第1話 予兆
「連続全焼事件ダァ……?ンなこたぁオレには関係ねーよ。それとも何かー?オレらの力で止めようぜって言いてぇの?」
時刻は午後の九時。
電灯もなく薄暗くて狭い路地裏で、不良青年の片桐コウジ(かたぎりこうじ)は壁にもたれかかりながら頭の後ろで腕を組み、溜息まじりにそんなことを言った。
「ははっ。それもいいかもしれないね。でも、僕たちがやることは事件を止めることじゃないよ」
片桐の仲間と思しき人物――金髪の胡散臭い少年、月詠爽太は片桐の向かいに腰を下ろした状態で明るく笑った。
「事件を止めることじゃないって、じゃあ何が言いてーんだよ。まさか突っ込むとか言わねぇよなァ?」
「そのまさかだったりして……」
「おいおい……いくらなんでもやんちゃの度が過ぎるんじゃね?」
「楽しそうじゃないの――――人殺し」
◆◆◆
二月六日(土) 午後六時三十分 ファストフード店
「えーっと雨宮さん?」
「はいなんでしょう東雲くん」
「次の水曜日は、テスト週間なんですけど」
何を言い出すかと思ったら、ごくごく平凡な男子高校生の戯言だった。
「それを言ったらボクたちもテスト週間なんだけど……?」
「う……」
間髪入れずに榊原が的確なツッコミをする。
「こ、これでいつもより点数が悪かったら、お前らのせいな!」
「またまた何を言い出すかと思ったら、勉強しない男子高校生の失礼極まりない言い訳だった」
「先輩モノローグ声に出してる……」
「あら失敬」
他愛もない会話を弾ませながら、私はむしゃむしゃとフライドポテトを貪り続けた。
「で、それがどうかしたの?」
仕方なく東雲の愚痴を聞くことにする。
「このところ色々あって帰りが遅かったり学校を無断欠席したから、テストがヤバい」
両手で頭を抱えて俯く東雲。
「勉強してないってこと?」
すかさず無表情で東雲の言葉を要約する榊原。
「ん、まぁ、そうなんだけど……」
反論出来ずに口を篭らせてしまった。
「流石に……もう遅いんじゃないかな?」
「ああ。このままでは前日勉強どころか当日勉強になっちまう……」
どんよりとしたオーラを撒き散らしながら東雲はブツブツ呟いた。そこで私はフライドポテトに伸ばす手をストップして東雲の心を突き刺すえげつない言葉を口にする。
「そう言ってあんたいつも当日勉強だったじゃない」
「ギク」
「俺は頭がいいから当日までノー勉で挑むとかなんとか言って遊んでたわよね」
「ギク」
「まーでも順位はそこまで悪くなかったしノー勉は口だけだったかもしれないけど」
「……」
「仲良しだったんだね……」
あはは、と苦笑いを浮かべる榊原。
「仲良しかどうかはともかく、一応少しは勉強しておいて、あとは当日に復習ってスタンスだった。今まではそれで赤点回避してきたけど今回はそうじゃない。マジのマジで何もしてない……」
「お疲れ様でした」
「このタイミングで見捨てんの!?」
ツッコミを入れる元気はあるみたいね。
「うーん、少し勉強してそこまで順位悪くないんなら、今からでも多少は間に合うんじゃない?もちろん、普段の授業を真面目に聞いてればの話だけど……」
「ははははは」
東雲が壊れたかのようにカタカタと笑い出した。微妙に気持ち悪いからやめてくれないか。
「東雲先輩さては授業中寝……」
「自分には、才能があるって信じてるんだぁ……」
「先輩っ!東雲先輩が遂に現実逃避に走り出しました!!」
「ほっときなさい」
「見える……俺には見えるんだ。直感するんだ。解答を――」
東雲先輩しっかりして!と榊原は東雲の肩を揺らすが、東雲はブツブツ呟いたまま当分戻ってきそうにない。
「大体それでどうしたいって言うのよ。話の筋からして今から猛勉強するだとか、勉強教えてくださいとかないのかしら」
「そうじゃん!先輩たち同じ学年なんだし、先輩に教えてもらえばいいよ!」
「それは嫌だ!」
東雲が突然バッと私の方を向き、瞳孔をこれでもかというほど見開いて告げた。
うわー、ハッキリ言いやがったよコイツ。
「自分から選択肢を消去するマネをよく出来るよね……」
榊原は少々引き気味である。
「……で、私はまだ教えてあげようとも言ってないけれどそうやって断られて幾分か私のモチベーションを下げておいて、結局のところどうするつもりなのかしらね。ほらー東雲くんってー素直じゃないから人にパシリ以外の頼み方とかできなさそうだしーぃ」
「後半誰だよ!」
またも榊原が的確なツッコミを入れてくれる。
「近くに勉強教えてって頼める人がいなさそうよね」
「うん……」
東雲はしょぼんとした顔で事実を認めた。
「東雲先輩って雨宮先輩に対してやたらと素直だよね……」
「認めたくないけど、見透かされてるから仕方ないんだ。認めたくないけど。認めたくないけど。」
認めたくないけど何回言うんだよ。
「あ、そう……」
「じゃ、勉強がんばってねー」
「先輩つめたっ!」
いや、もとからか? などと首を傾げる榊原。若干傷つくんだけど、ソレ。
けれど実際どうでもいいので再びフライドポテトを貪り始めた。ちなみに他の2人はもうとっくに食べ終わっていて、自分の席にはくしゃくしゃに丸められたハンバーガーの包み紙と紙コップが置かれている。私はそれを向かいで眺める形で座っていた。
「とりあえず試しに頼んでみればいいのに……」
「なんで俺が雨宮なんかに頼まなきゃいけないんだ。何されるかわからないのに」
なんか酷い言われようだな。
「何も悪いことしなければ先輩は何もしないよ! むしろ何をされるっていうんだよっ!」
「呪い殺される」
「呪っ、……!?」
は?
「一度、……一度だけあったんだよ。俺が丹精込めて作った渾身の藁人形ならぬ布人形に、雨宮の髪の毛を一本混ぜてだな、最大の不幸が訪れますように……って願掛けして五寸釘を刺したんだ。だけど何故か雨宮本人には全く効果がなくて、その後俺の身の周りに変化が起きて、頭上に鳥の糞は落ちてくるわ、テストで記入欄一個ずつずらすわ、自転車で思いっきり転ぶわで災難が続いて……。あれはきっと、俺が呪ったから呪い返されたんだ……あ、あ、あ、雨宮恐るべし!」
「東雲先輩が恐いよ!」
うん、榊原の言う通り、お前が恐いわ。
なんなんだ、呪い返されるって。お前がそんなことをしていたこと自体初耳なんだが。というかコイツ私のためにわざわざ私の髪の毛を拾って丹精込めて渾身の布人形作るって何者なんだ。
「なんか……パンドラの箱を開けちゃったみたいだね」
「私が一番びっくりだわ」
「あれ、中二の冬ぐらいの話なんだけど。お前自身俺の知らないところで不幸な目に遭ってたりはしなかったの?」
「覚えてないわよ」
「覚えてないってことはまぁ、最大の不幸なんてなかったんだろうねぇ……」
「ちっ」
こちらに聞こえるようにわざとらしく大きな舌打ちをした東雲は再び頭を抱えた。
「はぁ。昔話はともかく。テストが火曜日から金曜にかけてあるんだけど、この短期間で出来るいい勉強法はないですかねぇ?」
俯きながら上目遣いで私を見る東雲に対し、私は言葉を吐き捨てる。
「人事を尽くして天命を待て」
「…………はい」
どうやら一件落着のようだ。