グリスデルの錬金術士
グリスデルはかつてラングノート王国の南部、レスドゥの町に近い場所にあった。レスドゥの町からはおよそ4日程度の距離だ。現在はガストール帝国がラングノート王国を滅ぼしたことから、帝国の支配下にある。そして、私の剣を作った錬金術士はグリスデルに住んでいた。
サイフォンが話していた「ガストール帝国の地下組織」による情報ではその錬金術士は今も生きているそうだ。
しかし、今の私たちに正体がばれるのは非常にまずい。先ほどの戦いで、今は帝国の軍門に下ってしまったアーヴィン将軍に私たちの存在を知られてしまっている。すんなりと町の中には入ることはできないだろう。
とりあえず私とエスティはサイフォンに言われるがまま、深いフード付きのローブを身につけ、馬車の荷台の奥に隠れて乗っている。私は折れた剣と、そして、もう一つの、安物の剣を持っている。といっても見つからないように隠し持っているのだが。これは万が一のための護身用だ。実際に戦闘になっても武器がなければ戦うことも、エスティを守ることもできない。
そして、顔はもうお互いが誰だか分からないくらいに真っ黒に汚している。これならば万が一兵士に荷台を調べられても正体は分からないはずだ。
「本当にこれで大丈夫なの?」
「たぶん。サイフォンさんもこれで何度か進入したって行ってるし。信用して良いんじゃないかな?」
今はサイフォンを信じるしかない。
私たちを乗せた馬車はグリスデルの町の入り口にさしかかる。
「止まれ。」
案の定、町の入り口の門番に止められた。
「荷馬車の中を見せてもらうぞ。ん?誰だお前は。顔がよく見えないな。顔をよく見せろ。」
私たちは深く被ったフードを少しあげる。少し目が見える程度にまで。
「・・・なんだ、小汚いオバサンとガキか。よし、通って良いぞ」
馬車は再び動き出す。
「何なのよ!あの兵士は!」
「まぁまぁ。でもよく我慢したわね。私ももう少しでぶっ殺してやる所だったわ。」
「むぅ!」
兵士に声が届かなくなったところで思い思いの不満をぶちまける私たち。そうしているうちに馬車は止まった。ここはどうやら、町の中心から少し離れた道具屋の前のようだ。
「とりあえず、リースの剣を作った人の所に行きましょう。」
私たちは馬車をここまで引っ張ってきた業者にお礼と少しの賃金を支払って、この場所を後にした。
「こっちよ。」
私はこの町にも何度か来たことがある。もちろん私の剣を作ってもらった錬金術士の工房の場所も分かっている。気のせいか大通りを歩く人の数が少ないように思える。これも帝国が侵略戦争を繰り返している影響だろうか。
私は町の大通りから脇の小道に入り、さらに奥に進む。まわりは人気のない民家ばっかりだ。始めてここに来る人にとっては、とてもこんな所に錬金術士の工房があるとは思えない。
「本当にこんな所に住んでいるの?」
「あまり目立たないように暮らしているからね。ほら、ここよ。」
私たちはある一件の家の入り口の前で止まった。その家はお世辞にも大きい家とは言えない。今にも崩れそうなボロボロな家だ。ドアは少し腐り始めた木材でできており、注意深く見れば隙間から家の中の様子が見えてしまう。
「本当にこんな家に人が住んでいるの?」
「こら、失礼なこと言わない。」
私は家のドアを軽くノックする。本当に軽くだ。強くノックすると崩れてしまう。
家の中から女性の声が聞こえる。
「はーい!どちらさまですか?」
私の聞き覚えのある声だ。
「私です。リースです。」
家の中の女性は木の隙間から家の外を覗く。私もその隙間から顔を覗かせる。
「・・・失礼ですが、フードを取って頂けますか?」
「はい。」
私は被っていたフードを取った。すこし黒く汚い顔ではあるが、私がリースであることを確認できたようだ。家の中の女性はドアにかけられた簡単な鍵を外し扉を開ける。
(早く中に入って!)
