第1話 本当の目的
「雨宮さん、君――――――紋章離脱式反対派でしょ」
月詠の唐突な話に、私はただ笑うしかなかった。
「あはははは……いきなり何を言い出すかと思ったら。……そんな話をするために私を引き止めたの?」
「…………」
私はなおも笑い続けたが、月詠の無表情――むしろ睨んでいるようにも見える――が崩れることはなかった。
「こんな力、ないほうがいいじゃない。その方が平和じゃないの。力を持ってしまった私たちは決して悪人になりたかったわけじゃない。だからさっさとこんなもの捨てて、普通の生活に戻るべきなのよ」
この心に偽りはない。
「……どうしても本心で話してくれないっていうなら、本心を引き出すまでだよね」
まだ信じていないようだった。月詠爽太―――こいつ、面倒くさいな。
「本心も何もこれが本心よ。これ以外に何があるというの」
「確かに君がさっき言った言葉は本心かもしれない。けど――――あくまで他人としての本心だよね」
他人としての本心ですって?
「それにさ、ここいらでちゃんと主人公としての目的を示しておかないと、本当の傍観者は楽しめないと思うんだよね」
若干茶化した表現だったが、目は笑っていない。主人公とか、本当の傍観者とか。何を戯けたことを。
「語り手が嘘を吐いていいのは、ミステリ小説だけだよ」
「そんなこと、私の知ったことではないわ。第一これはファンタジー小説でもなければミステリ小説でもない。リアルよ、リアル。貴方は誰の目線で私と会話してるつもり?」
「強いて言うなら、読者目線、かな」
――戯けたことを。
「僕はね、確かに紋章の力を持つ僕たちに悪意はないと思うけど、だからといって全員が全員紋章離脱式を行いたいなんて思わないと思うんだよね」
「まあ、一理あるわね」
それは私もずっと前から考えていた。今まで事が順調に進みすぎて気にしたことがなかったけど。それでもやっぱりおかしいと思う。だって、こんなに美味しい力なのよ?
簡単に人を殺せるし、罪に問われることもないし、何より他人と差をつけられる。新しい命に興味がない私にとって、こんな利点だらけの美味しい話は他になかった。
しかし、「新しい命を生んだり生ませたりすることができないのよ?」と強調するだけで離脱式を行うことに賛成する東雲や、こんな力は持っていても他人を不幸にするだけだと考えて離脱式という目的をもつ榊原の存在。
こいつらは馬鹿だ。
既に人間であることを認められていないのに、人間であることに未練を持ち続けている。
紋章離脱式? ――そんなもの、端から賛成してないわよ。
私は知っている。
東雲や榊原、その他紋章を持つ者から全ての紋章を奪う仕組みを。榊原や月詠はもしかしたら知っているかもしれないが、東雲にはあえて言わなかったこの禁断の術式。
「紋章集結式」
私が言葉にするまでもなく、月詠はあっさりとこの言葉を口にした。
「君みたいな策士がこの言葉を知らないとは言わせないよ。むしろずっと描いている理想なんじゃないかと僕は疑ってる」
「……」
ふん……と鼻で溜息を吐いた。すると月詠はゆっくりと私に近づき、低い声で囁いた。
そう、悪魔の囁きを。
「欲しいんでしょ? ――この世界が」
月詠はにやりと微笑んでいる。つい先程までは、月詠のことをただ面倒なやつだと思っていた。だけど違うようだ。
この男は最初から、私の共犯者になるつもりでここに来ている。
何故私の考えが読まれてしまったのかは不明だが、協力を仰いで損はない。いや、いいように利用すべきといったところか。
「紋章集結式――そんなものは所詮、ゲームの序章に過ぎない」
私が口を開くと、月詠はそっと私から離れ、ようやく口を開いたね、とでも言いそうな顔で私の瞳を見つめる。
「私が手に入れるのは世界じゃない。この世界を震撼させる、神の座よ」
「そうかい」
月詠は満足そうに口角を上げた。
「君と僕は、案外似ているのかもね」
「え?」
「なんでもないよ。それより、一つだけ約束して」
くすっと笑ったあと、再び私の目を見つめた。
「途中で投げ出したりしないって」
「わかってる。私はね、目的に対してやるからには全力を尽くすの」
「それを聞いて安心したよ」
「そう」
「じゃ、僕は帰るね。生憎、体を張って服従させる気はないから」
「ええ」
月詠は立ち上がって身支度を整えると、玄関へ向かってそのまま扉を開けて出て行った。
紋章集結式。
それは、榊原が企んでいる紋章離脱式に少し手順を加えたもの。離脱式に必要なものが7つの紋章とそれを配置する場所――範囲や位置、時間など細々とした条件はあるが今のところは順調に進んでいる。集結式はそれにプラスして“願いを持った普通の人間”が必要となる。
つまり、この普通の人間が、全ての紋章の力を宿す媒体となるのだ。
そしてもう一つ。単独紋章離脱式という術式が存在する。これは個人で紋章を他人へと授ける儀式だが、専用の円を描いたり、その相手も強力な願いを持っていないと発動できないなどの制約がある。
これを使って自分の紋章をいったん他人に預けておいて、集結式によって今度は全ての力を授かろうという手順だ。
さゆりが言ってくれた。この灰色の空を青に染めるのは私だと。その為には力が必要だ。
白の紋章だけでは足りない―――――全ての紋章の力。
――――――――――――――――願いの力が。




