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CREST~7つの紋章編~  作者: 館山理生
第2章 人為的事件
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第4話 罪の代償


     ◆◆◆


二月二日(火) 午後一時 都立三日月高等学校



 今日は久しぶりの登校日。


 今朝、教室に入ると「わっ」と声が上がったことを鮮明に覚えている。そして次々に「久しぶり!」「会いたかったよ~」といった言葉が聴こえてきた。私はクラスメイトにそこまで信頼されていたのかな。少し嬉しかった。今までの努力の賜物と言える。


 しかし、実を言うと学校に来ている時間が勿体無いと思っていた。笹倉マンション襲撃は今日の夜に迫っている。本当ならもっと万全に紋章の力の練習をしておかなければならないところだ。学校に来ていては、練習は出来ない。力が鈍ってしまう可能性も拭えない。せめてコントロールぐらいの練習はしておかないと――そうだ、学校で人気のないところが数箇所あったはずだ。そこに行けば誰にも見られず練習することが出来るだろう。


 お手洗い――はダメだな、ショッピングモール全焼事件のときは紋章が刻まれる痛みで慌ててお手洗いに入ったけど、学校だと知人が多い。腹痛を疑われて心配をかけてしまうかもしれない。特に、個室から出てくるのが遅くなるとそのリスクは高まる。


 なら、どこがいいか。残念ながらこの学校の屋上の立ち入りは禁止されている。それ以外で人気のない場所といえば、私が一年生の頃にさゆりと使っていた三階の倉庫前だろうか。あそこには倉庫に入りきらない機材やなんやらが山積みにされていて、倉庫の扉の前がちょうどどの角度からも死角になっている。あそこならきっと誰にも見られる心配はないだろう。昼休みの時間を存分に使わないとね。


 三階の倉庫前にやって来た。しかしどうやら、そこには先客がいたようだ。姿までは見ていないが、「居る」という気配を感じてすぐに立ち去ろうとした。そのときだった。


 「待って。……ください」

 「?」


 そこにいる人間に呼び止められ、足を止めて振り返った。


 私の目の前に現れた人物は、この学校の一年生の男子生徒のようだ。身長は私と同じくらいで、第2ボタンまで開けた学ランの下から印象的な黒いチョーカーが覗えた。彼の背筋は微妙に曲がっていて、とても先輩に対する立ち姿とは思えなかったが、彼はそれに気づいていないようで話を進めようとなにかの合図をした。左手の人差し指で、右鎖骨下を指し示す合図。


 「……君が!」

 「そう、です。ボクが、全焼事件を起こした赤の紋章を持つ者。……です」

 「そう……」

 「雨宮紅愛先輩、ですよね?」

 「そうよ。同じく紋章を持つ者の、ね」

 「ボクは榊原慎也さかきばらしんやっていいます。……よろしく、お願いします」


 榊原と名乗る彼はぺこりとお辞儀をした。


 「……」


 まさか、同じ学校だなんて思ってもいなかった。しかし同じ学校ということは連絡するにしても都合がいいだろう。


 「あの、……えっと」

 「ん? どうかした?」


 彼はコミュニケーションに慣れていないのか、もじもじと言葉を紡ぎだそうとしている。先ほどから敬語が曖昧になっているのもきっとそのせいだろう。


 「無理に敬語を使わなくていいわ。慕われるのは慣れてないの」

 「あ、ありがとう、……」


 そう言った彼は、改めて私に向き直り、話を進めていった。


 「先輩は、怒ってないの?」


 少し意外な質問だった。寧ろそんな怯えた気持ちで事件を起こしたというのなら笑ってしまう。紋章の力を持つことに嫌気がさし、紋章離脱式を発動させようとしているのだからあり得るといえばあり得るのだけれど。少なくともこの力は他人を幸せにするような力ではない。あくまでも自分の願いを叶える、自分のための力だ。


 この榊原という男の本質を知っているわけではないが、こう考えるとなんとなく彼がいい人なんだと理解できる。きっと彼は、殺人を犯してまでこの力を失くしたいとは思っていない。けれど私とて両親を殺された身。ここで嘘をついたところで彼は成長できないだろう。私は一息ついてから彼の目を見てこう告げた。優しく。……そして冷たく。


