第3話 榊原慎也
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あれは、確かに自分の通っている学校の制服だった。彼女の名前を知ることは出来なかったけど、自分と同じ学校に通っているのなら、自力で捜せば見つかる範囲だろう。
全焼事件の翌日に、ボクは早速彼女を捜すことにした。運が良いのか、今日は球技大会で、生徒全員が外に出る。しかし、捜せども捜せども彼女を見つけることは出来なかった。もしかして、欠席しているのだろうか?
事件の翌日だ、その可能性もある。現に、今日は全校生徒の一割が欠席しているらしい。高校だから生徒も多いし、欠席の生徒も多いとなれば、それは運が悪いも同然だと悟った。せめて、こちらの情報だけでも彼女に渡すことが出来れば……。いや、この状態ではまだそれすらも難しいだろう。自力で捜しても見つからないなら、他人の力を借りればいい。
確か、彼女の外見の特徴といえば、長い黒髪で細身で、身長は自分と同じくらいということ。これを手掛かりに、彼女のことを知っていそうな人に尋ねてみよう。
「……」
これだけ思考を巡らせていながら、自分がクラスで孤立している状況を呪った。よって、クラスメイトは頼れない。同じ一年生の生徒はほとんどボクのことを存じた上で避けているし、話しかけられる相手といえば先生か先輩に限られてくる。というか、誰に話しかけたところで、みんなボクが彼女に興味を示していると勘違いしてしまう……。それは嫌だ。面倒くさい。でも、まさか“ボクと同じ紋章の力を持つ者だから面会したい”なんて言えるわけがないし……。畜生。死にたい! 死にたい!! 死んでしまいたい!!!
ボクは昔からそうだ。人とコミュニケーションを取ろうとすると、なぜか不快な印象を与えてしまって、結果的に孤立してしまう。ボクはみんなと仲良くしたいだけなのにさ。ボクはただ場を盛り上げようとしてるだけなのにさ。頭の中で皮肉を並べたってどうこうなる問題じゃないのはわかっているのだけれど。
「一週間は休むと思いますよ。理由が、忌引……なんですよ」
ふと、一階の渡り廊下から声が聴こえてきた。
なんだなんだ? もしかして、昨日の全焼事件関係か?
何か有力な情報を得られるかもしれないと思い、耳を欹てた。
「なんでも、両親が昨日の全焼事件に巻き込まれたとかで……」
「そうですか……。すいませんね、君がお礼をしに来たことはこちらから雨宮に伝えておきますので」
雨宮……。ここの生徒のことだろうか。両親が全焼事件に巻き込まれて、忌引で一週間休むってことは――
彼女のことかもしれない。もう少し、聞いてみよう。先生が連れているあの私服の男がもしも事件の関係者なら、自分の姿を目撃されているかもしれない。その時は殺さなきゃいけないからね。
「わかりました……。失礼します」
私服の男は一礼して去っていった。必然的に、その場に教師が2人取り残された。よし、聞き出そう。
「先生!」
「ん?どうした、もう競技は終わったのか?」
「あ、……はい、それよりっ! さっきのお客さんって……? 高校生ぐらいに見えたけど」
不審がられぬよう、慎重に聞き出す。関係のないことを後ろにつけて、そこに興味があるように見せかける。
「ああ、なんでも、昨日の全焼事件でうちの生徒に助けられたんだって。それでお礼に来たみたいだけど、助けた生徒も被害者でね、今日は忌引で学校に来てないんだよ」
「助けられた……?」
それってつまり、事件の生存者ってことだよね。その生徒は事件の被害者。忌引で欠席ってことは、親族を失った。つまり、事件現場に最初から居合わせていた可能性がある。更に、数少ない生存者の内の一人で尚且つ人を助けだせるような余裕があった。そんな条件に当てはまる人って……。
「あの、その助けた方の生徒って誰なんですか!?」
「雨宮だよ。二年五組の室長、雨宮紅愛。有名だから、お前も聞いたことはあるだろう」
「ああ~人助けするなんて、やっぱり凄い人ですね」
いや、聞いたことない。だってボクは孤立しているからね。適当に話を合わせておけば、先生の信頼を失うことはまずないだろう。
けれど、後になって重大なことに気づいた。この先生に外見の特徴を聞き出すことが出来なくなってしまった。でも、もう間違いない。雨宮紅愛。彼女が、“あの彼女”なのだろう。だって、ボクの炎はショッピングモールを全焼させたんだよ?
