一人の気付き
Eros
深い眠りから浮上し、目をこすりながら時計を見ると、
昼を少し過ぎたところだった。
いつのまにか、起きる時間が深香が来る時間になってしまったらしい。
今日はまだ来てないのか、まあそんなときもあるだろ、
と思いながら洋一はベッドに別れを告げた。
たまには、起きて待ってるか。なんて、殊勝なことを思ったりもした。
思わなければよかった。
アパートの前の道路を歩く女子高生の声。洋一は昔から姦しいのはどうも苦手だ。
いつもの洋一だったら、無意識的にスイッチを切って、雑音のように扱っている。
今日に限ってそれができないのは、その姦しい声の持ち主が深香だからだ。
深香のそんな声を聞いたとき、洋一はいらっとした。
なぜいらっとしたか分からない自分にもいらっとした。
深香が、自分の前で、「いつもの」深香になった、と安心して、
洋一はどうしていらっとしたか理解した。
自分の知らない深香がいるのが嫌だ。
自分だけの深香がいい。
洋一は、深香が淹れた茶をすすりながら、内心で苦笑した。
ひどい独占欲だ。
「なあ、垣内」
洋一は翌日、高校からの腐れ縁・垣内涼太を呼び出すなりそう言った。
「二十も年下の女を好きになるのって、さすがにマズいよな?」
「はあ?」
コイツは一体何を言い出したんだ?と言わんばかりに、
垣内は盛大に顔をしかめた。
「なんなんだ?いきなり」
余談だが、高校時代の洋一の面倒を見ていたのは垣内である。
が、さすがに色恋沙汰を相談したことはない。困ったことがないからだ。
告白はいつも女側から。嫌だったら断るし、つきあってみてもいい、と思えたらOKする。
関係が破綻する主な原因は洋一の性格にあることは自覚しているが、
だからといって直そうとしたことはない。
つまり、今まで洋一にとって恋人という存在はその程度のものだったのだ。
それを知っているからか、垣内は、興味津々といった態だ。
「お前、今までだったら、いいかな、って思ったら即付き合ってたじゃねーか。今更なんだよ」
「だって、二十も下なんだぞ?倫理的にやばくねえか?」
「ほほう。二十下ってことは女子高生か。たしかにそれは犯罪臭がするな」
にやにや笑いながらそんなことを言う。明らかに協力する気がない。
洋一のほうも、相談しているというより、
自分の気持ちを吐き出して楽になりたい、という思いのほうが強い。
「だろ?ていうか、いきなり親戚のおじさんが『好きだ』とか言ったりしたら、」
「向こうのほうがドン引きだろ。へたすりゃトラウマもんだ」
「ほー。親戚の子か。そういや、航一さん、結婚したよな。」
「てことは、その子、航一さんの嫁さんのほうの親戚か。当たりだろ?」
こういうことをさらりと当ててくるからタチが悪い。
「…そうだよ悪いか」
「べっつにー」
洋一は垣内を睨んだが、効果がないことはとっくの昔に知っている。
「告っちまいたいくせに」
それが自分の感情全てを表しているわけではないと分かってはいるが、
それでも言葉にされると、それは妙な重みを背負って洋一の胸に落ちた。
楽になんてなれなかった。