の手がかりすら掴めていない状態。
朽木は考えた。
消防団でも消せない炎が、建物を全焼させるとパッと消える現象。
――何人もの科学者たちが頭を悩ませた。しかし未だに解明されていない。防災倉庫を燃やさずに、鍵も開けず中のスライドラフトを焦がす仕組み。
――密室トリックでも使ったのか? いや、鍵が開けられた形跡はなかった。持病を患っていない警官が二人も心臓麻痺で死亡した現象。
――スライドラフトの件と何か関係があるのだろうか。しかし犯人は拳銃を持っていたのに、なぜ拳銃で撃たなかった?
どれだけ考えたところで、その答えに辿り着けることもなく頭を抱えて悶えるのみ。
せめて魔法でもあれば、この現象を片付けられるのに――――――




