第4話 ダーザイン
「で、行くの? 行かないの?」
時刻は夜の十時近く。狭い路地裏で二人の男が屯していた。
「そう言われたってよォ……スゥ、ふぅ……」
片桐は納得のいかない顔でその場にしゃがみ込み、タバコを吸った。
「まぁたタバコかい? 君、未成年でしょ?」
「あっ……オイコラ!」
月詠は片桐の背後に回り、人を小馬鹿にするような態度で片桐のジーパンの後ろポケットからタバコの箱をひったくった。
「これは没収ね。誰から盗んだものか知らないけど、僕、受動喫煙にはうるさくてね」
「チッ……金髪に染めた奴がよく言うぜ……」
「これはカツラだよー。もっとシャレた言い方をするとウィッグかな? 一応ちゃんとした公立高校に通ってる身なんで。染めるなんてとんでもない」
「もっとマシな嘘つきやがれ……」
「はははははっ。そーだね!」
肯定にも否定にもとれる言葉を、月詠は豪快に笑い飛ばしながら言い放った。
「でもさ」
「あぁン?」
「行く行かないとかの問題じゃなくて、行く他にない、が正解だと思うんだよね」
「はぁ?」
こいつの口調には毎回イラつかされる。片桐はそう思ったが、月詠の持つ力を知っているため、それを口にすることはなかった。
「今まで通りのやり方じゃきっと捕まっちゃうよ。よっぽどの策士でもいない限りね。だからこそ、新キャラの出番だと思うんだけどなー」
ふぅー、と大げさに溜息をつく月詠は、やっぱりどこか胡散臭い。
「君と僕、性格は全然違うけど、力の種類は似た者同士じゃん。せっかくコンビ組んだのにこのまま不良ごっこばかり続けるのもさすがに気が引けちゃうかなー」
不良ごっこ、という言葉に片桐がカチンと来る。
「だったら、見せてやろうじゃねェかよ。本物の不良を!!」
「……ははっ」
待ってました、と言わんばかりの口ぶりで笑う月詠。まるで最初から片桐がどう返事するかわかっていたかのようだ。
「じゃあ、決まりだね。今週の”如月美術館全焼事件”には、僕らも加勢するよ」
◆◆◆
誰もいない。
自分が何かしなければ、この家で物音が立つことはない。
「……」
あまり余分な電力を使うのは避けよう、という思いで夕飯時以外にリビングの電気をつけることもなくなったし、携帯電話以外でのネット回線の使用も少なくなった。テレビなんて、未だに毎日届く朝刊を頼りにニュース番組をチェックするぐらい。自分一人には大きすぎるリビングで唯一することと言えば、紋章の力の実験か、一人作戦会議や読書のみ。
こうして自室にこもって何かをすることも少なくなった。最近自室ですることといえば、日記をつけることぐらいだろうか。日記なんて普段つけていなかったし、書き方も忘れてしまっていたせいか、一度書き始めると二時間ほど日記と格闘することはザラじゃない。そうして出来た文章は推敲に推敲を重ね、みっちりと一日の事柄を小説テイストでまとめたものだった。これではまるで誰かに読んでほしいみたいじゃないか。そうじゃなくていいだろう、どうせ自分が読み返してその時見た映像を思い出すだけなのだから。これはある種の癖なのかもしれない。
「……」
そんな私がなぜ日記を書き始めたかというと、第一の全焼事件がきっかけとなったから。わかりやすく説明するのなら、紋章の力についていつか忘れてしまっても思い出せるように。そして紋章の力についてよく知るために。……といった具合だろうか。
ふと、一冊の茶色のノートが目に留まる。ノートの表紙には手書きで「Original Lylics」と書かれている。これは私が中学のときから書いている自作の歌詞集だ。
恥ずかしくて他人に見せびらかしたことはないが、東雲はこれを見て驚いていた。彼が驚いていたのは自作の歌詞だけに対してではなく、その歌詞の書かれたページの隣のページにその詞のメロディー譜が書かれていたことも含まれている。私は珍種の人間だったのだろう。気づけば私は歌いだしていた。
♪
不条理から目を逸らし 立ち尽くすだけの人生に
違和感を覚えて口にすること 何も間違ってなんかない
非力で、無力な、君だけれど
僕にはわかるよ 真っ直ぐな心を持っているってこと
いま走り出す たった二人で
弱さや痛み もう忘れてさ
何を変える? 明日を変える! 僕らはここにいる
ずっと何度だって 足掻いてやる 空を青に染めるため
真実か嘘か全部 確かめてみせるよ
♪
それは、いつかの夕暮れの教室で口ずさんだ歌。
私は、間違ってなんかいない……。
私はあの頃から、何一つ変わっていない。
◆◆◆
二月十日(水) 午後四時 警視庁内連続全焼事件捜査部
「では、各班の配置について最終確認をします」
朽木はホワイトボードの前で、左手に灰色のクリップボードを持ってそこに留められたA4用紙の文字列を読み上げた。
「A班、足立空港、門田、樋宮…。呼ばれた方はその場で起立してください」
言い終えると同時に、呼ばれた2人は立ち上がった。
「B班、愛染ホール、宇崎、海蔵寺。C班、国立図書館、四ツ井、大重。D班、境谷博物館、能山、鈴浦。E班、国立大学病院、敷井、河野谷。F班、三日月鉄道博物館、仲眞、飯坂。G班、如月美術館、滝、大前…」
呼ばれた人間は次々と立ち上がった。
「……そして、私と浜島警視長はI班、国会議事堂です。各自定時までに配置につくこと。――以上、解散」
朽木が解散の合図を出すと、会議室内にいた警察官たちは身支度を整えるために部屋を出て行った。会議を終えた朽木はもう一度クリップボードと睨めっこした。
正直、今回は予防線にしか過ぎない。必ず事件が発生するとは限らないし、どこで発生するかもわからない。
これは賭けだ。事件がどこで起きるか。
今までの事件発生現場は、どちらも一般市民が大勢いる場所だった。だから自分でも頭では理解していた。都内の代表的な施設を守ってもあまり意味がないことを。ただ、場所が予想できないのでは致し方ない。
そして、俺は今日起きるかもしれない事件を、止めることは出来ないと推測している。なぜなら――相手がどんな手を使って事件を起こすのか、解明できていないから。だがそれもいつかは必ず明らかになる。
今日、三回目の全焼事件が起きれば、事件が発生する現場の法則性を導き出せる確率が大幅に高まるからだ。それはやがて犯人の捕獲に繋がり、尋問を行える時間が刻一刻と迫っているということ。
七光などとは呼ばせない。俺が、連続全焼事件捜査部の部長として、必ず犯人を捕まえる。
◆◆◆




