師匠と弟子
「ただいまーっ!」
ドアに取り付けられたベルがカランコロンと鳴ると同時にエスティの元気な声が店内に響き渡る。
私たちはレスドゥのギルドに帰ってきた。その姿に気がついたブルグレイがエスティの元に駆け寄りエスティの目の前で跪く。
「ご無事で何よりです、姫様!」
「ちょ、ちょっとこんなところで!」
その後に続いて私とラーディスもギルドの中に入る。
しかし、私はギルドの店内の様子の違和感に気がつく。
いつもならばギルドマスターの「おう、お前らか!」という言葉が返ってくるのだが、その言葉がない。
そして、店内を見回すとギルドマスターの周りにはイークレインとサイフォンの姿がある。
この二人がいると言うことは、レスドゥの町にこれから何かよくないことが起きるという前兆予感がしてならない。
私は確認のために話しかける。
「どうしたんですか?二人が揃っているなんて、何かよくないことでもあったんですか?」
「フフフ、さすがリースだ。君の予想通りだよ。」
サイフォンが答える。
「こればかりは冒険者のお前達に頼むのはさすがの俺も気が引けるのだが・・・頼めるのはお前達だけなんだ。」
と、ギルドマスター。どうやら、私たちがレスドゥの町に帰ってくるのを待っていたようにも見える。
「まずは話だけでも聞いてもらえないだろうか?ここでこの人数はちょっと狭くなってきたから・・・私の部屋で話をしたいのだが・・・良いかね?」
とイークレイン。
確かにお世辞にも広いとは言えない冒険者ギルドの店内。私たち以外にも冒険者がたくさんいる中で、これだけの人数が一箇所に集まるのはちょっと異様にも見える。それにちょっと窮屈だ。
「そうですね。ちょっと場所を変えましょう。」
そう言ったのはラーディスだ。ラーディスもこの異様な雰囲気に気がついたようだ。
「おや、あなたは高名な錬金術士のラーディス様ではありませんか。ご無事で何よりです。」
「あぁ、お久しぶりです・・・と言いたいところですが、まずは場所を変えましょう。」
錬金術士のラーディスと聞いて、周りの冒険者の視線がラーディスに集中する。やっぱり高名な錬金術士は知名度が違う。
「あぁ、そうでしたね。それでは私の部屋へ移動しましょうか。」
とイークレインの提案。それにサイフォンが同調する。
「そうですね。そうしましょう。」
私たちはイークレイの自室、イリスティア軍司令部に移動した。
部屋の中央には全員が座れるだけの大きなテーブルがある。イークレインは執務席の前の席に座る。そして、その周りに私たちも席に腰をかけた。
「さて、エスティ殿達も集まったことだし、改めて状況を説明をしようか。」
「はい。我々が入手した情報によると、ガストール帝国は2週間後、再びこのレスドゥに向けて進行を開始しようとしています。しかも敵はアースゴーレム部隊を送り込んでくるらしい。その数はおそろ300体。」
300体。
その数字にラーディスを含め私たちは驚きを隠せない。エリボス侵攻の時より10倍の数のゴーレムが襲ってこようというのだ。
「・・・それじゃあレスドゥの防衛はどうなんですか?」
エスティが静かに口を開く。
「厳しい状況だ。先の戦いでの防壁はまだ完全に修復されていないし、何より戦士の数が足りない。」
「いや、問題はそれ以前の所にあるわね。並みの戦士ではゴーレムに立ち向かうことはできない・・・防壁を固めたり、戦士の数を揃えたところで敵に勝てる可能性はゼロよ。」
まともにゴーレムに立ち向かえるのは私の剣だけだ。それでも300体を相手にしては私の体が持たない。
「これからミスリルゴーレムを用意するというのはできないのでしょうか?」
エスティの言うとおり、エリボス進行時と同様にミスリルゴーレムを用意できれば勝てる可能性はあるかもしれないが・・・。
「無理でしょうね。エリボスからここまで距離があります。徒歩での移動になりますので、ミスリルゴーレムが到着する前に戦争は終結しているでしょう。」
ラーディスが即答する。
「それじゃ・・・私たちを待っていたと言うことは、何か作戦でもあるのでしょうか?」
「その作戦内容を相談するためにラーディス殿を待っていたのだがね。」
「あ、でも、私でも勝てる方法が思い付くかも!」
エスティは席から立ち上がり話し始める。
「ラーディスはゴーレムにも寿命があるって言っていたわよね?ゴーレムを作り出した錬金術士が亡くなればゴーレムも動かなくなるって!だから、敵のゴーレムを作り出した錬金術士を倒しちゃえば良いのよ!」