死者の方が多いし、生存できていたとしても必ず負傷しているはずだよ。人を助け出すことなんて不可能だね。もしそんなことが出来るとしたら、“あの時”ボクの目の前に現れたあの彼女しかいない。
しかし……一週間も忌引ということは、暫く学校では会えないんだよね。どうしたものか……。彼女が紋章離脱式のことを知っているなら、次のターゲットである笹倉マンションで合流することができるだろう。でも、もし知らなかったら? ――学校で会うだけか。なるべく早く、全焼事件を引き起こした目的を知ってほしい。
ところで、さっきの男は結局何者だったんだろう。事件現場で助けられたというのなら、少なくとも事件の負傷者だと思うけど……。
自分の優れた記憶力を持ってしても彼を見かけた記憶はなかった。でもまさか、一瞬で大きな炎に包まれてしまったショッピングモールにあとから突っ込んでくなんて考えられない。無謀すぎる。
よし、頭の中で可能性を挙げていこう。
一つ目は、ボクが見落としてしまった生存者という可能性。二つ目は、炎の中に突っ込んでいった勇者気取りの残念な人という可能性。三つ目は、救い出された負傷者の身内という可能性。四つ目は、紋章を持つ者という可能性……。まさかね。この中で一番有力な候補はどう考えたって三つ目だろう。万が一それ以外でボクを見かけていたとしても、あの時はフードを被っていて顔の判別は出来なかったはず。放っておいても大丈夫、だと思う。
でっ、でもでもっ!
警察って、顔が判別できなくても体格とか身長とか事件の損得とかで犯人像を描き出せるっていうし……い、いや、大丈夫大丈夫。だって警察が紋章のことを知る術なんてないんだし。だいたい、まだ炎が一瞬で現れて一瞬で消えた原理だってわかってないだろうし。今はそれを解明することで精一杯のはずだよ。それが分からない限り、犯人として捕まえることなんて無駄なことだよ。
ボクの紋章の力で炎を生み出し、彼女の紋章の力でそれを収めた……。そんな信じがたい真実を、現実主義な警察や科学者が認めるはずがない。誰にも捕まえられない、恐れるものは何もない。ボクは改めて勝ち誇った。
一週間。長いようで短い時間。
雨宮という人物がどういう性格をしているのかは知らないが、忌引ということは親族が亡くなったということ。それは、ボクの責任なのかもしれない。普通なら仇を取られてもおかしくない。ボクが彼女の親族を殺してしまったかもしれない。そのことを彼女はどう感じているのだろう。怒ってる、よね。悲しんでるよね。こんなボクを許してくれるのかな。仲間になってください、なんておこがましいこと極まりない。しかし、紋章離脱式の発動には7つの紋章が必要不可欠。この事情を説明したら、少しは理解してくれるだろうか。どちらにしろ彼女に会ってみないことには何も進展しない。
そういえば、二年五組の室長って言ってたな。先輩か。雨宮先輩。もし上下関係を気にする人だったら、礼儀は正しくしないとね。ただでさえ彼女の親族を殺しているかもしれないのに、気分を害されたら計画が途中で終了してしまう。普段から人を不快にさせてしまう体質なのに、彼女と打ち解けることなんてできるのだろうか。あまり考えすぎないようにしよう。高校に入った直後もこうやって心機一転しようと試みて無残に散ってしまったのだから。
誰も見ていないことをいいことに、頭をブンブンと振って「無心になれ無心になれ……」と呟いた。