現れたのは見た目エスティと大差ない背丈の女性だった。と、彼女は私たちの手を掴み引っ張ると家の中に強引に引き入れた。あまりの勢いに転倒してしまう私とエスティ。私たちがエイの中に入るのを確認するとすぐにドアを閉め、鍵をかける。
「ふぅ。リース!久しぶり!」
「久しぶりじゃないわよ!一体何が起こっているの!?」
「ごめんね、最近ガストール兵士の見回り厳しくなって。こうしないとまた怪しまれるから。」
そして、一息ついて、彼女は話を続ける。
「ラングノートが落ちたって聞いた時は、心配でしょうがなかったけど、無事でいてくれてなによりだわ。・・・で、こちらの方は?」
「あ、この子は、私今冒険者やってるんだけど、今の相棒よ。」
「エスティです。よろしく!」
「うふふ、よろしく、エスティさん!私はルチア。ここで錬金術士ラーディスの助手をしています。」
簡単に自己紹介を終えたところで、改めて部屋の中を見渡す。以前この場所を訪れたときもそうだったが、いや、今はそれ以上の散らかりようだ。部屋のあちこちに見たことの無いような道具が散らかっている。一見しても使い方は不明な物ばかりだ。一応炊事場とベッドは確保されているようだが。
そして、私の目の前にいるルチア。彼女はこの町に住む錬金術士の助手を勤めている。年齢は私よりも少し若い20代前半と言ったところだ。彼女はこの家に住み込みで働き、家の主の身の回りの世話をしている。しかし、それとは別に、彼女は彼女独自である研究をしているという噂だが。
「まぁ、適当なところに座ってよ。」
とはいってもこの部屋には椅子と呼べる物は何処にも無い。私たちは適当に座れるものに適当に腰掛けた。
「ところで、あのエロ親父はどこにいるのかしら?」
「あら、今回は師匠にご用なの?珍しいわね。」
私の言うエロ親父とは、この家の主、錬金術士のラーディスの事だ。普段ならばあんなエロ親父の顔を見るためにわざわざこんなボロい家にまで来ることはない。ルチアにここに来た理由を告げる。
「うん、ちょっとね・・・剣が壊れちゃったんだ。これ。」
私はルチアに、真っ二つに折れてしまった剣を見せる。
「あちゃー、ポッキリいっちゃってるわねー。確かにこれは師匠じゃないと直せないわね。」
やっぱりこの剣はルチアでは直せないようだ。まぁ、元々助手という立場なので正直期待はしていなかったが。やはりこの剣の修復にはエロ親父、もといラーディスの力が必要だと言うことか。しかし、肝心のラーディスはこの場にはいない。一体どうしたことだろう?
「・・・で、そのラーディスは?」
「師匠はいま帝国軍に囚われているのよ。」
「えっ?どうして!?」
あの男が帝国軍に囚われている。もしかして、町の女性に手を出して婦女暴行罪で逮捕されたのだろうか?
「いきなり帝国軍の兵士がここにやってきて、新兵器の開発に力を貸してくれって言ってきて。師匠が断ったらそのまま連行されていったわ。」
その言葉を聞いて少し安心した。婦女暴行罪ではなかったようだ。
「今頃はたぶん、軍施設の牢屋の中・・・。その日以来、帝国軍兵士もこの辺りをうろつくようになって。おかげでお買い物にも行けなくなったわ!」
「・・・そう、いったいどうすれば・・・。」
彼がいなければこの剣は直すことができないのだ。ここまで来て無駄足になってしまうのだろうか?今更私の愛用の剣を探すわけにはいかない。私の愛用の剣はこれ以外に考えられない。私がエスティの元で、親衛隊として行動をすることになってから肩身離さず持ち歩いていた、いわば相棒みたいなものなのだ。これから一体どうすれば・・・。
と、ルチアが外の、何者かの気配に気がつく。
「!兵士が来るわ!みんな隠れて!」
「えっ!?隠れてって何処に!?」
「ここ!」
と言って、ルチアは私の座っていた、なんだか訳の変わらないオブジェの近くにある床に手を伸ばし、床下の扉を開ける。近くにあっても全く気がつかなかったいわゆる隠し扉だ。「こんな所に扉があったの!?」と思った瞬間、
「ってうわぁぁぁあ!」
私は一瞬何が起こったのか分からなかった。何が起こったのか、立ち上がり周りを確認仕様とした瞬間。
「きゃあぁぁあ!」
私の体の上にエスティも落ちてきた。エスティの体は私の背中を直撃する。そして上の穴、私が落ちてきた扉が大きな音を立てて閉じる。
