すれちがう二人、そして
Agape
♪~
画面を見ると、洋一おじさんからだった。
深香は、それを見なかったことにした。
Eros
電話には応答なし。メールにも返信なし。
洋一はため息をついた。
あの後帰ってきた岬さんに、
不審そうな目でみられながらも(一応航一がフォローしてくれた)
深香の家の場所は教えてもらった。
別に、電話とかを入れなくても、家に直で行けばいいのかもしれないけど。
いや、さすがにそれはストーカーか?
堂々巡りだ。
深香は、今、どう思っているのだろうか。
他人の心情なんて、慮ったことのない洋一にとって、
そんなことを考えるのは、初めてだった。
Agape
「自分がしたい」のがなんでかなんて、考えもしなかった。
……ううん、考えたくなかったのだ。
好きだから、なんて、認めたくなかった。
本当は、あのとき「彼女にやってもらえばいいじゃない」と言いたかったのだ。
でも、言えなかった。
彼に「与えられる」のはあたしだけだと、そう思い込みたかった。
今日、洋一おじさんが発つ。
岬おねえちゃんが、午後の飛行機に乗るらしい、と教えてくれた。
今は午前四時。昨日は、眠れなかった。
いいかげん、さよならくらい言うべきだと、自分でも思う。
ぱかり、と携帯をひらき、着信履歴を呼び出す。
ここ一週間の履歴は、洋一で埋まっていた。
ふと、思った。今、電話してみよう。
今日の午後に発つのなら、いつものおじさんからして、まだ寝ている可能性が高い。
今、電話に出なかったら、このままでいよう。
自分でも卑怯だとは思うけれど、深香は運を天にまかせたかった。
三コールだけ待つことにして、深香は通話ボタンを押した。
♪~
早朝の閑静な住宅街に似つかわしくない機械音。
着信音を変えるのが面倒だと言って、初期設定のままにしてあるその音は、
洋一おじさんの携帯のものだった。
カーテンを開けた深香の目に飛び込んできたのは、
きまり悪そうな顔をした洋一おじさんだった。
Eros
明日は出発する日だ。
別に、アメリカに行くこと自体はさして重要だとは思っていない。
いままでのように、なるようになるだけだ。
なのに、いつまでたってもとぎれとぎれの眠りしか訪れないのは、
やはり深香のことが気にかかっているからだろう。
アパートはすでに引き払い、今洋一がいるのはホテルだ。
それも、深香の家からほど近くにあるホテル。
どうにも眠れなくなった洋一は、ふらりと散歩に出た。
無人のフロントには、洋一の外出を気に掛ける者がいない。
ふらふら歩いていたはずなのに、
いつだったか岬さんに聞いた深香の家を探してしまったのは、
このまま深香と別れるのが嫌だったからだ。
本質的な意味では他人に興味のない洋一が興味を持った。
その意味で、深香はたしかに洋一にとって特別だった。
でも、それ以外の意味でも、深香は特別だった。
だから、洋一のことも、深香の特別にしてほしかったのだ。
不意に響いた着信音と、目の前の家の窓からのぞいた顔は、
まるでそれを許してくれたかのようだった。




