第一章―始まり―
「うぅ…う~ん…」
少年は,はっと目を覚ます。
「…こ,ここは?」
少年は飛び起き,自分の顔の隅々を確認するかのように撫でまわす。
「い,生きてる!な,なんで…」
少年が考え込むようにうつむくが,それをすぐに違う声が中断させた。
「なんでって,私が殺さなかったからね」
少年はすぐに声に反応して,顔をそちらに向ける。
「お,お前は…!」
少年は跳ね起き,獲物を取ろうと手を伸ばすがそこにあるはずの神楽がなかった。
「なっ!か,神楽がない…」
「ああ,この刀の事?へぇ,神楽って言うのね」
「そ,それを返せ!」
少年は声を荒らげる。
女性はそれに対して,あたかも当たり前のように少年に言い放った。
「ダメよ。これを返したら君はまた私にむかってくるでしょう?」
「当たり前だ!それが俺の仕事だ!それの何が悪い」
「だけど,その仕事を失敗して,そのターゲットに命まで助けられたのは誰かな」
「…くっ!」
女性は少年をあざ笑うかのように言い放った。
少年は悔しそうに唇をかんだ。
「なんで殺さなかった!俺は…俺はあんたを殺そうとしたのに!」
「簡単なことだよ。私が君のことを気に入った。ただ,それだけ」
「なっ!そんなことで!そんな理由なら,今ここで,俺を殺せ!」
「仕事を失敗して,そのターゲットにそんな理由で生かされて…そんなの恥以外のなにものでもない!!……そんな生き恥を晒すぐらいなら死んだ方がましだ!」
その言葉を聞いた女性は考え込むような仕種をし,刀の刃先を少年に向けて軽く微笑みを浮かべて言った。
「言ったでしょう?私は君が気に入ったの。この状況で,いやこの状況でなくても君を殺すことは私にとって赤子の手をひねるよりも簡単よ?。だが,楽しみがなくなるのはつまらないのよね。」
「こ,殺さないなら俺は…じ,自分で死ぬ…」
「ふ~ん,そんなに死にたいならやってみればいいわ。そんなに声が震えている人間に自殺ができる覚悟があるとは思えないけどね」
神楽を鞘に戻し,女性はわざとらしく肩を上げた。
「くっ…!!!なら,どうすればいいんだ!殺されず,死ぬこともできないなんて」
少年は地面を思いっきりたたいた。身体は震え,目からは涙がこぼれた。
女性はしゃがみ込み,少年を諭すように言った。
「良いじゃない。君は暗殺に失敗して,ターゲットだった人物に殺されず生きている…」
「なら,その命を楽しい事に使ってみるというのはどう?」
少年は驚いて顔を上げ,
女性は満面の笑顔で話を続けた。
「殺しなんてよして,私の為にその命を使いなさい」
少年は涙をふき,信じられない様子で女性に尋ねた。
「俺は…あんたを殺そうとしたんだぞ。そんな俺を……自分のそばにおくって言うのか。…なぜ?」
「なに,そんな難しい話ではないわ。さっきも言ったけれど私は君が気に入ったの。ただそれだけよ」
女性は優しい笑みを浮かべ,少年の問いにそう答えた。
その笑みにつられて,少年もくすっと笑った。
そのまま,楽しそうな笑みを浮かべながら言った。
「あんた,面白いな。いいよ,わかった。何でもやってやるよ。」
「ん,いい返事だ。今更だけど君の名前を教えてくれる?」
「カオル…」
「もう,聞こえないよ。男でしょ?もっとお腹から声をだす」
そういって女性は少年の尻を軽くたたいた。
少年は驚き目を大きくあけ,すぐに少年はむっとした表情になり,半分やけくそになりながら大きな声でさけんだ。
「カオル。ルフィナ・スナヒ・カオル。それが俺の名前だ」
「ふむ,やればできるじゃない」
女性はにこりと笑った。
「…あんたの名前は?」
「へ?」
女性は驚き目を見開いていた。そして大きな溜息をついた。
「まったく,君は…カオルは殺そうとした人の名前も知らないの?」
「…っ,知るか!俺は写真の人物を殺すように命令されるだけだ。…それに,ある程度の情報はむこうが調べてくるし,興味もなかったからな。」
「そう,まぁいいわ。私の名前はアストレア・サイカ・アキューナよ。
呼ぶときはアキナではいいわ」
カオルのターゲットだった人物。
歳は二十三,四ぐらいだろうか。きれいな顔たちにはまだ幼さが残り,少なくとも三十代はこえていないだろう。
世間一般的には美人と呼ばれる部類の人間だろう。
アキナは誇るように付け加えた。
「そして,何をかくそう私はあの《レグトレア》の1人よ」