第7話 打ち克つ
【東雲のターン】
雨宮と分かれた東雲は、次の防犯カメラに備えて拳銃の使い方を確認していた。同時に、自分が警察や警備員に遭遇した時のために殺害方法を考える。
(体内に使うことが可能ってんなら、人間の体内の水分を急上昇させて破裂させたりできんのかも……でも俺は体内について詳しく知らないからイメージがつかない。ここは単純に溺死させるべきか)
などと考えていると、道の先から足音が聞こえてきた。慌てて拳銃を後ろポケットに隠す。別に隠す必要がないことは東雲も理解していたが、“悪いことをしている”、“持っていてはいけないものを持っている”という意識から脊髄反射的に手が動いてしまったのだ。鼓動が大きく脈を打つ。
(俺、震えてる……急に一人になって、今頃恐怖を感じてる……)
力を使ってしまえば自分に勝る人間などいないとわかっていても、人間の本質的な面は変わらないでいた。
足音が徐々に徐々に大きさを上げていく。それに比例するように、東雲の脈のスピードも上がっていく。
「見つけたぞ!!」
(ひぃぃぃぃっ!!!!)
東雲は自分の足のスピードには自信があった。長年運動部を続けているということもあり、体力・運動能力共に優れている自覚があった。けれど、そんなものはステータスにしか過ぎないと悟る。逃げてはいけないという雨宮たちとのルールに従っているわけでなく、本能的に逃げたくても逃げられなかった。ただ呆然とその場に立ち尽くした。
「薄暗くてよく見えないが、それはトランシーバーかな?」
目の前に立ちふさがった一人の警官が東雲を睨みつける。
「あ、あ……」
肯定も否定も出来ない。口が思うように動かない。
(捕まる――捕まる――捕まる――捕まる――――!!)
「どうやら一人の犯行ではないようだね」
(早く殺さなきゃ! ――じゃなきゃ俺は捕まる! 作戦は失敗に終わる! でも――)
(俺に人殺しなんて出来ない!!!!!)
気付いたら走り出していた。来た道を戻るように、警官に背を向けてひたすらに走っていた。
「はあ、はあッ……」
ああ、無駄なのに。直接手を下したことがないだけで、本当はもう既に、たくさんの命を奪っているのに。なんて弱虫なんだ、俺は。
――本当に弱虫だよな。復讐なんて言って、本当はただもう一度、俺を見てほしかっただけなのに。自分の命が掛かっているというこんな状況の中でもあいつのことを考えているなんて、よっぽど未練たらたらなんだな。
あいつが俺のことを好きじゃないというのなら。復讐として、無理やり俺に振り向いてもらうのが良かったかもしれない。涙目で許してと訴えるあいつを、力ずくで俺のものにすればいいのに。
俺はあいつが――――――――――
パァンッ!!!
「……!!」
その音で、一瞬で現実に引き戻された。走っていた足が止まる。進む先にある壁に、焼け跡のような穴が空いていた。
(そっか。さっきの警官に追われていたんだ。これは、威嚇射撃……だよな? あれ? でも威嚇射撃って普通、上に向けて撃つものじゃ――)
「君の後ろのポケットに入っている拳銃、それは警察のものだろう。どこで手に入れた? 窃盗? それとも他の警官を殺した?」
「……………」
「無言は肯定と受け取るが?」
「ち……違う。俺はやってない。信じてくれ――」
そんなありきたりな台詞を口にする自分が腹立たしく思えた。
「本当にやってないんだ。第一、拳銃を持った警察をどうやって殺すんだよ!?」
「本当に、どうやって殺すんだろうなぁ……」
警官は興味深そうに東雲の全身を睨め回した。その貫禄のある立ち振る舞いから、こいつは警察のプロだ、と確信する。
(……ヤバい。俺でもわかる。この警官、相当厄介な奴だ……早く、殺さないと)
しかし足はガクガクと震えていて、意識を集中することも出来ない。――力を使えない。
「私に教えてくれたまえ。どうやって、四ツ井と大重を殺したのか」
その時だった。
「こーやって殺すんだよッ!!!!」
「!?」
突然背後から男の声がした。目の前の警官は何かに慌てふためいたように、キョロキョロと辺りを見回している。
「ここだよジーサン!!」
男の声は東雲の横をすり抜けて、姿を現した。黒く尖った髪、緑色のジャンパー、そして自分より身長が高い。一瞬で年上だとわかる。その男は終始キョロキョロしている警官に思い切り殴りかかった。ボコンッ!! というなんともスカッとする音ともに警官はその場に倒れ込む。
「ふぅー、スッキリした!」
「……」
東雲は、ただぽかーんとしていた。
「……ここは、どこなんだ……」
倒れた警官は、絞り出すような声でそんなことを呟いた。
(どこって……如月美術館だろ)
東雲は冷静に頭の中で突っ込んだ。
(なにこれ。なんかいきなり変な男があのじいさん殴ったんだけど。殺すとか言ってたわりに死んでないけど)
「おい、お前!」
「はい!」
「うん、いい返事」
「……?」
突然その男に呼ばれた東雲は反射的に返事をしてしまった。部活で点呼を取るときにように。
「わりぃけど、倒れたジーサンをフルボッコする趣味とかねぇから。おメエで適当にカタ付けといて、よろしく。んじゃ」
(――――は?)
男はそう言うと来た道を戻っていってしまった。
「晩飯晩飯~」
(……暢気な奴だな。それにしたって)
目の前の警官はなんとか立ち上がったようで、拳銃を持って肩をすくめている。
(様子が変だ。さっきまでの威勢がない。まるで――)
何も見えていないかのように。
(何が起きてんのか知らないけど、チャンス……なんだよな?)
突然の謎の男の登場によって、東雲の緊張感はほぐれていた。
(今ならちゃんと出来る。イメージするんだ。この警官の喉に、水が溢れる姿を……)
「ぉぶッ!! ぶ、ぶ、るぅ、ぁあ――――」
東雲が想像していたより、彼の断末魔は小さく儚かった。心臓麻痺で苦しんでいた警官は結構大きな唸りを上げていたが、彼は溺死のためか叫ぶことすら叶わなかった。
(人を……殺した。この手で)
「…………」
東雲は一言も発さなかった。ただただ、悲しげな表情で自分が殺した警官を見つめて、自分の犯した罪を噛み締めていた。
(報告して、拳銃奪わないと)
「こちら東雲。一階、警官一人を制圧……」
そう言い終えると、ザ、ザーという音のあとに『了解』という雨宮の素っ気ない声が返ってきた。
警官の警察手帳を見ると、どうやら浜島毅という警視長らしい。道理で貫禄があるわけだ。浜島が握っていた拳銃の弾数は残り四発。これで合計九発だ。
そして、幸いなことに浜島の頭上にはスプリンクラーが設置されていた。これで溺死の説明がつく。
(そういえば、さっきの男のこと、あとで二人に伝えなきゃな)
今はそんなことをしている場合ではないと割り切り、次の防犯カメラへと歩みを進めた。
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