「・・・エスティにしては上出来ですね。」
「・・・私にしてはっていうのがすっごい引っかかるんだけど。」
しばらくの沈黙。そしてラーディスが静かに口を開く。
「他にもいろいろ考えてみたんですが、それしか有効打が見つかりませんね。サイフォン殿、敵の錬金術士の名前はユーグリッドですね?」
「その通りです。」
「居場所は特定できていますか?」
「グリスデルから動いてはいないようです。」
そう言ってサイフォンは一息おいて、
「ならば、こういう作戦はどうでしょう。敵がグリスデルにいると言うことは、例の地下通路を使って敵の本拠地に乗り込むことができます。レアード達が手引きをしてくれるでしょう。そして、敵の錬金術士ユーグリッドを倒す。」
「今の時点ではそれが一番有効な作戦だな。」
イークレインがサイフォンの話にうなずく。そしてエスティの方を向く。
「この役目をエスティさん達にお願いしたい。」
「ちょっとまって!なんで私たちがやることになっているのよ!」
私は立ち上がり即答した。当然だ。まだ依頼を引き受けたわけではない。それに私としてはあまり帝国とはこれ以上関わりたくないというのが本音だ。
「もちろん強制ではない。これは我々からの仕事依頼だ。」
「もしエスティ達が断るとしても私一人で引き受けます。弟子の不祥事は師匠が責任を取りませんとね。」
そのとき、司令室のドアを慌てて開ける音が聞こえた。その場にいた全員がそちらの方を向く。イリスティアの兵士がそこに立っていた。私の場所からでも息を切らせていることが分かる。一体何があったのだろう。良い予感はしないが。
「報告します!敵のゴーレム部隊が動き出した模様!」
「ちっ、動きが速い!」
イークレインが立ち上がる。思わぬ事態に焦りを隠せない。
そんな中、静かにエスティが口を開く。
「仲間がやるって言うんなら放っては置けないよ。私もやります。」
「ならばもちろん、今回は私もお供いたしますぞ。」
・・・エスティがやるといった以上、ついていかないわけにはいかない。
「・・・仕方ないわね。私はエスティを守る。」
「決まったな。私とサイフォンは万が一のために防衛戦を築く。」
「時間がありません。すぐにグリスデルへ向かう馬車を用意しましょう。準備ができ次第出発します!」
「あぁ、そうしてくれ。頼んだぞ!」
レスドゥからグリスデルまで馬車で4日。ゴーレム部隊が徒歩で攻めてくるならば到着まで一週間程度。時間は余り余裕はない。
私たちはすぐに身支度を調え、レアード達との合流について打ち合わせを終えた後、その日のうちにレスドゥと出発した。前回と同じように馬車に荷台の奥に隠れての進入だ。
馬車が走り出して数分後。私はラーディスに話しかける。
「ねぇ、ラーディス。ちょっとお願いがあるんだけど。」
「ん?めずらしいですね。なんでしょう?」
「私にも魔法を教えてくれないかな?」
「どんな魔法ですか?リースの魔力ではそれほど強力な魔法は使えませんが。」
「う、はっきりそう言われると傷つくんだけど。ま、いいや。実はね、もっと早く動けるようになりたいんだ。そんな魔法が使えたらいいんだけど。」
「ならば『ウィンドヴェール』という魔法を教えて上げましょう。
ここまで話を進めて私は一瞬話を続けるのをためらった。ラーディスならば魔法を教える見返りに何かセクハラな行為を求めてくるに違いない。だが、この魔法は今後の私に必要となるだろう力だ。ここはどうするべきか・・・。
と、考えている間、私の胸に何かが触れる感触を感じた。ラーディスはすでに行為に及んでいたのだ。私はラーディスの頭を思いっきり殴る。ラーディスはしばらく気絶してしまったが、エスティとブルグレイはその光景を唖然とした顔で見つめているが、そんなことは関係無い。こうなったら完全に魔法をマスターするまでだ。
そしてレスドゥを出発してから予定通り4日後、馬車はグリスデルに到着した。町の入り口にいる帝国の門番が荷台のチェックを始めようと荷台の中を覗き始めた。
そのとき、荷台からブルグレイが飛び出した。手に持っていたロングスピアで門番の帝国兵の胸を一突きにする。
「ブルグレイ!」
エスティが思わず叫ぶ。
馬車の周りに帝国兵が集まり出す。
