第2話 記憶の中の彼女
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「うむ、美味しいわね」
「……」
コンビニの外のゴミ箱周辺で壁にもたれかかりながら“激辛肉まん”を美味しい美味しいと頬張る雨宮。――を隣で眺める俺。辛いもの好きは変わってなかった。
「口に含んだ瞬間に広がる肉汁の熱と柔らかな肉のほのかな甘み。の後に舌を痺れさせるピリピリ感。やっぱりこのコンビニの激辛肉まんは最高ね」
全くわからない。ただ辛いだけの肉の塊がゴロゴロ入った肉まんだ。俺は口に含んだ瞬間に卒倒した。あいつの味覚は狂っている!
はあ……なんで俺は、雨宮と二人で昼食なんか摂っているんだろう。復讐熱も冷めてしまったし、昼食まで一緒に過ごす理由もないというのに。
「ときに東雲」
肉まんを食べ終わり、指についてしまった肉汁を器用に舐めながら雨宮は唐突に話しかけてきた。
「……はい?」
肉汁を舐める雨宮の仕草に一瞬でも可愛いと感じてしまった俺はそれを悟られぬようにだるそうに返事した。
「この世界の空は、綺麗な色をしていると思うか?」
「……」
はいはい。出たよ、雨宮の中二病。付き合ってた頃もこれには大層苦労させられた。返事によっては好感度をがくんと下げてしまうなんとも面倒な質問だった。でも、今は好感度なんてどうでもいいし、適当に返事すればいいと思う。そもそも返事をする必要があるかどうか定かではないのだが……まあ、形だけでも仲間という括りなんだ。付き合ってやらないこともない。
俺は向き直って、思ったことを口にした。
「見る人によって色は違う」
「……」
珍しく雨宮が唖然としている。もしかして、想定外の返答だったのだろうか。
「……ふん、もっともらしいことを言って、自分自身の考えは述べないやり口ね」
「ご不満?」
「いいえ。“あの頃”よりも達者な回答ね」
それは褒めているのだろうか、貶しているのだろうか。
とりあえず、初めて見る反応だったので、多分点数の高い回答だったのだろう。満足したかどうかは知らないが雨宮はそのまま話を続けた。
「私には、濁って見える」
まあ、だろうな。そうじゃないとまずそんな質問は出てこないだろう。
「白にも黒にも染まらない……どっちつかずの灰色の空。私にはそう見えるわ」
「灰色……ねぇ」
空が白にも黒にも染まらないのは当然のこと。雨宮は隠喩を使っているのだろう。あの頃は雨宮が何を言いたいのか1ミリも分からなかったが、今なら少しわかる気がする。
きっと白とはこの世の正義のことで、黒とは悪のことだろう。だけど世界はそのどちらにも当てはまらない、ずっとグレーの状態だ。そう言われてみれば、俺にも空は灰色だと感じられる。
感慨にふけって思わず空を見上げると、そこには一面に晴れ渡った青空が見えた。この青空が、世界の混沌や不条理を隠しているのではないか。俺たち国民は常に、偽りを見せられ続けているのではないか……。
「正義とか悪とか、まだ哲学を語れるような年ではないけど……それを抜きに考えても、やっぱり間違っていると思う」
「間違っている?」
「世界が、とか言ったら、中二病とか言うんでしょう?」
「俺が言わずともお前はもとから中二病だろ」
「お褒めいただき光栄だわ」
結局、雨宮は自分で話を振っておいて自分から話の腰を曲げてしまった。まさか俺がここまで話についてきたことがよっぽど驚きだったのだろうか。単なる暇潰しだったけど、少しだけ雨宮の弱みを握ることが出来た気がする。
「じゃ、そろそろ私は帰るわね」
「おう、帰れ帰れ」
しっしっ、と手を振って帰ってほしいアピールをする。
「はいはい」
雨宮は少し微笑みながら、スカートを翻して俺と向き合った。その動作でスカートの内側が垣間見え、ニーソックスにガーターベルトを付けていることが窺えた。
「またね」
今さっきまで見せていた表情とは打って変わって、幼さを含んだ笑顔だった。一言、それだけを伝えた雨宮は、俺に背を向けて去っていく。俺はまた、そんな雨宮に対して、不覚にも「可愛い」と感じてしまうのだった。