一人の失敗
Eros
さすがに黙って行くほど常識はずれではない。
唯一の肉親である航一には、アメリカに行くことを告げた。
ただし、メールでだが。
航一も、そんな弟を気にした風もなく、
ただ了解の旨をやはりメールで返してきたのみだった。
昔から、自分たち兄弟は、変なところで淡泊だ。
見送りも、自分から断った。なにも今生の別れでもあるまい、と。
「深香には、……どーすっかなー」
深香には、未だに言えないでいる。
昔から、自分たち兄弟は、変なところで不器用だ。
自分で言えないなら、兄貴経由で岬さんから言ってもらえば……
ああ、でもそれは嫌だ。なんてことを考えて、洋一ははたと思い出した。
「そういや、深香とのこと、兄貴には言ってねえんだった」
まー、この調子ならなんとか間に合うか。
仕事の進捗度にいらいらしていたが、なんとかめどがついた。
あと六日で発たねばならないが、この調子なら、最後の二日くらいは思う存分惰眠をむさぼれるだろう。
「そんときに、深香に言うか」
ああでも、そんなに急に言うと、家事的に困る、のか?どうもそのあたりが分からない。
今日の夜食はなんだ、と。当然のように、深香が用意してくれていると思っていたのに。
テーブルの上には、渡したはずの合鍵と、メモだけがあった。
『引っ越しの準備は手伝ったほうがいい?』
まるで、皮肉のような文面に、洋一はただ、失敗した、と思った。
先延ばしにすべきではなかったのだ。




