第5話 如月美術館
同日 午後六時五十分 如月美術館
美術館の敷地内の木陰に隠れている三人。当然のことながら、この時間、美術館は既に閉まっている。しかし防犯カメラは二十四時間監視・録画態勢にある。油断は出来ない。
今回一般市民を巻き込むことはなさそうだが、その分自分たちが見つかるかもしれないというリスクも十分にある。それを踏まえた上で、ミッションは開始された。
榊原の父親がサバイバルゲームで使っていたというトランシーバーを三人分拝借し、今回の作戦に役立てる。
「じゃあ、準備はいいわね」
雨宮の合図に、東雲と榊原は「おう」「OK」とそれぞれに頷いた。
「モニタールーム制圧のタイムリミットは午後七時二十分。今から三十分後ね」
「三十分もあれば余裕だね」
「そして、現場には恐らく警備員の他に警官が数人。館内で遭遇次第速やかに殺害すること」
「……了解」
東雲がぎこちなく頷く。
「じゃ、開けるわよ」
雨宮はそう言うと、木陰から見える美術館の裏口に意識を集中させた。
(イメージするんだ……。あの裏口を、電流で焦がす!!!)
そうすると、バチバチバチ…と裏口の扉が小さく悲鳴を上げて崩れていった。大きな音を上げずに、かつ威力を徐々に上げていき、数分も経たない間に焦がす。
「開いた。行くわよ」
雨宮の合図で三人は立ち上がり、“驚異的な身体能力”を駆使して音も立てずに扉の奥へと瞬間移動を果たした。
「確か、裏口からの経路には防犯カメラは少ないんだったよね」
「ええ。それでも地下のモニタールームまでは距離がある。予期せぬ事態に対応できるよう、各自手筈通りのルートにつきましょう」
「了解」
しばらく進んだところで分かれ道が出現し、そこで榊原は雨宮たちと別の方向に進んでいった。
【榊原のターン】
(さて……まずはここを曲がった4メートル先に1台の防犯カメラ、だったかな。その前に、警察に遭遇するかして拳銃を手に入れないと……)
そうしていろいろ考えながら前後を警戒していると、
「ちょい、ちょいそこの君」
突然、自分の背後から呼び止められた。
「誰だッ!?!?」
思わず声を上げて振り返る。そして思い切り睨みつけて身構えた。相手の姿は暗くてはっきりとは分からないが、警官の制服を着ていない男だということははっきりと分かった。
(私服警官? ――にしては幼いような。どちらかというとボクと同じ高校生ぐらい。っていうか……どうやって背後を取った!? ボクは前後を警戒していた。気配を消せるわけがない!)
「あー、こほん。えっと、多分怪しい者です。君と同じね。そんなに警戒しないで、君に協力しようとしてるだけだから」
(協力……? ボクたちの計画を知っているのか?)
「本当はもっとでしゃばろうと思ってたんだけど、君たち案外デキる奴らみたいだからね。今回は協力するだけだよ」
“君たち”と言った。恐らく、この人は自分以外にも共犯がいることを知っている。榊原は頭の中でそうは理解したものの、決して油断できる相手ではないと判断し、体制を緩めたりすることはなかった。
「はい、これ。よかったら使ってね」
そう言って無理やり榊原の手に押し付けられたものは、一丁の拳銃だった。
「使い方わかる? 流石にわかるよね。あとは頑張って。それじゃ」
「え、ちょっと待っ……」
榊原が待ってと言いかける前に、男は姿を消した。読んで字の如く、姿を消したのだ。
(まさか、ボクらと同じ紋章を持つ者……?)
あれやこれやと可能性を考えたが、決して正確性はないので、それを今の雨宮たちに伝えることは避けた。
念のために手渡された拳銃を調べる。
(トカレフ……。おおよそ非合法で手に入れた拳銃だろう。中身は、全弾詰まっている。さっきの人は使ってないのか……そりゃあ、そうだよね。近くで銃声なんてしたら気付かないはずがない)
榊原は手慣れた手つきでスライドを引いて弾薬を装填した。そして、曲がり角の4メートル向こうに位置する防犯カメラを、死角から撃ち抜いた。バキュンッ! という大きくも空しい響きのあとに、防犯カメラが砕け散って床に落ちる音がした。
(きっとこの音を聞いた警官はすぐに駆け付ける。その前に連絡しないと)
榊原はトランシーバーの送信ボタンを押して要件を告げた。
「こちら榊原。一階、一つ目の防犯カメラの破壊に成功」
接続を切ると、トランシーバーがザ、ザーという音を鳴らして、スピーカーから「了解」というなんとも味気のない雨宮の声が聴こえてきた。
(さて、と……今度は制圧しないとね)
銃声を聞きつけた人間の足音が近づく。
「おい!そこで何をしている!」
どうやら駆けつけたのは警備員だけのようだ。警備員は拳銃を持った少年――榊原を懐中電灯で照らした。
(応援を呼ばれる前に片を付けよう)
「何者だ!」
警備員の声は榊原には届いていない。榊原は既に意識を集中させていた。
(イメージするんだ。この警備員を――――燃やす!!!!)
「うわっ!? な、なんだこれはぁぁぁ!!!」
突如、警備員の体を炎が包む。――一瞬の出来事だった。
「おいっ! どうなっている……!!!」
炎はなおも警備員を燃やし続ける。慌てて判断力が鈍っている警備員は応援を呼ぶこともなくその場で焼け焦げていった……。布が焦げた臭いと皮膚が焼けた臭いが混ざり合った強烈な異臭が榊原の鼻をつく。
「うぁぁぁぁああああああああああああああああああ」
断末魔の叫びが館内にこだまする。それを見て榊原は一言呟いた。
「…………ごめん」