私も荷台から飛び出しブルグレイと共に集まりだした帝国兵を切りつける。これは陽動だ。ここで騒ぎを起こしておけばユーグリッドのいる本拠地の防備は手薄になるはず、というサイフォンの作戦だった。馬車の中は最低限の食料とお金もならない藁だけだ。馬車を運転していた御者はすでに姿を消していた。これも予定通りだ。
「リース!ここは任せたぞ!」
ブルグレイはみんなを連れてラーディスの工房へと向かう。道順はラーディスがいるから問題無いはずだ。
ブルグレイ達が町の中に消えた後、私も数人の兵士を倒した後、別ルートで町の中へ走り出す。帝国兵士も私を追いかけ始める。
陽動作戦はとにかく騒ぎを起こせば良い。その騒ぎは大きければ大きい程よい。町の入り口であれだけの騒ぎを起こすことができれば問題無いだろう。
私は追いかけてくる兵士達の目をかいくぐり、この町の中心にある酒場の倉庫へと向かう。そこは出発前にサイフォンに教わった、もう一つの地下通路の入り口だ。
兵士に見つからないように少し遠回りして倉庫に入り、入り口の目印を探す。その目印は「ココ」と書かれていた紙で貼り付けられていた。おそらくミーチェが事前に貼り付けておいた物だろう。
私はそこに地下通路の入り口を確認すると目印の紙をはがし、地下通路へと飛び込む。
私は床に座って一休みする。肩で息をするくらいに息を切らしていた。当然だ。あれだけ町の中を駆け回ったのだから。
「待ってたよ。久しぶりだね。」
「ち、ちょっと休憩・・・。」
明かりと共に現れたのはミーチェだった。他のみんなも誰一人欠けることなく揃っている。その姿を見てちょっとホッとする。
「状況はどうですか?」
ラーディスがミーチェに訪ねる。
「うん、陽動はバッチリだよ!」
「普通、陽動ってさ、別部隊がやる事じゃ、ないの?なんで、私がやることになるのよ!」
息を切らしながら公然と抗議する。
「でも兵士達は今頃町中を探し回ってるだろうさ。見つかるわけ無いのにねぇ」
ミーチェはクククと笑いながら返事を返す。
「さぁ、もう時間は無いよ。ここからまっすぐユーグリッドのいる本拠地に向かうよ。準備は良い?」
「もちろん!」
即答するエスティ、息を切らせている私は無視か?
ミーチェはそんな私を無視して地下通路の中を進んでいく。エスティ達もそれに続いていく。私は一番後ろからそれに遅れないようにと付いていく。こんなところではぐれたらそれで一生の終わりだ。この地下通路から一人で脱出することはできない。遅れないようにと必死に付いていく。
そんな中、ブルグレイがミーチェに訪ねる。
「我々が出てきた瞬間に敵兵に見つかることはないのか?」
「前回は脱出時に入り口を爆破するという大胆な行為をしてくれましたからね。」
二人は進入後の脱出について心配しているのだろう。それは事前に確認しておく必要がある。
「大丈夫だよ。今回は人が寄りつかないような場所にするから。」
人が寄りつかない場所。それは何処だろうか?気になる。
「ま、あたいに任せておいてよ。」
「ユーグリッドの居場所は?」
私はさらに訪ねる。息は整いつつある。
「大丈夫。中の構造は私が把握しています。奴の居場所に関しては任せて下さい。」
ラーディスが即答する。
そして、ミーチェの足が止まった。目の前には石でできた大きな壁がある。前回と同じように壁に仕掛けが有り、その仕掛けを操作する事によって通路が開くようにできているのだろう。
その仕掛けがある場所にミーチェが立ちこちらを見つめる。
私たち4人もお互いに目を合わせて頷く。
ミーチェはその姿を確認すると壁の仕掛けを動かした。
念のため、私が通路の向こう側に敵兵士がいないかを確認する。・・・誰もいないようだ。でもここは何処だろう?よく周りを見ると、私たちにはなじみのある場所だ。
「ふむ、ここはどこだろう?男性用トイレと構造が似ているようだが・・・」
そう、ここは女性用トイレだ。なるほど、兵士は男性が中心。ならば、女性用のトイレは自然に人が寄りつかなくなる。よく考えた物だ、と私は少し笑みを浮かべる。
「ほら、男性陣!中をじろじろ見ない!」
「この先が本番だからね。」
と、私は女性用トイレのドアを指さす。
「いくよ、みんな!」
「うん!」
「おう!」
「はい!」
「ここはおそらく一階。ユーグリッドは三階にいるはずです!」
ラーディスを先頭にして城内を走り出す。
敵も我々に気がついたのだろうか。城内に配備されていた兵士達が集まりだしてきた。しかし、私とブルグレイの手によって次々と撃破されていく。
