第6話 無情
【雨宮・東雲のターン】
ザ、ザー……再びトランシーバーが電波を受信した。
「こちら榊原。一階、警備員一人を制圧」
(どうやら順調のようね。でも――順番がおかしい。なぜ拳銃を持っていないはずの榊原が、先に防犯カメラを破壊できたのかしら)
雨宮と東雲はまだ誰にも遭遇していない。次の分かれ道にたどり着く前の段階で、未だ単独行動に移れずにいる。雨宮は受信を終えたトランシーバーの送信ボタンを押し、「了解」と一言だけ伝えた。
こうして二度目の報告を受けたあと、東雲が訝しげな声で尋ねた。
「なぁ……もう、このまま警察が来るの待っても拉致が明かねぇって。さっさと力使ってカメラぶっ壊して先に進もうぜ?」
「そういうわけにもいかないわよ。あくまで防犯カメラを壊すのは人間なんだから」
「でもよぉ……」
(東雲の言いたいことはわかる。別に力を使ったところで犯人が私たちだと特定される恐れはない。けれど、それをしてしまったら……人間は、力の存在を認めてしまう可能性がある――――)
前回の笹倉マンション全焼事件で生まれた謎は、「なぜスライドラフトが焼け焦げていたのか?」「なぜ非常口は開けられていなかったのか?」だ。これならまだ、自然の謎として受け入れられるだろう。それに、人為的なものだとしても誰も細工しているところを目撃していない。しかし防犯カメラの場合はそうじゃない。
「まず、東雲が力を使ってカメラを壊した場合。この施設にはスプリンクラーがあるけれど、それは火災が発生した場合に起動する。そうなると、時間に誤差が発生するのはもちろんのこと、故障の原因が水だとわかった場合、誰も近づいていないのに水が撒かれたという事実が判明し、自然現象としては片付けられなくなる」
「なるほどね。じゃあ、お前の力を使った場合も同じ理由ってことか?」
「そういうこと。焼け焦げるから火災が原因かもしれないと思われるけど、モニタールームで映像が落ちた時間を調べれば誤差が生じる」
「ふぅん……」
東雲は理解しているのかいないのか曖昧だが、雨宮自身、結果的に勝手な行動さえ起こされなければ構わないといった感じだ。
「モニタールームを制圧するまでの辛抱よ」
「わかりましたー」
(恐らく、さっきの銃声で警察が応援を呼んだ。だとすると、裏口からも入ってくるかも……)
その読みは当たった。
「そこを動くな! 我々は警察だ!」
背後からバタバタと足音が近づき、二人の警官が姿を現した。拳銃を構えていたが、雨宮たちが何も武器を持っていないことを確認すると、拳銃を下ろし距離を置いて話しかけた。
「そこで何をしている? 見たところ未成年みたいだけど。大人しく話してくれたら悪いようにはしない」
「そう……。じゃあ、大人しく貴方たちを殺すわ」
「!? ……っぐ……ッあ、あがぁぁ!!」
突如、警官の一人が胸を抱えてしゃがみこみ、苦しみ始めた。その警官の後ろに立っていた警官が慌てて駆け寄った。
「おい、どうした、しっかりしろ!!」
「ぁ、ぐ――――」
「大重……?」
苦しんでいた警官は動きを止めた。それを見た雨宮は、
「……心臓麻痺」
と一言だけ、無表情に、冷酷に告げた。
(こいつ――まさか力を体内に?)
東雲は今の一瞬で起きた出来事を把握しようと、なんとか平静を保った。同僚の死を確信し取り乱しそうになったもう一人の警官もまた、平静を保とうとした。
「――大重は、そんな持病は持ってない。何をした?」
手にしていた拳銃を雨宮に向けて、睨みつけながら問い詰める。
「…………。……何も、してないわ。ただちょっと、イメージしただけ。こんな感じに――――」
力のことを悟られる恐怖を感じて唾を飲んだ雨宮は、目の前の警官を早めに殺そう、と決意した。
(実際に体内を見たことがなくても、構造を把握さえしていれば体内だけに力を直接使うことも可能――)
「うッ……!?!?」
先ほどの警官と同様に、胸を抱えてしゃがみこむ。そんな彼に雨宮はぽそっと一言メッセージを伝えた。
「ご冥福をお祈りします」
「ぉ、い、何、を――――」
ぱたん、と警官の体が床に倒れる。彼は何が起きたのか理解できないまま、無惨に死を迎えた。
「東雲、連絡」
「お、おう――こちら東雲・雨宮。一階、警官二人を制圧」
目の前の出来事にすっかり目を奪われていた東雲は慌ててトランシーバーの送信ボタンを押して報告すると、トランシーバーのスピーカーから「了解」と榊原の声が返ってきた。東雲が報告をしている間に雨宮は警官の持ち物を物色する。
(拳銃が二つと、警察手帳が二つ。当たり前か……。大重稔と四ツ井武蔵、という名前のようね)
「ようやく進めるようになったわね。行きましょう」
ほい、と雨宮は盗んだ拳銃の一つを東雲に手渡し、警察手帳を腰に巻いていたポーチに仕舞って、残った拳銃を胸の前で構えた。
「拳銃の弾数は五発。彼らの持ち物に予備はなかったわ。警察の数もまだ多くないはず。慎重に使って」
「わかってる」
「そう。じゃあまずは一つ目のカメラを破壊しましょう。私がやるわ」
「任せた」
一つ目の防犯カメラは、角を曲がって5メートル程先にあり、通路全体を見渡せるように通路の角に設置されている。死角はたったの15度弱。曲がり角から顔の半分と片方の腕を映像に映さない範囲に出せる程度だ。
雨宮は右手に拳銃を握り、慎重に右腕を壁伝いに通路に出した。続いて慎重に右目が少し隠れる程度に顔を出した。
(カメラの少し下を狙って……引き金を引いた反動でカメラに直撃させる)
額に汗をかき、手に汗を握る。
(一瞬の気の緩みが命取り。慎重に、慎重に……)
緊張して息継ぎをしていないことに気づくことはなかった。東雲は背後の心配をしていて雨宮の方は向いていない。
―――――右手が震える。
ただでさえ日常的に拳銃を使う機会などないのに、いきなり片手で小さな的を射ろなど無茶ぶりもいいところだ。
(それでも……!!!)
パァン! ……ガシャン、カラカラ…………。
(当たった………!!!)
「す、すげぇ」
これには東雲も目を丸くして、ただ驚愕していた。
「ふぅ……すー、はー」
雨宮は安堵の溜息を吐いて胸を撫で下ろし、ようやく息継ぎを思い出して呼吸を整える。
「東雲、連絡……」
壁にもたれかかりながら肩を上下させて東雲に報告するよう催促した。
「こちら東雲・雨宮。一階、最初の防犯カメラの破壊に成功」
『了解』とだけ返事が返ってくる。
―――少し歩くと、分かれ道に到着した。
「じゃーここで」
「健闘を祈るわ」
お互いそれぞれ、予め決められたルートに進んでいった。