「いったーい!何なのよいきなり!」
「あたた...エスティ大丈夫?」
「な、なんとか...。」
「それより、どいてくれない?」
「え!?あ、ご、ごめん!」
私の体の上から起き上がるエスティ。そして、私も起き上がる。一体ここは何処だろうか?それよりもルチアはこんなに強引な女性だったのだろうか?いろいろ疑問がわき上がるがとりあえず今の状況を把握しなければ。
どうやら私たちはルチアに床下へと突き落とされたようだ。
私のいる場所はわっずかながら天井からの光が差すため、周りの確認ができるが、奥へ続く通路があり、その先は真っ暗で何も見えない。
私は中の様子を確認しようと、荷物の中からたいまつを取り出す。と、その瞬間。
私の顔のすぐ横でカキンした音。ナイフが飛んできて私の後ろの壁に当たった音だ。
「な、ナイフが飛んできた!?」
「くっ!いったいどこから!」
「今のはわざと外したんだよ。あたいの投げナイフは百発百中なんだから。それよりあんたたち何者?」
「あ、あなたこそ!」
女の声は通路の奥の暗闇の中からだ。その姿は確認できない。相手は敵かどうか分からない。しかし、どんな状況であろうとエスティを守らなければならない。私はエスティをかばおうと前に出る。相手の武器は投げナイフだ。この程度ならば私の持っている安物の剣でも防ぐことができる。しかし、状況は最悪だ。なにせ、敵の姿が見えない。それでも私は剣を鞘から抜き敵の攻撃に備える。
「何?あたいと戦おうというわけ?だったら今度は外さないよ!」
「くっ!」
もし敵がもう一度攻撃を仕掛けようしたら、間違いなく相手の投げナイフが私の体を直撃してくるだろう。それでも私は暗闇の中へ突撃し敵を攻撃しなければならない。正直この暗闇なので私の攻撃は簡単にかわされ私は命を落とすかもしれない。でも私はその覚悟だ。
その様な緊張の時間がすぎていく。わずかならがもとても長く感じた。
そのとき、私の上から光が降り注いだ。私たちは思わず見上げる。そこには床の扉を開けたルチアの姿があった。
「二人とも無事?って何やっているのよ!戦うの止めなさーい!」
「ルチア!?こいつら、ルチアの知り合い!?」
「そうよ、ミーチェ。彼女は元ラングノートの騎士リースとエスティで私たちの仲間よ。分かったらそのナイフしまって。」
私は、今まで暗闇で見えなかった通路の奥の方を見る。天井からの光でその姿は何とか確認できた。その姿はルチアよりもエスティよりも遙かに若い、10代の少女と言ったところだ。
天井からの光で中の構造も見えるようになった。中は土を掘って作られた人工の通路だと思われる。所々、木やレンガなどで壁や天井を補強している箇所もいくつか見受けられる。
「ルチア、彼女は?」
ルチアは床の扉から下ろされた梯子を下りて私たちとミーチェと呼ばれた少女の間にはいる。
「彼女はミーチェ。帝国に対するレジスタンス活動を行っているメンバーよ。」
レジスタンスのメンバー?サイフォンが言っていた協力者というのは彼女のことだろうか?
「って言っても今の戦力じゃ表だった活動はしていないけどね。今は諜報活動がメインかな。」
「ってことはサイフォンさんが言っていた仲間って、あなたの事だったの?」
「えっ、サイフォンを知っているの?なんだ、だったら早く言ってくれれば。」
「言う前に仕掛けてきたのはそっちじゃない!」
「えーそうだったかな?あはは・・・」
こいつ・・・一回切り刻んでやろうか・・・。
「で、ここに来たのは何の用?」
「リースの剣を直しに、師匠に会いに来たというんだけど・・・」
「ラーディスねぇ。私だけではどうにでもできないね。」
「そうね。まずはあの人に会ってもらおうかしら。」
「そうだね。」
このままでは二人だけで勝手に話を進めてしまいそうだ。エスティなんて完全に蚊帳の外だ。そもそもあの人とは誰のことだろう?レジスタンスのメンバーにはまだ他にいるのだろうか?
「あの人?」
「私たちのリーダーだよ。レアードっていうんだ。まぁ、私の後についてきてよ。案内するよ。」
ミーチェはたいまつに火をつけ私たちを奥へと案内し、私たちはミーチェの案内で暗闇の通路の奥へと進む。中ははやりたいまつがないと道が分からないほど相当暗い。ルチアも私たちの後に続く。彼女もレジスタンスのメンバーだろうか?