兵士では敵わないと感じたのだろうか。身長は私たち人間と変わらない、小型のゴーレムが姿を現した。
「あれは見た限りではアースゴーレムですね。リース、あなたの出番です。」
今、ゴーレムに対等に戦えるのは私だけだ。
「エスティ!お願い!」
「はいよ!『エンチャントウェポン』!」
「てやぁっ!」
私はわずかに光を帯びた剣を振るい、小型ゴーレムに斬りかかる。斜めに切り裂かれたゴーレムの体はその体を維持できず、その場で崩れ去る。
「どうやらゴーレム部隊が守備隊の主力のようだ。思ったより兵士の数が少ない!」
確かに兵士の数よりゴーレムの数の方が多いような気がする。
「だったら私が先頭に出るわ!みんなは他の兵士をお願い!」
「了解した!」
「階段を見つけたら早く登ってしまいましょう!あのゴーレムなら階段は登れないはず!」
「わかったわ!」
立ちはだかるゴーレム達を倒し二階へ昇る階段への道を切り開いていく。
ラーディスの道案内を元に城内を進んでいくと、やがて目の前に大きな階段が見えてきた。ユーグリッドはあの先だ。私は急いで階段を上る。他のみんなもそれに続く。
その階段を上ると少し広いフロアだった。その中央には一人の女性が立っていた。眼鏡をかけ、緑色の長い髪が特徴の女性。年齢はおよそ30歳ぐらいだろうか。その手には分厚い本を抱えている。その後ろには三階に登る階段が見える。
「ユーグリッド・・・」
ラーディスがつぶやく。
あの牢獄に現れた女性がこの人なのだろう。私は姿を見たわけではなく、声しか聞いていないが。
「敵が侵入してきたと聞いていたけど。やっぱりあなただったのですね。師匠。まさかこんな形で戦うことになるなんて、思っても見ませんでしたわ。師匠はおとなしく地下牢にいらっしゃれば良かったのに。」
「何を言う!金に目がくらんで帝国に身を売った愚か者め!貴様のせいでどれだけの命が失われたと思っている!」
「金?ちょっと違いますね。帝国の元で錬金術の研究ができる。そのための費用は帝国が出してくれる。我々にとってはこれ以上の研究環境はないじゃないですか。それに比べれば人の命なんてたいした物じゃないですよ。」
「・・・腐ってる。」
エスティが静かにつぶやく。その声は次第に大きくなっていく。
「人の命を何だと思っているの!?錬金術の単なる実験台だというの!?錬金術は人々を豊かにする物では無いの!?あなたのような考え、絶対に許せない!」
「あなたのような小娘にはこの考えが分からないでしょうがね。錬金術の本質が分かれば分かってもらえると思うのだけど。それに、帝国からお金が出るからこそ、こんな事もできるんですよ。」
ユーグリッドは指をパチンと鳴らす。
部屋全体が揺れるくらいの、何かが歩いているような音が聞こえる。いや、部屋というか、建物自体が揺れているような感じもする。その足音は次第に大きくなっていく。その足音が止まったと思ったら、フロア脇にある扉が吹き飛んだ。そこから姿を現したのは一体の、自分の身長より1.5倍はあるだろうか、巨大なゴーレムが現れた。
「なっ!?」
そのゴーレムはいままでのアースゴーレムとは異なる物質でできていた。白く銀色に光る物質。しかし、それより驚いたのはそのゴーレムの顔だった。
「あ、あなたは・・・!?」
「アーヴィン将軍!?」
「ゴーレムと一体化したのか?」
「ふははは、錬金術士様、最高の体をありがとうございます。これならこの世界でこの私に敵う物などいない!」
「その通りです。素材も費用も帝国が提供してくれましてね。どうです?これで師匠をも超えたでしょう?さぁ、まずは目の前のゴミを排除してください。」
「承知しましたぁ!」
そう言い残し、三階へ向かおうとするユーグリッド。
「逃げるのか!!」
そのユーグリッドを追いかけようと走り出すラーディス。
「おおっと、貴様らの相手はこの俺だ!」
しかし、その行く手は巨大なゴーレム、アーヴィンによって阻まれてしまった。
「この錬金術の力で手に入れた最高の体、貴様らで試させてもらう1」
「邪魔をするのなら私が!」
ゴーレムに有効打を与えることができるのは私のこの剣だけだ。私はアーヴィンに斬りかかる。しかし、その斬撃はアーヴィンの右腕によって阻まれてしまった。
私の剣が効かない?もしかして魔法『エンチャントウェポン』の効果が切れてしまったのか?
私の剣はまだ光に包まれたままだ。魔法の効果は切れていない。ならばなぜ効かないのだ?