 「怒っているわよ」

 「……」


 予想通り、彼は黙り込んでしまった。だが、何か言いたげな彼に私は催促した。


 「何か言うことは?」

 「あ……」


 彼は怯えていた。目の前で自分の罪を突き付けられ、今にも泣きそうな表情で。


 「……謝って許してもらえる問題じゃないから、どうするのが一番いいのか、わからないよ」


 どうやら本当にお人好しらしい。どう考えても、殺人には不向きだろう。本心かどうかはまだ定かではないけどね。


 「まあ、そうでしょうね」

 「……」

 「別に、謝罪も何もしなくていいわ」

 「……え?」


 それ、どういうことッ?! と続けたそうな顔が窺えた。そんな信じられない光景を目の当たりにした瞳で私を見る彼に、私は最も残酷で、尤もらしい回答を告げる。


 「だって貴方は、これからも人を殺し続けるから」

 「!!」

 「だからね、今さら謝ったって遅いのよ。殺人鬼は殺人鬼らしく毅然としていなさい。これから毎週大量に人を殺すことになる。貴方は人を殺すことで、殺人を犯した罪を贖うの。目的を達成するまで、その十字架を背負って生きるのよ。私と一緒にね」


 それはきっと、彼にとって有効な裁きだろう。彼は本心から人殺しを望むような悪い人ではない。だとしたらこの罪の償い方は残酷なものだ。


 「それが、一番いいね。そうするよ。……先輩は知ってたんだ、紋章離脱式のこと」

 「ええ」

 「なら、話が早いね」


 榊原は先ほどまでの怯えや動揺といったものを取っ払って、強気な口調で話し始めた。


 「今日の午後7時に、笹倉マンションの裏の公園に待ち合わせでいいかな」

 「わかったわ。連絡先を交換してもいいかしら」

 「もちろん」


 私と榊原は携帯電話を取り出し、東雲のときと同様に赤外線通信で連絡先を交換した。


 「先輩の出番は最後のほうしかないと思うけど、いいコンビになりそうだね」

 「え?」


 いきなり何を話し出すのだろうか、榊原は。


 「どういうこと?」

 「ほら、全焼事件のときに炎が一瞬で消えたでしょ。その場にいた紋章を持つ者はボクと先輩の二人だけだったわけだから……」

 「ああ、そういうことね」


 なるほど、彼は誤解していたのか。私が水の力――青の紋章を宿していると。 


 「残念ながら、私は水の力じゃないわよ」

 「え、じゃあどうして炎が――」

 「実は、事件当時の現場には私と貴方の他に、もう一人紋章を持つ者がいたのよ」

 「――ッ!?」

 「どうやらその人が炎を消したみたいね。水の力で。でも心配ないわ。彼とは既に連絡を取り合っているから。今日の約束に来るかどうかの保証はないけどね」

 「そ、そっか……」


 もう一人の紋章を持つ者、と言ったところで彼の表情は強張ったが、連絡を取り合っていると聞いて安堵した表情へと変わった。


 「じゃあ先輩は一体……?」


 榊原がすっと目線を落とす。


 「いやらしい目で見ないで頂戴」

 「え!?べ、べつにそんなつもりじゃっ……!」

 「今、明らかに私の胸を見てた」

 「そんなことはっ」

 「人の視線というものはね、目で辿ればわかるものなのよ」

 「すいません……」

 「まあ、論より証拠ね」

 「証拠!?」


 再び、東雲のときと同様に制服のジャケットのボタンを外し、ブラウスのボタンを上から外していった。榊原は慌てていたものの、目線はしっかり私の胸元にある。……マセガキめ。


 「これが、私の紋章」

 「青じゃない……」

 「そう、私の紋章の色は白。なぜだか雷の力を宿しているわ」

 「雷か……。そっか、そうだよね。水の力を持ってるんだったら、最初から炎を消してボクの前に姿を現せばいいもんね」

 「ええ。そう考えると、どうやらあいつは事件発生後に来たみたいね」

 「炎と雷の組み合わせ、水と雷の組み合わせ、両方とも攻撃的だね」

 「そうね。役に立つんじゃないかしら」


 くすくす、と笑ってみせる。ふと向かいの校舎の時計を見ると、既に十三時十五分を回っていた。


 「さて、昼休みもそろそろ終わるし、教室に戻ろうか」

 「あ、……先輩は先に行ってて」

 「?」


 私と一緒に戻るのが恥ずかしいのだろうか。それとも、授業を受けるつもりがないのか。どちらにせよ、早めに教室に戻るに越したことはない。


 「戻らないの?」

 「……ボクは不良だからね」


 その返答で十分に把握出来た。榊原はなんらかの理由によって教室に入りたくないのだ。


 「そう。それでもいいけど、事件の容疑者にされないようにね」

 「その心配はない……と思うよ」


 警察に疑われることがなくても、クラスメイトが好き勝手に囃し立てることは出来る。榊原が教室に入りたくない理由がなんであれ、そのような事態になると噂が蔓延し、近所の住人の耳に入る可能性がある。目を付けられて力を使用しているところを目撃されることがあるかもしれない。それだけは避けたい。


 「じゃあ、またメールして」

 「わかりました」


 一言そう伝えてからすぐに教室に戻った。



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