二人の日常
Prologue
「結婚おめでとう、おねえちゃん」
「ありがとう」
真っ白なウエディングドレスを着た、従姉妹の岬おねえちゃんは、
祝福の言葉をにっこりと受け止めた。本当に、幸せそうだった。
Agape
岬おねえちゃんが結婚したのは、深香にとってもうれしいことだ。
これはほんとうだ。
ただ。
ピンポーン。
「よーいちおじさーん。起きてるー?」
ピンポーン。
「よーいちおじさ」
「お・き・て・る!」
がちゃっ。
不機嫌そうにドアを開けた洋一おじさんの頭には、
どうみても寝癖としか思えない癖がついていた。
掃除・洗濯・料理。
岬おねえちゃんと結婚した航一さんの弟・洋一おじさん家の家事は、
深香が一手にしきっている。
というのも、このおじさんときたら、今まで同居のお兄さんにパラサイトして生活してきたせいで、
何もできないというだめっぷりなのだ。
航一さんと岬おねえちゃんの結婚の前は、亡くなったご両親から継いだ一軒家に二人で住んでいたそうだ。
さすがに、結婚してからもその家に居続けるなんてことはできず、
洋一おじさんはアパートを借りた。
の、だが。
「洋一おじさん……。最後に掃除したの、いつ……?」
部屋の惨状に、顔をひきつらせて聞くと。
「前に深香が来たときだな」
「ってそれ、一週間前じゃない!」
「あー…。もうそんなになるのか」
しれっとした顔をしたおじさんは、深香の怒りなど、どこ吹く風だった。
「まったく…。せっかくベランダがあるんだから、布団干さなきゃ損でしょ」
布団を干し、洗濯機をまわし、テーブルの上に乱立しているカップ麺の残骸を次々にごみ袋に放り込んでゆく。
何が悲しくて華の女子高生が三十路も半ばを過ぎたおじさんの世話をしなければならないのか。
深香の心中を知ってか知らずか(多分知らない)洋一おじさんは床にねそべって雑誌をめくっている。
深香はおじさんをよけて掃除機をかける。一部きれいになると、おじさんはきれいになった部分に、
ごろんごろんと移動した。
明らかに、掃除されることに慣れている。
深香がこのアパートに来るようになって、まだ一か月そこそこだから、
多分おじさんは実家でもこんなかんじだったのだろう。
おじさんの下着を干しながら、深香はため息をついた。
ああ、なんであたし、こんなやつにこんなことしてるんだろ。
それは多分、「自分がしたい」からだ。
深香は、不毛な結論に、またため息をついた。
一通りたまっていた家事を片付けた後、深香はカレーを作ることにした。
洋一おじさんは放っておくとカップ麺しか食べないし、カレーは少しなら日持ちする。
栄養バランスだって中々いいのだ。
「洋一おじさんさ」
「何」
「……高給取りなんだから、もっといいもの食べなよ」
「外食は面倒だ」
「体、こわすよ」
「でも、そうなる前に深香がやってくれるんだろ?」
当然と言わんばかりのおじさんの笑みに、深香はどこか安心した。
本当に言いたいことが言えなかったのに、自分が望む言葉がもらえたからかもしれない。