第2話 朽木昴
それぞれの帰宅のためにファストフード店をあとにした。
「七時か……」
腕時計を確認すると、あと二、三分程度で七時になるところだった。真冬なので外は真っ暗、吐いた息がさーっと白くなる。
「んじゃ解散としますか」
私の一声により、三人はそれぞれの方向に散った。――はずなんだが。
「お前も地下鉄かよ」
「お前こそ」
どうやら東雲と同じ駅に向かっているようだ。
「俺はコンビニでも寄ろうかなーなんて」
「早く帰って勉強したらどうなの」
「……ちっ。そういうお前はテストいいわけ?」
「昔と変わらず常に上位をキープしてる。事件の日もそうでない日もちゃんとテスト勉強してた。お前は一日学校をずる休みしただけだけど、私は忌引で一週間もラグがある」
「へっ!落ちるといいな、順位」
「自宅学習は怠ってないわ。残念ながらお前の望むような未来は来なさそうね。それよりも自分のテストを心配しなさいよ」
「……このガリ勉が」
お互い、少し距離をおいた状態を保って並行に歩道を歩いている。東雲が歩幅を合わせているのかいないのか、どちらかが遅れたりということはなかった。
「そういえば東雲はどこに通ってるの?」
「海島」
「あー、バスケが強いところよね。やっぱり部活は続けてるんだ」
「一応ね」
こいつの父親は今も健在ということか。などと考えていると今度は珍しく東雲の方から話を振ってきた。
「お前はあれだよな、無駄に偏差値の高いとこ」
「流石に都内トップではないけどね。確か都内三位じゃなかったかしら」
「へー。てか、榊原も同じだったっけ……」
はぁ、俺はどうせ頭悪いですよーとでも言いたそうなオーラを放つ東雲。頭の良し悪しと成績の良し悪しは別のものだと私は思っているけれど。
そんな雑談を交わしながら駅に辿り着き、そこで解散した。
◆◆◆
「この度、連続全焼事件捜査部部長に任命されました朽木昴です。謎の多い事件ですが、共に解決を急ぎましょう。よろしくお願いします」
警視庁内第三会議室のホワイトボードの前で、朽木昴と名乗る二十代後半ぐらいの男は丁寧にお辞儀をした。会議室内に拍手の音が響き渡る。
朽木が自己紹介を終えると、次に副部長が立ち上がって自己紹介を行った。自己紹介が順番に行われ、いよいよ事件の捜査会議――本題に取り掛かる。
「まず、一つ目の事件の概要をお願いします。――門田」
「はい」
朽木に呼ばれた門田という三十代前半ぐらいの男は立ち上がり、レポートを読み上げた。
「一月二十五日月曜日の一九二五、大型ショッピングセンターイデア(以後イデア)が全焼。近隣の住民の証言によると、同時刻に急に大きな炎が上がり、イデアを飲み込んでいたという。
当時の捜査官の証言によると、焼け跡から調べた結果、爆発物等の痕跡は見られず、現在に至るまで発火の原因は解明されていない。現場に居合わせた警察によれば爆発は一切起きなかったとのこと。
また、消防団が消火活動を施しても一向に火が消える様子はなかったが、一九四〇頃に突如として炎が消滅した。
以上の事件を“イデア全焼事件”と呼称。このイデア全焼事件による死者は271人、負傷者は28人発見された。――以上です」
「ありがとうございます。では、二つ目の事件の概要をお願いします。――雪峰」
朽木がそう言うと門田は無音で着席し、代わりに雪峰と呼ばれた二十代前半ぐらいの男が立ち上がった。
「二月二日火曜日の一九三〇、笹倉マンションが全焼。近隣の住民の証言によると、同時刻に急に大きな炎が上がり、笹倉マンションを飲み込んでいたという。
当時の捜査官の証言によると、焼け跡から調べた結果、爆発物等の痕跡は見られず、現在に至るまで発火の原因は解明されていない。
また、消防団の消火活動によって火が消える様子はなく、二〇二〇頃に突如として炎が消滅した。そしてさらにいくつか奇妙な点が上がり、一つは防災倉庫内のスライドラフトが全て焼け焦げていたとのこと。しかし防災倉庫自体に大きな損傷は見られず、倉庫の鍵も長らく開錠された形跡はなかった。もう一つは、非常口前に焼け焦げた男性の遺体が発見されたこと。設立当時、非常口のドアノブには悪戯防止の非常カバーが取り付けられており、非常カバーが壊された形跡があったが扉が開かれた形跡はなかった。