「ってことはルチアもレジスタンスのメンバー?」
「一応ね。表だっては行動できないけど。ほら、私って、錬金術士の弟子だから。完全に兵士達にマークされているの。怪しまれるのは避けたいからね。」
身の保全のためだろう。彼女の判断は正しいと思う。彼女は戦う術を持っていない。兵士を相手に戦うとすれば命を落とすことになりかねない。
暗闇の通路はまだ続く。所々分かれ道もあるようだがミーチェは迷うことなく暗闇の通路を進んでいく。
「結構入り組んでいるのね。」
エスティが口を開く。
「昔ここにはお城があったんだ。元ラングノート王国の支配下に置かれる前よりかなり昔の頃の話だけどね。ここは王族が脱出用に作られた地下通路なのさ。あ、私から離れないでね。一度迷うと出られなくなるよ。」
「うへぇっ!」
私が元ラングノート王国の支配下以前の話は全く知らない。私が生まれ、エリスティーナ王女の親衛隊となった頃にはすでにラングノート王国の支配下に置かれていた。きっとそれ以前に作られた地下通路なのだろう。残念ながら私はそのあたりの歴史には相当疎い。それ以上に王宮の授業をサボって逃げ回っていたエスティにとってはお話にならないレベルのことだろう。
そうこう考えている内に、私たちは一枚の大きな扉の前にたどり着いた。
「さぁ、ついたよ。」
ミーチェは扉のドアを開き、中にいると思われる人物に声をかける。
「入るよ。レアード。」
私たちは大きな扉の中に入った。そこにいたのはかなり体格の大きい、口の周りに豪快な髭を生やした大男が座っていた。中は思った以上に明るい。とは言ってもたいまつを燃やしているわけではなく、部屋に飾られているいくつかの水晶が光って部屋の中を照らしている。以前エスティが言っていた『紅水晶』と呼ばれる物だろう。
大男の前には簡単なテーブルが置かれている。椅子は8人分用意されている。周りの壁には鎧や剣、槍などが飾られている。中には見たこともないような丸いボール状のものまで置かれている。とにかくそんなものたちで少し散らかった感じのする部屋だ。
「おう、ミーチェとルチアか。ん?見ない顔がいるな。」
私が入ってくるなり、その大男が言った。
「彼女はリースとその仲間のエスティさん。サイフォンさんのお知り合いだそうですよ。あ、彼が私たちレジスタンスのリーダー、レアードです。」
「はじめまして。エスティです。」
「リースです。」
私たちは簡単な挨拶を済ませる。
「おう、あいつの知り合いか。やつの仲間なら同時に俺たちの仲間だな。あ、俺がレアードだ。まぁ、適当に座ってくつろいでくれよ。」
私たちたちは言われるがまま近くにあった椅子に座る。なんというか、よく言えば豪快な、悪く言えばものすごく適当な、そんな感じのする男だろ思う。本当にこんな男がリーダーでレジスタンス活動は大丈夫か?とも考えてしまう。
「で、早速だが何の用だ?」
大男はどっしりと椅子に座り、私たちをにらんで話しかける。
「リースの折れた剣を直すのに師匠ラーディスを救出したいんです。」
「この剣を作ったのはラーディスなんです。なので、この剣を直せるのも彼しかいなくて。」
と、私は折れてしまった剣を見せる。
「おう、いいぜ。」とレアード。
「決断早っ!」とエスティ。一層不安になってきた。
「まぁ、レアードは元々こういう性格だからね。」
「あれこれ難しいことを考えるのは嫌いでね。こればかりはしょうがないとあきらめてくれ。」
しかし、助けると言っても具体的な話は何も決まっていない。まずラーディスがどこにいるのかも私は知らない。地図もないのに都市の中の個人宅を訪問しろと言っているようなものだ。それにここは敵の、帝国のまっただ中だ。下手に動けばこちらも捕まってしまいかねない。私はダメ元で確認する。
「・・・ですけど、作戦はあるのですか?」
「この地下通路の話は聞いたか?」
「はい、かなり昔に、王族の脱出用に作られたと。」
「ラーディスは元々お城があった場所の牢屋に囚われている。そして、この地下通路はその牢屋にもつながっている。つまりはこの通路を使えば簡単に救出させることができるのさ。」
「ということは皆さんはラーディスの居場所はわかっているというのですか?」
「当たり前だよ。私たちを何者だと思っているんだい?レジスタンス活動は名ばかりだけど主に諜報活動でサイフォンに情報を流しているんだ。それくらい知っていて当たり前だろ?」
と、ミーチェは少し興奮気味に話す。
しかし、この地下通路を使って救出に向かうとするならば、一つ懸念事項がある。
「地下通路から牢屋に侵入したとした場合、あなた方の身が危険に晒されるのでは?」
「実はな、帝国はまだこの地下通路の存在を知らねぇんだよ。それに相当入り組んでいる地下通路だ。もし侵入したとしてもここにたどり着けずに迷子になって餓死してしまうぜ。」
そう言われると、私たちは非常に恐ろしい場所にいることになる・・・。
