二人の戸惑い
Agape
毎週土曜日は、洋一おじさんのアパートに家事をしに行く日、
と自分のなかで決めていた。
それは、今日も変わらなかった。いつもと違うのは。
「ねー、元木さんてさー、付き合ってる人いるのー?」
「えー、いないよー」
「うそー。絶対モテるでしょー、元木さん」
隣を歩くクラスメイトだ。特に仲がいいわけではないが、
なんとなく流れで一緒に帰ることになったのだ。
「そんなことないよー」
笑顔で否定しているうちに、アパートの近くに来たので、
「あー、あたしこっちだからー。じゃあまた学校でー」
と言って別れた。
ピンポーン。
インターホンを鳴らしただけだったのに、洋一おじさんがすぐ出てきたので、深香は驚いた。
起きていたのか、と思うも、機嫌は寝起きと同じテンション、つまり不機嫌だ。
「……どしたの?おじさん」
とりあえず不機嫌の理由を聞いてみる。洋一おじさんはどれほど不機嫌でも、
怒ったりはしないことを深香は知っていた。
「……なあ、深香」
「何?」
「お前、学校だといつもあんなしゃべりかたなのか?」
「あんな…って?」
「妙に語尾のばしたような、アタマ悪そうなしゃべりかただよ」
「頭悪そうって…。そんな、特に意識したことなんかないけど、しゃべり方なんて」
「……あっそ」
急に興味をなくしたようなおじさんに首をかしげつつも、
深香はいつも通り家事を片付けだした。
最後に筑前煮を作りおきするころには、おじさんの態度はいつも通りだった。
「深香」
「何?おじさん」
「茶、淹れて」
深香は珍しいな、と思った。洋一おじさんはいつも黙って世話をされているばかりで、
自分から注文を付けることはなかったからだ。
それでも、注文通りお茶を作って持っていくと、自分から頼んだくせに、
おじさんはびっくりしたみたいな顔をした。
「この家に、茶なんてモン、あったのか」
「いや、淹れてって頼んだの、洋一おじさんだからね?」
「……前に、あたしが買ってきたんだけど……どう?」
「味の良し悪しなんか分かるか」
洋一おじさんは素っ気なくそう言った。
その言葉の中に何かがちらりと見えた気がしたけれど、気付かないふりをした。
なんとなく、そうしたほうがいいと思ったからだ。