だが、アーヴィンはその思考をさせる暇を与えてはくれない。空いている左腕で私の体を殴り返す。私はその攻撃をもろに受けてしまった。
「リース!」
叫ぶエスティ。
一階への階段近くまで吹き飛ばされる私の体。その体をブルグレイが受け止める。そのブルグレイの体でも衝撃を受け止めきれず、後ろに倒れてしまった。
「・・・くっ、なぜ・・・だ!?なぜ・・・私の剣が・・・効かない!?」
よろめきながらも立ち上がり剣を構える私。ここで倒れるわけにはいかない。
「ふむ、さすが精霊銀。これくらいの攻撃ではびくともしないか。それにこの動きの軽さ。さすがだな。あのユーグリッドという錬金術師は!」
「敵の体もリースの剣と同じ精霊銀でできているとは・・・これでは攻撃が効かないはずです。」
「なにか・・・有効な方法は無いの?・・・そうだ!ラーディスの力でゴーレムを無力化させれば!」
「無理です!あの動きの早さでは近づくことすらできません!」
「なら、取るべき行動は一つね...」
エスティはラーディスの顔を見る。エスティは一つの答えを導き出していた。おそらくそれはラーディスと同じ答えだろう。ラーディスもエスティの顔を見てうなずく。そして二人は後ろの私とブルグレイの顔を見る。私も、ブルグレイもその顔をみて静かにうなずいた。
「先にユーグリッドを討つ!」
三階への階段へ向けて走り出すエスティとラーディス。しかし、アーヴィンはそれを阻止しようとする。だが、邪魔はさせない。私は再びアーヴィンに向けて斬撃を繰り出した。
「あなたの相手は私だ!」
その攻撃を再び右腕で受け止めるアーヴィン。
「ふん、貴様の攻撃は通用しないとわかっているだろう!」
「たとえ攻撃が効かなくても、足止めはできる!」
アーヴィンは再び左腕で私を殴ろうとする。しかし、同じ攻撃は食らわない。すぐさま体を後ろに引き左腕での攻撃をギリギリのところでかわす。
「私もいるぞ!」
そこにブルグレイが攻撃を繰り出す。ブルグレイの持っている武器ではほとんどダメージを与えることはできない。そもそも武器に使われている素材が違う。相手は精霊銀であるのに対してこちらはおそらく鋼を加工したものであろう。
ブルグレイの攻撃に対して反撃を試みるアーヴィン。ブルグレイはその攻撃を左手に持つシールドで防ごうとする。シールドごと吹き飛ばされるブルグレイ。シールドの形が原型をとどめていないことが敵の、アーヴィンの攻撃の強力さを物語っている。
しかし、これらの行動はアーヴィンの動きを止めるには十分だった。
「くっ、邪魔なやつらめ!」
「さあ!今のうちにユーグリッドを!」
「うん!・・・みんな、死なないでね!」
「ここは任せましたよ!」
そう言い残し、エスティとラーディスはユーグリッドのいる三階への階段を駆け上っていった。
三階に上ってきたエスティとラーディス。
その目の前に何かが飛んできた。
「っ!危ない!『マジックシールド』!」
ラーディスは二人の目の前に魔法で障壁を張る。それと同時に、飛んできた「何か」はいきなり爆発した。かなりの大きさの爆発だ。まともに食らっていたら二人の木っ端みじんだったかもしれない。
その飛んできた「何か」が何なのかはわからない。何かを確認する前に爆発した。
「な、何?」
「錬金術で作られた爆弾です!危ないところでした。」
錬金術で作られた爆弾。それを聞いたエスティはこれを悪用したら・・・と考えると背筋が凍る思いがした。
「さすがにこんな攻撃では簡単に防げましたか。」
爆風が消えた後に姿を現したのはユーグリッドだった。ただ、手に持っているのは分厚い本では無い。赤くて丸いものだった。それは先ほど目の前に飛んできた物体、爆弾そのものだった。彼女のそばにはその爆弾が大量に置かれている。
「ですが、これだけの爆弾があったらどうですか?」
「まさか!」
ラーディスが叫んだ瞬間、ユーグリッドは手ものにある大量の爆弾をこちらに投げつけてきた。
「『マジックシールド』!」
ラーディスはすかさず魔法の障壁を張る。目の前で大量の爆弾が爆発する。しかし、爆風は魔法の障壁によって防がれていた。だが、ラーディスの方も限界だった。顔からは大量の汗が流れているのがわかる。
「まずいですね、この量では・・・!」
ラーディスの顔に焦りの色が見える。
ラーディスの魔力に限界が来ているのだ。
それくらいの大量の爆弾がこちらに飛んで来て爆発を繰り返している。
「くっ、もう限界です!」
「・・・大丈夫。あとは任せて。」
エスティが静かにつぶやく。
「『マジックシールド』!」
エスティも魔法の障壁を張る。ラーディスは魔力の限界だろうか、ひざをついてその場でしゃがんでしまう。だが、爆弾の爆風はラーディスには届かない。エスティの魔法の障壁で防がれていた。
それでもなお、爆風がやむことが無い。いったいいくつの爆弾が用意されていたのだろう?爆発の回数を数えている余裕は無い。だがすでに100回以上は爆発しているだろう。
そして、ついに爆発は止んだ。