「何だったらいっそうのこと、私たちが侵入口を爆破して塞いじゃったら良いんじゃない?」
「おっ、それいいねぇ。採用。」
「でもいつかは突破されちゃうんじゃ...。」
「まぁ、それでもダメだったらここを放棄してどこかに逃げるさ。潜伏は得意なもんでね。」
そんな感じでラーディス救出作戦の内容を決めていく私たち。でも率直に思った感想はこのエスティの一言に限る
「なんだか、いろんな意味でとんでもない人だわ・・・」
とりあえず、決まったラーディス救出作戦の内容はこうだ。
ラーディスは昔王城があった場所の牢屋に閉じ込められている。私たちは地下通路を使用し、その牢屋へ侵入し、速やかに牢屋からラーディスを救出する。そして、ラーディスを連れて地下通路に戻ったあと、私たちの侵入口を爆破し、完全に塞いでしまう。ということだ。
「とりあえず、地下通路の案内と侵入口爆破の件はお任せします。決行は今夜でどうでしょう?」
「あぁ、問題ねぇ。ミーチェ、あとはよろしくな。」
「わかったわ。」
その日の夜。私とエスティはミーチェの案内で暗い地下通路を進む。レアードのいた部屋からかなり遠くまで歩いてきた。ミーチェがいなければ私たちはもう帰ることはできないかもしれない。
一応ルチアはレアードの部屋で待機してもらうことにした。ラーディス救出後、彼女の身に危険が及ぶかもしれない。万が一のためだ。
やがて私たち三人は地下通路の奥深く、ある壁の前で足を止めた。ここまでの地下通路は土を掘って作られた構造になっているが、目の前の壁は石が積み上げられて作られた壁だ。一目でこの先が元王宮の中、敵のまっただ中だと言うことがわかる。
「この裏がラーディスのいる牢屋だよ。準備はいい?」
私とエスティはお互いの顔を見てうなずく。
「オーケー。」
「いつでもいいわ。」
決意はかたまった。
「それじゃあ、行くよ。」
ミーチェは石壁の右下にある、他の石壁よりもわずかに突起している部分を強く押した。それと同時に岩同士がこすれ合って生じる大きな音が鳴り響き、目の前に砂ほこりが舞う。そして、砂埃が消えたと思ったら目の前には人一人通れる程度の隙間ができていた
「なっ、なんだ!?いきなり壁が開いたぞ!」
「ってか誰だ貴様ら!」
運悪く、通路が開いた場所の近くには身を鎧で固めたガストール帝国の兵士二人が待機していた。彼らはこちらの存在に気がつき、迎撃態勢をとる。
やばい!と思った瞬間。
「ぐわあっ!」
帝国兵士の、鎧に覆われていない顔の部分にナイフが刺さる。それと同時に二人の帝国兵士は仰向けに倒れた。遠くからこちらに向かう多くの足音が聞こえる。敵も事態の異変に気がついたのだろう。ここに敵兵士が集まるのも時間の問題だ。
すでに数人の兵士がこの場に駆けつけた。が、その兵士達も鎧で覆われていない顔の部分にナイフが投げつけられる。すべてミーチェが投げたナイフだ。彼女が言っていた、百発百中という言葉には嘘はないようだ。
「時間が無いよ!ここはあたいに任せて、あんた達はラーディスの所へ!」
「わかった!」
エスティは倒れた兵士が落とした鍵を拾った。おそらくこれが牢屋の鍵だろう。ラッキーだ。鍵を探す手間が省ける。私とエスティはその鍵を持って牢屋の中を駆け回った。この牢屋の中のどこかにラーディスがいる。まずはその場所を確認しなければならない。
「ラーディス!どこっ?」
私はラーディスの名前を叫びながら、それぞれの牢屋の中を確認して回った。ほとんどが空っぽの牢屋だ。ここにとらわれているのはラーディスただ一人、そんな気がしてきた。
そしてそのまま探し続けて、しかし見つからないまま牢屋の一番奥までやってきた。その牢屋の中を覗くと見覚えのある顔をした人物を見つけた。彼は私の姿を確認するなり、
「ん?なんか騒がしいと思ったらリースですか。どうしました?」
全く緊張感の無い声で話しかけてくる男。長髪でメガネをかけている、一見すればインテリ系の、しかし年齢は40を越えた中年の男性、彼こそがラーディスその人だ。
「今助けるから!エスティ、鍵を!」
「う、うん。ちょっと待って。えっと、どれが合う鍵なんだろ。えーい!片っ端から試してみるか!」
エスティは持っている牢屋の鍵を片っ端から鍵穴へ差し込んでみる。しかし、一向に鍵が合い牢が開く気配は無い。
「エスティ!早く!」
「ああっ!もう!焦るともう訳がわかんなくなって!」
こうしている間にもガストール帝国兵はこちらに集まってくる。今はミーチェが得意の投げナイフで進行を食い止めているが、それもどこまでもつかわからない。とにかく今は時間との勝負なのだ。
「あぁ、あの、ちょっと下がってもらえますか?」
とラーディス。
「えっ!?」とエスティ。
「私の錬金術で鍵を開けます。フンッ!」
ラーディスが右手の手のひらを牢屋の鍵にかざし、光ったと思った瞬間、牢屋の鍵は爆破音と共に粉々に砕け散った。そして、ラーディスを閉じ込めていた牢屋は簡単に開いてしまった。
「すごーい!開いちゃった!」
