第4話 二月十四日
「あれ?東雲クンは『可能派』なんだ。何か根拠があるとか?」
「根拠はない。けど、出来る気がするんだよ」
「あのねえ……この前の防犯カメラの時とはワケが違う。ターゲットが見えてないのよ? イメージなんて出来るわけないじゃない」
「じゃあ、成功することをイメージしてみたら?」
「――ッ!!」
東雲の突然の挑発的な態度に雨宮は驚愕した。
「……わかったわ。やればいいんでしょう? 折角マップがあるのだし」
「そーそー。頑張ってね雨宮さん」
「……」
重大な責任を負わされた雨宮は、いつにもなく冷や汗をかいていた。
「じゃあ、攻める順番はこれで決まりだね。効果範囲が半径10メートル以内っていうのを踏まえて、榊原クンにも適当な位置から放火してもらおっか。あとは“驚異的身体能力”を使って――」
と月詠が言いかけたところで、
「待った」
と東雲がストップをかけた。
「今回は出来るだけ団体行動を取ったほうがいいみたいだし、俺たちは階段で十七階まで一緒に行くわけだけど、そこでかなり体力を消費するよな。“驚異的身体能力”はその人の体力に依存する――俺らはともかく雨宮はかなり重労働なんじゃねぇか?」
「……そうだね」
痛いところを突かれました、と言わんばかりに月詠は項垂れる。
「ちなみに雨宮さんは体力どのくらい?」
「さあね。限界なんて試したことないけど。十七階までの距離を跳んで往復したらバテるかも」
「行きは良い良い帰りはなんとか……ってやつかな。じゃあ、十七階まではゆっくり上ろうか」
「そうしてくれると助かるわ」
(今現在把握している紋章を持つ者は私を合わせて五人。その中で紅一点というのも珍しい気がするけど、他に女はいないのかしらね?)
「んでェ、さっき言ってた警察がどーのってやつを話してくれよ」
「そうね」
片桐の催促に従い、雨宮は話し始めた。
「さっきも言った通り、警察は確実にこの法則に気付いた。だから今回は少し難易度が高い」
「具体的に警察はどういう手を打ってくると思う?」
月詠が割り込んで全員に話を振る。それに対し、最初に榊原が意見を出した。
「やっぱり、中にいる人たちを全員避難させるんじゃないかな。警察の名前を使えばすぐに出来そうだし」
続いて東雲が意見を出す。
「全焼させる時間の前後は必ずビルを包囲したりロックかけたりして人の出入りを禁じてると思う」
次に片桐。
「アレだな、キープアウトってテープが張ってあって、この前みたいにマスコミとかも来てるかもな!」
そして最後に雨宮。
「……問題はそれらが何時に行われるかということ。ビルの周囲に常に監視の目がある場合、普通ならビルに入れない。そこでまた内部で事件が発生すれば、いよいよ物理法則を凌駕する……」
全員の意見が出終わったところで、月詠は足を組み替えて机に身を乗り出し一言。
「そこで、僕が警察のスパイになります」
「「……!!」」
不敵に笑う月詠と、固唾を飲んで見守る他四名。
「能力には時間の制約もあるし簡単じゃなかろうに……」
そう雨宮が呟くと、月詠はニッコリと笑みを浮かべて、
「僕に任せてよ」
と自信満々に言い放った。
「実はこういうの慣れてるんだー。失敗はしないから、安心して。何時にビルに乗り込むかがわかったらすぐ連絡するから」
「そう、わかったわ」
雨宮は頭に何か引っかかるものがあった。『慣れてる』という言葉が、紋章の力を宿す前からなのか、その後のことなのか。そもそも、紋章の力を宿す時期は皆バラバラだったはず。
月詠は如何にしてスパイを成功させるのだろうか。警察のなんらかの会議に潜り込まなくては詳しい日時はわからないはず。しかし能力には時間制限が――――
いくら考えても、結論に至ることはなかった。
(今は信じるしかない、か)
◆◆◆
二月十四日(日) 午後二時二十五分 暁公園駅前
「ふぅ……」
小さく息を吐いただけで、それは白い靄となって空気中を漂った。
約束の時間が迫っている。昨日本人の自宅にお呼ばれされたばかりだというのに、なぜこうも緊張してしまうのか。
―――――俺は雨宮を待っていた。
二月十四日。世間ではバレンタインだとか騒がれているイベントデー。
もともとはローマ帝国で定められた女神・ユノの祝日であり、ユノはすべての神の女王と謳われ、家庭と結婚の神でもあった。
当時、若い男たちと娘たちは別々に暮らしており、娘たちは自分の名を書いた札を桶の中に入れ、その翌日に男たちが札を引いて、そこに書かれていた名前の娘と、豊年を祈願するルペルカリア祭のパートナーとして一緒にいることを定められ、その多くのパートナーたちはそのまま恋に落ちて結婚したという。
そうしてバレンタインは恋人たちの愛の誓の日とされ、世界各地で様々な祝い方があるというのだが――――
日本では今や、女が好きな異性にチョコレートを送る行事というよりは製菓メーカーのチョコレート売上戦争になっている。愛情やいかに。
などと考えながら呆けていると、前方から雨宮がやって来た。
「お待たせ」
雨宮は昨日とは打って変わって可愛らしい白いファーつきのバッグを提げて、全身を黒いダッフルコートで包んでいる。デートのための勝負服、と形容するには少し遠い気もするが、普段と違うのもまた然り。
対する俺はというと、黒のテーラードジャケットにデニム、首にはリングのネックレスを提げており、『いかにも』な格好をしていた。
「今日はどういう予定?」
雨宮は上目遣いに訴える。通常なら「媚びている」「女なんて」と馬鹿にしていたかもしれないが、先日の襲撃事件時に再び雨宮を意識し始めて、急に彼女が愛おしく感じてしまう。
本当なら今すぐにでも抱きしめてやりたい。抱きしめて、自分のものにしてしまいたい。けれど、理性とやらがそれを阻止する。
「とりあえず、散歩しよう」
最初からそうするつもりだった。適当にブラブラ歩いて、気になった店があればそこに入り、しばらく居座ってを繰り返そう。言うなればウィンドウショッピング。
あの頃――中学の時、雨宮と付き合っていた頃はまともにデートなんてした試しがなかった。そもそもデートの仕方すらわからなかったんだ。
俺は隣に雨宮がついてくることを確認して、歩き出した。
「「………」」
お互いに無言で、足を止めることもなく、手を掴んだりすることもない。雨宮がこの状況についてどう思っているのかわからない。
昨夜、メールで待ち合わせするよう伝えたらすんなりOKの返事をもらった。念の為に自分以外の人間が来ないことも伝えたが、それでも了承を得た。
自分でも、雨宮ならすぐにOKしてくれるだろうと考えていた節はあったが、それでも少しの不自然さは拭えない。こいつには、「何かされるかもしれない」とか「殺されるかもしれない」とかいう考えはないのか。それともそんなこと最初からないとわかっているのか――――
雨宮には悪いが、俺は最初から「そんなこと」をするつもりでここにいる。
俺は有無を言わさずに彼女の手を握った。
触れられた手は最初、ビクンッと震えたが、握られてからは特に抵抗をするわけでもなく自然と向こうから握り返してきた。
ますますわからなくなる。
雨宮が俺をどうしたいのか。
俺が雨宮をどうしたいのか――
以前の自分なら、「脈アリかも」と思ってすぐに引っ張っていったかもしれないが、流石に今はそれほど自惚れてもいない。