なお、今回の事件が発生するまで非常口を使用するような事件は起きておらず事件当時まで非常カバーは壊されていないと推測できる。住人の通報によって駆け付けた警察官らはこれを人為的事件と判断し容疑者の目撃情報を漁ったが、事件当時犯行が可能な容疑者は特定されなかった。
以上の事件を“笹倉マンション全焼事件”と呼称。この笹倉マンション全焼事件による死者は68人、負傷者は3人発見された。――以上です」
「……。ありがとうございます」
朽木は考え事をしながら「座ってよい」と合図すると、雪峰が席につき、会議室内が静寂に包まれる。朽木は考え事を整理して、次に自分が発するべき発言をした。
「先ほど門田と雪峰が述べた二つの事件にはいくつかの共通点があり、この二つを関連した人為的事件と判断して、我々“連続全焼事件捜査部”が捜査にあたることになりました」
そこまで述べたところで、一人の男が挙手をした。
「それについて質問があるのですがお時間よろしいでしょうか」
「――敷井、発言を許可します」
敷井と呼ばれた四十代前半ぐらいの男はその場で質問を述べた。
「えーと、この二つの事件の共通点として挙げられるのは、“突然上がった炎により建物が全焼すること”と“消防団が消せなかった炎が一瞬にして消えること”と“圧倒的に死者の数が多いこと”です。
ですがこのような事件は前例がなく、科学捜査官や専門家すら事件を解明することが未だ出来ていません。部長が前述した通り謎の多い事件です。そこで、具体的に我々がどのような捜査を行うのか、ぜひとも聞かせていただきたいのですが」
「……」
敷井は朽木に対して挑発的態度であった。
――俺を試しているのか?
朽木昴の父親、朽木辰夫が警視監副総監ということもあり、朽木昴は周囲の人間から「コネ」や「七光」などと言われていることを知っていた。こうして捜査部の部長に任命された朽木を腕試ししようというのだろう。「それについては現在検討中です」などと曖昧な態度をとればきっと見下されるに違いない。そういった理由もあって、朽木は絶対に降りることは出来なかった。
「……科学捜査官や専門家の皆さんの意見も取り入れつつ、我々も独自に捜査を進めていくことになりますが、具体的にはクロを特定することを先決とします」
はあ? といった残念そうな顔が揃って朽木の方を見ている。
「事件の謎を解明しない限りこの事件の犯人は特定できないと思われますがそこについてはどうお考えのおつもりで?」
敷井が先陣を切って挑発する。それに対して朽木は、何の躊躇いもなく誰も予想出来ないことを口にした。
「次の全焼事件当日に、現行犯逮捕をしましょう」
室内がざわざわと騒がしくなる。
「次があるだァ?」「ふざけすぎている」「こんなものはギャンブルだ」といった非難の声が浴びせられる。だが朽木は更に言葉を続けていった。
「私の意見になりますが、この連続全焼事件はまだ始まったばかりだと思うのです。最初が月曜日、次が火曜日、そして事件発生時刻も酷似しています。まだ現場についての規則性は不明ですが、この事件発生日時には必ずといっていいほど規則性があります。そこで、我々は次に事件が起きると予想される来週の水曜日の午後七時に都内の事件発生候補地にランダムで張り込みを行います」
「そんなものは憶測に過ぎない!私は反対だ」
敷井が声を荒げた。
「……ッ!」
突然の怒声に朽木は驚いて鼓動を高鳴らせる。今までありとあらゆる罵声に耐え抜いた朽木だったが、怒られるという経験は少なかった。朽木は無言になる。
何か言わなければ! 何か――――
「私は朽木の意見に賛成です。今回は本当に謎の多い怪事件です。このくらい賭けてみないことには捜査は進展しないと思いますよ。警察の玄人として、まずはさまざまな可能性について検討する必要があると私は主張します」
朽木の意見を支えてくれたのは、定年間際の浜島警視長。その圧倒的な威圧感に敷井は怖気づき、周りの反対派の人間も反省の色を見せ始めた。
「では、次の事件の仮定のもとに捜査を行います」
浜島の後押しもあり、朽木は再び威勢のいい態度で会議を進めた。
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