「もしかして、逃げだそうと思ったらいつでも・・・」
「まぁ、そんなところですね。でも逃げたら逃げた兵士たちのど真ん中ですからめんどくさいですし。」
確かにここは敵地のど真ん中だ。この状況で脱出をはかろうとするのは自殺行為に等しい。
「それよりリース、久しぶりですね。会いたかったですよ。」
その言葉と同時に、ラーディスは私の決してふくよかではない(だからといってまな板でもない)私の胸を両手で触りだした。背中に寒気が走る。・・・これだから私はラーディスに会いたくなかったのだ。
「いきなり胸触るやつがいるかぁぁぁっ!このスケベ親父があぁっ!」
私はラーディスが私の胸に近づけると同時に肘でラーディスの後頭部を打つ。その衝撃でラーディスは地面に顔面から落ち、メガネが顔から外れる。
「まったく、スケベなのは変わってないんだから!」
「それより、早く逃げようよ。兵士が来ちゃうよ。」
「そうね。ほら、いつまで寝てるの、ラーディス。早く行くわよ。」
私はまだうつぶせに倒れているラーディスに手を差し出す。ラーディスはヨロヨロと起き上がり、落ちたメガネをかけ直し、私の手を借りて立ち上がった。もちろん、私は次のセクハラが来ないか警戒をしながら。
「くそっ、思ったより敵の数が多い!リース達はまだなの!?」
ミーチェの目の前には20人程度の帝国兵が立ちふさがっている。すでに手持ちの投げナイフは使い果たしていた。ミーチェは倒した帝国兵から奪ったショートソードを手にして戦っている。とは言っても防戦一方だ。帝国兵の剣の攻撃を奪った剣で何とか防ぎながらリース達が戻ってくるのを待っていた。
「ミーチェ!お待たせ!」
「リース!遅いよ!このままじゃ脱出できない!」
私が前を見ると、ミーチェ達が入ってきた入り口は帝国兵側にある。彼ら帝国兵を押し返さないことには脱出することは不可能な状態だ。
「私に任せて!ミーチェはその場に伏せて!『ライトニングボルト』!」
その言葉度と同時にミーチェがその場に伏せると、その頭上を一筋の光が通り、その直後に大きな稲妻による爆発音が聞こえた。目の前にいた帝国兵はその電撃でその場に次々と倒れる。
「ミーチェ、下がって!もういっちょ行くよ!『ファイアボール』!」
大きな炎の塊が帝国兵に向かって飛んでいき立ち残っている帝国兵を焼き尽くす。この攻撃で私たちが入ってきた入り口までの道は確保された。
「ふむ、これだけの魔法と魔力を持つ少女がいるとは・・・興味深いですね・・・。」
私の隣でラーディスがつぶやく。
私たちは脱出口まで走って急ぐ。それでもその距離までかなりある。帝国兵の出現によってかなり牢獄の奥の方まで追い込まれてしまった。ミーチェ一人では抑えきれなかったのだろう。
しかし、そこのことでミーチェを責める事はできない。ミーチェもラーディスを救出してくれようとした仲間の一人だ。今はなんとかしてこの窮地を脱出するしかない。幸い、エスティの魔法によって、邪魔な帝国兵は除かれ道は確保された。
そのとき、帝国兵の奥の方から足音のような大きな音が聞こえてきた。
「何!?この音は?」
「ふむ、もうここまで完成させていましたか。」とラーディス。
「どういうこと?」
「奴らが戦闘兵器として開発していたゴーレムです。しかし思ったよりも早い。これは驚きですね。」
次第にその姿が明らかとなった。
牢獄天井まで届きそうな大きな人型の体。しかし、その体は人間のものではない。石のようなものの塊が集められて一体の人形が作られているような体だ。そしてその大きな体で脱出口への入り口が塞がれてしまった。
「くっ、こんなやつ!」
「いけない、無理です!下がって下さい!」
ラーディスの制止も振り切り、私はゴーレムに斬りかかる。しかし、相手は石でできた体だ。私の持っていた安物の剣は簡単に折れてしまう。それと同時に私はゴーレムから放たれた強烈なパンチを腹に受けてしまった。
「うぐっ!」
私の体はエスティたちの所まで吹きとばされた。エスティとミーチェの手を借りて何とか立ち上がる。が、ダメージは大きく足下はふらふらだ。ミーチェの支えが無ければ立っていられることもままならない。
「『ファイアーボール』!」
エスティがすかさず魔法を唱え、大きな炎の塊がゴーレムを覆う。しかし、ゴーレムは何事もなかったかのようにこちらにそのままこちらに向かってくる。ゆっくりとした、でも確実な足取りで。
「効かない!?」
「無理ですよ。ここは私に任せてもらいましょうか。」
「えっ?」
そう言ってラーディスは素早い動きでゴーレムに近づき、ゴーレムに手のひらを当てる。それに気がついたのかゴーレムはラーディスに対しても容赦なく攻撃を、強烈なパンチを浴びせようとする。そのとき。
「フゥン!」
ラーディスの手のひらから光が発せされた。その直後ゴーレムの体が動きを止め、一瞬にして、音を立てて崩れ去った。ゴーレムの体はすでに石ころ同然となってしまった。一体何が起こったのだろうか?