「いくら魔法の力で防げたとしても魔力が有限。これだけ爆弾が投げ込まれれば全て防ぎきることができないでしょう?」
フフフと笑みを浮かべて爆風が収まるのを待つユーグリッド。手元にあった爆弾はすでに無くなっていた。あれだけの爆弾をすべて投げつけてやったのだ。これで無事でいるはずが無い。そう確信していた。
しかし、爆風の中から現れたのはエスティとラーディスの姿だった。ラーディスは片膝を床につけているものの、エスティは立ったままの姿でそこにいた。
「私たちは・・・無事よ!」
「これは・・・フフフ、なんという魔力!」
ラーディスはこのような状況でも思わず笑い出した。
「どうして!?これだけの爆弾でも無事でいられるなんて!すべて魔法の障壁で防いだというの!?」
「その通りよ!」
エスティは即答する。
ユーグリッドは驚きを隠せない。いくら何でもこれだけの爆風を防ごうとすれば人間の常識を逸脱した魔力が必要になる。それだけの爆弾を用意して投げつけたのだ。
「どうして!?普通ならこんなに魔力が保つはずは無いのに!」
「さぁ、今度はこっちの反撃よ!『ボルガノン』!」
「くうっ!」
ユーグリッドはそれを聞いて素早くその場から体を移動する。さっきまでユーグリッドがいた場所には巨大な火柱が立ち上っていた。判断が一瞬でも遅れれば自分の体が焼き尽くされていただろう。
だが、エスティの攻撃は終わらない。
「ラーディス!私の魔法で敵の動きを封じるわ!」
「わ、分かりました!」
「『ボルガノン』!」
「くっ、ま、また!?」
ユーグリッドは体を後ろに素早く移動させる。その先ほどと同じ巨大な火柱が上がる。
「まだまだ!『ボルガノン』!」
ユーグリッドは再び体を横に移動させる。その横ではまた巨大な火柱が上がる。
「どうして!?あれだけの魔力を消費していながら、まだこんな強力な魔法が使えるなんて!あいつの魔力は底無しなの!?」
「本当に、私も驚きです。」
ユーグリッドの背後からラーディスの声がした。
「師匠!?しまっ!」
「魔法に気を取られて、私の動きに気がつかなかったようですね。でも、これで終わりです!」
ラーディスは仕込み杖でユーグリッドの胸を背中から突き刺した。
「あなたの負けです。ユーグリッド。」
そう言ってラーディスは仕込み杖の刃を引き抜く。そこからは大量の血しぶきが舞った。ラーディス本人も大量の返り血を浴びる。しかし、その場から動こうとはしない。
「うっ、こんな・・・ところで・・・死にたくない・・・」
ユーグリッドはそう言い残し、床に倒れ、二度と起きることは無かった。
ラーディスの元に駆け寄るエスティ。
「な、何とかやったわね、ラーディス!」
「えぇ、あなたのおかげです。エスティ。でも、あれだけの魔法を使って、何ともないのですか?」
「えっ、何が?」
即答するエスティ。
「いえ、今回の戦い、常人なら倒れてしまいそうな魔法の扱い方をしていたもので。」
しかし、ラーディスが見たところ、息切れしているとか、立っていたとしてもふらついているとか、そのような様子は見受けられない。いつものエスティが目の前にいた。
「うーん、私は全然平気なんだけど...」
「どうやら、私はとんでもない逸材を見つけてしまったようです。さしずめ、無限の魔力を持つ魔術師と言ったところですかね。フフフ・・・ハハハ・・・!」
豪快に笑い出すラーディス。エスティはきょとんとした目でラーディスを見つめる。
「あっ、ラーディス!そんなことより!リース達の所に戻ろう!」
「!そうですね。ユーグリッドが倒れたらならば、アーヴィンの活動も停止しているはずです。」
二人はリース達とアーヴィンが戦闘を続けている、二階へと駆けだしていった。
一方、二階では。
「邪魔をするなぁ!」
アーヴィンの強烈な一撃がリースを狙う。
私は間一髪のところで後ろに飛び、その攻撃をかわす。アーヴィンの攻撃は床を叩く。床はその衝撃で砕け、破片が周りに飛び散る。
これだけの破壊力を持つアーヴィンの攻撃。しかも体が精霊銀でできているせいか、その攻撃は非常に素早い。今はまだ動きについて行けるが、戦闘が長期になると明らかにこちらが不利だ。
「リース!このままでは!」
「大丈夫!切り札があるわ。ラーディスに教えてもらった魔法、ここで試す!『ウィンドヴェール』!」
体が薄い風に覆われる感じがした。体が軽い。これならば敵の攻撃をかわすこともたやすい。
すぐさま私も反撃に転じる。私の振るった斬撃はアーヴィンの右腕に阻まれる。しかし、左腕での反撃を繰り出す頃にはそこには私の姿は無かった。すぐさまその場でしゃがみ込みさらなる斬撃を繰り出す。
アーヴィンもその動きに反応する。そのまま両腕を真下に叩きつけた。だが、その一撃は床を砕いただけで、すでに私の姿は無かった。
「くっ、ちょこまかと動きおって!だが、そんな攻撃では私には通用せんぞ!」
確かにアーヴィンの言うとおりだった。私の斬撃は命中しているもの、アーヴィングの体には傷一つついていない。やはり、精霊銀の剣では精霊銀の体に通用しないのか?
