第3話 作戦会議
二月八日(月) 午後八時十分 東三日月公園
「で、次の襲撃の作戦会議だけど――」
相変わらずお決まりの三人で雨宮と榊原の通う都立三日月高校近隣の東三日月公園に集まった。隣り合う二つのベンチに、雨宮、俺&榊原で座って話し合いをすることに。
「次は、少々手こずるかもしれないわ」
雨宮の口から「手こずる」なんて言葉が出てくるとは。
「そうだね……そろそろ警察も本格的に動いてるんじゃないかな」
榊原が雨宮の発言に加味する。それに対して俺は思ったままに質問をした。
「警察は今までの事件現場の捜査するだけだろ? なんで手こずるんだよ。まさか俺たちのことがバレてるとか言わないよな……」
「その心配はないよ。多分、先輩が言いたいのは……」
「事件の規則性に気付いた人間が次の事件を予見する可能性があるということ」
ああ、なるほど……。俺、また置いてきぼりだな。毎度毎度、雨宮と榊原の頭の回転の良さには度肝を抜いてしまう。「そうなると、どうなるんだ?」という質問を俺がする前に、雨宮は説明を続けた。
「恐らく、次の現場には警察が張り込んでいるでしょうね」
「それは、まずいな」
「でも、ボクたちは紋章離脱式という目的を持って、その条件に基づいて襲撃してる。今更現場を変更なんてことは出来ないよ」
「じゃあ、どうするつもり? 警察に犯行を目撃されたら元も子もねぇじゃん」
うーん……と、雨宮はロダンの考える人のポーズをとりながら唸っていた。――ちょっと、滑稽なんだけど。
しばらくの沈黙のあと、雨宮は「そうね……」と言葉を出しかけた。
「そろそろ武器が必要ね」
はい? おいおい、この人今なんて言った? 武器って言ったか?いやいや、どこのミリタリー小説にするつもりだよ。それともサバイバルゲームでも始めるのか? いやはや元々ファンタジーな話だから、それでもいいのか。
いやダメだろ。
ここはどこだと思ってる? 日本だ。 アメリカみたいに一般市民が護身用に拳銃を持っていい制度もないし、ましてや徴兵令が出たわけでもない。そもそも雨宮は女だ。
一応念のため、
「へ?」
とだけリアクションを返しておいた。
「先輩はエアガンでも使うつもりなの?」
榊原も俺と似たようなことを考えたのか考えていないのか、茶化す表現をした。それに対し雨宮はフフッと一笑して自らの思惑を告げる。
「まさか。相手は実弾装備なのに。まぁ、端的に言うとね、他の人間に紋章の力のことを知られるわけにはいかないし、一人につき一つの属性の力を持っているから、少々不利なのよ。単独行動をするには」
「た、単独行動!?」
思わず声を上げてしまう。
「東雲先輩、もしかして一人だと不安とか?」
「そそそそういうわけじゃねぇよ? それより皆のほうが不安っていうか……」
「で、その武器の調達方法なんだけど」
俺の言い訳はあっけなくスルーされてしまった。こいつら酷いな。
「犯行当日、現場にいる警察官を殺して拳銃を奪おうと思う」
「「………」」
警察官を殺して、なんて言葉を無表情に言い放たれてしまい、俺と榊原は思わず固唾を飲んだ。
「一応言っておくけど、警察官を殺害する術はもちろん紋章の力頼り。拳銃の使い道は人殺しではなく、犯行現場の防犯カメラの破壊。力を使っているところを防犯カメラに捉えられてしまったら終わりも同然だからね」
「……えっとつまり、警察に会ったらその場で殺せ、……ってことでいいのかな?」
「そうよ」
「……」
これには榊原もたじたじであった。“女は愛嬌”なんて嘘っぱちで、俗に言う“女は度胸”、という言葉のほうが真実味を帯びていた。
「これを見て」
雨宮が学生鞄から一枚の紙を取り出すと、榊原が腕を伸ばしてそれを受け取った。
「これ……!」
紙を見るなり榊原は感嘆の声を上げた。
「何、それ? ……え、マジかよ」
俺も気になってその紙を見たが、これにはただ、雨宮の偉大さ? 否、凶悪さを思い知らされるのみだった。
「次の犯行現場となる如月美術館のマップよ。施設内を監視するモニタールームや非常通路を含め、最も重要となる防犯カメラの位置、方向、範囲。そして見回りの巡回経路を表した図ね。
今までの経験から、紋章の力を発動することが可能な範囲は半径10メートル以内。だけど、警察が入口はもちろんのこと、施設内まで警備しているとなれば今までのように外側から攻めるのではなく、内側から攻める必要がある。
そこで、今回はこのマップリングを参考にして、防犯カメラの死角となる位置に待機し、警察官がそこに来たら力を使って殺害する。その後、奪い取った拳銃を使ってカメラの死角からカメラを破壊していく。死角のないカメラ――つまりカメラが映っているカメラもあるから、順番に十分気をつけること。
そしてこの作戦は三人同時に遂行するとモニタールームに気づかれてしまう。それぞれが単独で行動し、より早くモニタールームに侵入して室内の人間を殺害すること。これは、今までの “大きな炎に包まれる”、“炎が一瞬にして消える”、“圧倒的に死者が多い”という法則を生み出すための糧に過ぎない。
そして完全に人間の犯行だと世間に知らせるためにも必要なこと。普通、不思議な力を持っているのであれば武器なんか使わなくてもいいと思うからね」
雨宮を敵に回すことに生命の危機を感じた。
「いやいやいやいや説明長すぎるから!! 覚えられねぇから!! ていうか全然頭に入らないんですけど!! ……っていう東雲のためにも内容を事細かに説明した文章をメールで送っておいたから」
「ああ、そう……」
勝手に人の心読むなよ!
「正直、ボクもそんな一気には覚えられないよ……。昨日という有限の日曜日を使ってここまで調査してくれた先輩に敬意の意も含めて、このマップと照らし合わせた詳細な説明を頼めますかね?」
「もちろんそのつもりよ」
ここまで来るといよいよ「ただの一つ上の先輩」という認識も薄れてきたのか、榊原は謙って頼みごとをしていた。雨宮はにやっとした笑顔で返す。
――こいつ、その気になれば一人で完全犯罪起こせそうだな。
やっぱり、あの頃の雨宮とは違うんだな。それともただ隠していただけだろうか。
過去の記憶が蘇る。思い出すことが厭というわけではない。ただ、あまり距離感を感じたくないだけ――――
『蓮のこと、愛してるから―――』
その言葉を耳にすることは、もう、無い。きっと誰に言われたところでその言葉を俺は信用しないだろう。それは俺が簡単に口にしていた言葉でもあったし、俺がその言葉で裏切られたこともあったから。
『――なんて、私が言うと思った?』
憎い。
雨宮紅愛が、とてつもなく憎い。この事実は変わらない。
そう思うのは、俺が過去に固執しているからだろうか。
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