「すごい!」
ミーチェはこの光景に喚起の声を上げる。
「あいつも錬金術で生み出された魔法生物。私にとってこれくらいたやすい事です。」
「ど、どういうこと?」
まだ痛む腹を押さえ、私はラーディスに訪ねる。
「相手が錬金術で生まれた生物ならば、その逆の操作をするだけです。そうすれば奴らは錬金術の力で支えられた体は、支える力を失い崩れ去る。」
ラーディスは簡単なことだと言っていると思うのだろうが、私にとっては錬金術士であるラーディスだからできる技なのだと思う。
しかし、これで脱出口への道はできた。邪魔する物は何も無い。私たちは脱出口へ、私はミーチェ肩を借りながら急ぐ。
そのとき、通路の奥から女性の声が聞こえてきた。
「やっぱり師匠ですか。よくも私の試作品をやって下さいましたね。」
「その声はユーグリッド!貴様、自分が何をやったのか分かっているのか!?」
ラーディスの口調が変わった。こんな言葉遣い、今まで聞いたことがない。あの女性とラーディスはなにか関係があるのだろうか?
ラーディスはその女性の方へ詰め寄ろうとする。が、ミーチェとエスティがそれを制止する。
「ラーディス、何やってるの!いまは脱出が優先だよ!」
「くっ!」
ラーディスを半ば引きずるように地下通路へ連れ戻すミーチェとエスティ。私も少し自力で歩けるまで回復した。
「みんな、先に脱出を!あたいは入り口を爆破して塞ぐから!」
「了解したわ。無事に帰ってきてね!」
私たちは一心不乱に暗い地下通路を駆け抜けた。やがて後方から大きな爆発音が聞こえてきた。
「爆破に成功したみたいね。」
「・・・ところでさ、出口どっちだっけ?」
ふとエスティがつぶやく。
走る足を止める私たち。
「・・・うっ、そういえばここって、入り組んでいて、ミーチェ達じゃないと迷子になるんだっけ・・・」
「ラーディスは知らないの?」
「私は今までこの地下通路の存在を知りませんでしたし。」
「じゃあ、ラーディスの部屋に地下通路の入り口があったのは何なのよ!」
「そんなものルチアが勝手にやったことじゃないんですか?」
彼とルチアの関係は何なんだろう。本当に師弟関係なんだろうか?
「私たち、ここから一生出られないの!?」
「私だってこんなところで死ぬのは嫌よ!」
「だったら、死ぬ前にリースとここで一回・・・」
「死ぬ前にお前を殺す!」
みんな思い思いの言葉を叫び続ける。
「リース?そこにいるの?」
地下通路の奥から明かりが見える。
そして、この声は・・・「ルチア!助かったぁ!」
「えぇ、さっき何かを殴る音が聞こえたから。まずはレアードの所へ戻りましょう。こっちですよ。」
さっきラーディスをグーパンチで殴った音のことだろう。しかし、ルチアなら地下通路の構造を十分理解しているはずだ。私たちは助かったのだ。偶然近くを通りかかったルチアに感謝しよう。
「あ、あの、いつまで寝てるんですか、師匠?起きてくださいよ。」
「い、いや、寝ている訳じゃ...。」
私たちはルチアの案内で地下通路を進み、無事にレアードの元へと戻ることができた。そして、牢屋入り口の爆破作業で別行動を取っていたミーチェもやがて再開できた。
「おう、無事に救出できたみたいだな!・・・一人を除いて」
私たちの姿を見てレアードが一言。
「いや、これは怪我のうちには入りませんよ。」
と、私に殴られたほおをさすりながら話すラーディス。
まずは無事に再会できたことを喜ぶべきだろう。私は小さなテーブルに座り、小休憩を取る。徐々にだがゴーレムから受けたダメージも回復してきた。エスティたちみんなも思い思いの行動を取っている。
そういえば、ここまで来た本来の目的を果たさなければならない。
「ところでラーディス、この剣なんだけど・・・。」
そう言って、私は折れた愛用の剣をラーディスに見せる。
「あーポッキリいってますね。でもこれなら簡単に直せますよ。あ、そうだ、面白い素材が手に入ったんですよ。ルチア、あれ持ってきてもらえますか?」
「師匠、あれって何ですか?」
「ほら、あれったら、あれですよ。」
「師匠、あれじゃ分かりませんよ。」
・・・この二人は本当に師弟関係なのだろうか。
「あれです、ほら、あの精霊銀。」
「あぁ、あれですね。ちょっと待って下さい。あ、師匠はここで待ってて下さいね。師匠が地下通路に入ると迷子になりますので。」
それはさっきの帰り道で実証済みだ。そう言い残してルチアはレアードの部屋を出て地下通路の暗闇の中へと消えていく。
「精霊銀?」
エスティがラーディスに訪ねる。
「かなり特殊な金属でしてね・・・通常の鍛錬では加工できないんです。でも、非常に軽く丈夫で大きな力を秘めている金属なんですよ。リースが使うとならば、これ以上最適な素材は無いと思いましてね。今までと全く違う剣に生まれ変わりますよ。」