「ブルグレイ、どうする?このままでは勝てないわよ?」
「我々は姫様達がユーグリッドを倒すまでの時間を稼げばいい。そうすれば勝手に自滅するはずだ。」
「でもそれでは・・・。」
私は最悪の状況を想像する。例えばユーグリッドを倒してアーヴィンの体が元に戻ったとする。そうした場合、相手にしなければならないのはアーヴィンその人だ。私はもちろんブルグレイも彼に一度も勝利したことは無い。そうなった場合に私たちは勝つことができるのか。
「ブルグレイ、これはひょっとするとなんだけど。」
「ん?」
アーヴィンはゆっくりとこちらに歩いてくる。その隙に私はブルグレイに小声で話しかける。
「アーヴィンは体のほとんどがゴーレムだけど、顔だけは人間の、アーヴィンのままじゃない?ということは顔は私の剣でも通用するかも。」
「ふむ。言われてみれば。」
ブルグレイは足下にある岩のかけら、アーヴィンの攻撃で砕けた床や壁の一部を二つ拾い上げ、一つはアーヴィンの体に投げつけた。
アーヴィンはその岩を避けも何もしない。ただ、まっすぐに、こちらに向かってくる。
次にアーヴィンの顔を狙って岩を投げつけた。アーヴィンはこちらに向かってくる足を止め、腕でその岩を、顔に当たらないように防いだ。
「なるほど。リースの読みの通りだな。」
顔に直撃する岩を避けるとするならば、そこは精霊銀でできていない、生身の人間の部分だと言うことだ。ならば狙いは一つ。
アーヴィンの顔を狙う。
私たちはお互いに顔を合わせ、頷く。そして同時に動き出す。
まずは魔法の力で動きの速い私が攻撃を仕掛ける。アーヴィンは右腕でその攻撃を受け止めた。それと同時にすかさず左腕での反撃を行う。しかし、魔法の力で動きが強化されている私は素早く引き下がり、難なくその攻撃をかわした。
続けてブルグレイが腕の真下に入り、手にしたロングスピアで直接アーヴィンの顔を狙う。
「ふん、甘いっ!」
アーヴィンは目の前にある、私の攻撃を受け止めた右腕と、私を殴ろうとした左腕をそのまま真下に叩きつけた。
「ぐわあぁっ!」
「ブルグレイ!」
しかし、このまま攻撃の手を緩めるわけにはいかない。両腕が下にあるので、顔の部分はがら空きだ。私はそこを狙いジャンプして顔めがけて剣を振り下ろす。
このスピードならば確実にアーヴィンの顔を直撃することができるだろう。
しかし。
私の体の動きが急に鈍くなった。
「しまっ・・・!?」
次の瞬間、アーヴィンの下からのアッパー攻撃。私の体を直撃し宙を舞う。
魔法『ウィンドヴェール』の効果が切れてしまったのだ。元々魔力の高くない私の魔法だ。そんなに長くは持たないと思っていたが、こんなに早く、こんなタイミングの悪い所で効果が切れてしまうとは。
アーヴィンの攻撃を直撃してしまった私とブルグレイ。まだ立ち上がることはできない。
「ふん、私の顔を狙おうとしたところまではよかったが、ここまでのようだな。これからとどめを刺してやる。まずはリースからだ。」
アーヴィンの足音が私の方へ近づいて来る。私はそれから逃れようと必死に体を起こそうする。しかし、体が思うように動かない。
「ぐっ・・・。」
もうこれまでか。
そう思った瞬間。
アーヴィンの足が止まった。
「ぐっ、なんだ!?」
アーヴィンは両膝、両手を床につけて倒れる。
「か、体が動かん!何だ!?私の体に何が起こっているのだ!?」
そして、アーヴィンの体は少しずつ崩れていく。その形状を維持できないようだ。少しずつ体が砂と化していく。もう一歩どころか、体を動かすこともままならない。
この状況で考えられること。
それはエスティ達がユーグリッドを倒すことができた。ということ。
ならば今しかチャンスはない。
私は最後の力を振り絞り、剣を支えとして立ち上がる。
「てやぁぁああっ!」
そして、苦しみ倒れているアーヴィンの元へ駆け出し、顔に剣を突き刺す。渾身の力を込めて。
「ぐわぁぁっ!」
叫び声と共に崩れていくアーヴィンの体。そして、最後には全て砂となり、その後には私の剣だけが残っていた。
「やった・・・倒した・・・」
私はその場にうつぶせのまま倒れた。もう指一本も動かすことができない。呼吸も乱れている。
「リース!ブルグレイ!」
懐かしい声がする。この声は・・・エスティ?
「ラーディス!どうしようこのままじゃ!」
「大丈夫です。」
ラーディスは服の下からガラス瓶を取り出す。その中には透明な液体が入っている。
「それって?」
「・・・これが錬金術の本来の力です。」
そう言って、ラーディスはガラス瓶のふたを取り、中の液体を私の体に振りかける。
とても暖かい感触が私の体を覆う。
そして、私の体から体中をむしばんでいた痛みが消えていった。呼吸も次第に通常に戻る。
「リース、立てますか?」
ラーディスの声だ。私は指を動かしてみる。・・・普通に動く。私はゆっくりと立ち上がった。そばにはエスティがいる。エスティが私の体を支えてくれる。でも、もう大丈夫。私は普通に立つ事ができた。これが錬金術の力・・・。
「錬金術は人を助けるための力。決して人を傷つけたり、金儲けのための力ではありません。ユーグリッドはそれを理解することができなかった。全く残念な事です。私の力が足りなかったばっかりに。」
そう言って、ラーディスは同じ液体をブルグレイにも振りかける。
しかし、そんな悠長なことをしている場合でもなかった。一階の、階段の下が騒がしい。
「いたぞ!侵入者だ!弓兵!構え!」
階段の下では大量の帝国兵が待ち構えていた。二階であれだけの激しい戦闘が行われたのだ。城内の兵士が集まったのだろうか。
「いけない!このままでは!」
「撃て!」
「させない!『アースウォール』!」
私たちの目の前の岩が盛り上がり、巨大な壁が完成した。その壁が敵の放った弓を完全に防いだ。
今の状態ではまともに戦えるのはエスティだけ。ラーディスは魔力を使い果たし、私とブルグレイは立っているものの先ほどの先頭での傷が完全に癒えているわけではない。
「『ロックシュート』!」
目の前の巨大な岩の壁が崩れ、それらのかけらが敵兵士へ向かって飛んでいく。これだけでも敵兵士たちは大混乱の模様だ。今なら脱出は可能かもしれない。
「まとめて燃えちゃえ!『ファイアーボール』!」
「えっ!?ちょっとやり過ぎじゃない!?」
私の声も虚しく、巨大な炎の塊が敵兵士に向かって飛んでいく。一階階段前は火の海となってしまった。
「これくらいで良いでしょう。これ以上は私たちも脱出できなくなります。リース、ブルグレイ、走れますね?」
「うん、なんとか。」
「これくらいならば問題ありませんぞ。」
私たちは脱出口である女性用トイレへと駆けだした。
脱出口ではミーチェが待っていた。私たち全員が入り口に入ったところでミーチェは仕掛けを動かし、入り口を塞ぐ。そしてミーチェの案内でレアードの元へとやってきた。そのそばには帝国兵からかくまってもらっているルチアの姿もある。
私たちがまず最初にレアードに確認したいこと。それは。
「帝国軍はどうなったの?ゴーレム部隊は?」
「あぁ、あれは見物だったぜ。なんせ300体ものゴーレムが一気に崩れたんだ。その光景を目にした帝国兵の驚きようといったら。お前達にも見せてやりたかったぜ!」
ガハハと大声を出して笑い出すレアード。どうやら帝国の侵攻は防げたようだ。この話を聞いて私は胸をなで下ろした。これで全て終わったのだ。
いや、全てはエスティが選択した道だ。私はそれに従い、付いていき、エスティを守った行動の結果だと思う。しかし、今思えば帝国相手に喧嘩を売るような行為をしているのが不思議でならない。元々は自由を求めて冒険者となったはずだったのに。そう考えてしまうと自然に顔に笑みが浮かんでしまう。
「?何がおかしいの、リース?」
「ん?・・・何でも無いわよ。」