「へぇー。」
「・・・錬金術に興味をお持ちで?」
「ちょっとね。私にもできないかなって。」
「・・・やめておいた方が良いと思います。錬金術はかなり高度な学問が必要。魔法が使えるからと行って錬金術と両立させるのは至難の業ですよ。」
「そうなんだ・・・。」
肩を落とすエスティ。私としても、ここで魔法と錬金術、二股をかけて中途半端のままにしておくよりも魔法一つに集中して魔法を極めてもらった方が良いと思う。
「でも、あなたの魔法には光る物があります。あとで私が魔法を教えて差し上げますよ。」
「えっホント!?やったぁ!」
エスティが今までに無いくらい食いついてきている。それもそうだろう。エスティは冒険者になるまではほとんど魔法が使えない状態だった。それでもここまで魔法が使えるようになったのはほとんど独学で習得した魔法だ。エスティもこれまで以上に活躍したいと考えているのだろう。そのためには今まで以上に魔法を覚える必要がある。そう考えると魔法の師に出会えると言うことはこれ以上のない機会だと思う。
そんなエスティとラーディスが魔法の話題で盛り上がっているところでルチアが地下通路から戻ってきた。
「師匠、持ってきましたよ!」
ルチアが両手に抱えているのは、銀色の金属の塊だ。ただ、その金属が放つ輝きはただの銀色とは違うようにも見える。少し金属とは思えない、七色の光を帯びているようにも見える、見ている側からしても不思議な金属だ。
「じゃあ、作業に入りましょう。集中したいので一人にさせてもらっても良いですか?」
そう言って、ラーディスはレアードの部屋を出て入り口の扉を閉める。
「さて、これからどうするんだい?ラングノートのお姫様?」
今までの様子を静観して聞いていたレアードの口が開いた。その言葉にミーチェ以外のみんな驚きを隠せない。
「俺たちが何も知らないと思っていたのか?俺たちの諜報活動を舐めちゃいけないぜ。ここにいるヤツはみんな知っているぜ。」
「あの・・・私、今知ったんですけど。」ルチアが口を開く。
しばしの沈黙。
「・・・すまねぇ。」
「ひどいです!私だけ仲間はずれだったんですか!」
「ルチア、おちついて!」
取り乱すルチアを必死になだめる私。ルチアは「知らなかったとはいえ、いままでの無礼をお許しください!」と深々と頭を下げている。それに対してエスティは「気にしてないよ」とは言っているが、ルチアの暴走(?)は止まらない。
「と、とにかくだ。これからどうするか。帝国を潰すんなら手を貸してやっても良いが。」
「残念だけど、それには興味ないし。・・・まずはこの町から出ることかなぁ?そのあとは気ままに冒険者をやっていたいけど。」
「そうか、もう王女エリスティーナには戻りたくないと言うことだな。」
「イエス!」
「まぁ、幸い、ここの兵士達には私たちの顔を知っている人はいなかったみたいだけどね。」
だけど、脱出前に現れた女性。ラーディスが叫んだ名前。ユーグリッドというのが気になる。このことは後で聞いてみることにしよう。
と思ったところでラーディスが戻ってきた。見覚えのある一本の剣を携えて。
「できましたよ。」
「ありがとう。」
私はラーディスが差し出す剣を手に取ってみる。
「うわ、なにこれ、今までのより全然軽い!」
剣を持ったときの感触、重さ、今までの何よりも全く異なっていることに衝撃を受けた。まさに、今まで私が使用してきた剣とは別物だ、という言葉がまさに当てはまるだろう。
まず、持ったときの軽さが全然違う。剣を持っているという感覚がほとんど無いに等しい。これが錬金術を使うことでなせる技なのか、精錬銀を使ったことによる効果なのかはわからない。
そして、刃の部分の輝きも全く異なる。今までは、何人、何体もの人や人外と戦ってきたためほとんど輝きというものは失われていたのだが、この剣は『紅水晶』の光の反射というものもあるのだろうが、光り輝いて見えるように思う。私は剣を静かに鞘に収める。私は心からラーディスに感謝しなければならない。
「お礼はリースの胸で...」
前言撤回。「あなたで試し切りしても良いかしら・・・?」
「・・・ま、まぁ、それは置いといて...、リースの戦いは素早い動きで敵を攻撃するスタイルだから、これが一番最適だと思ったんですよ。それに、この剣は魔力を付与することができます。」
「魔力?」
「たとえば、エスティの魔法でこの剣に炎の力を付与させたりとかできるようになるんですよ。」
これは魔法の力を帯びることができる精霊銀を素材にしているからこそできる、特殊な能力なのだろう。もちろん通常の武器などでは到底できないことだ。もしこれが事実ならば、私は強力な力を得たことになるかもしれない。
「具体的にどうすればいいのかしら。」
「大丈夫です。私が手取り足取り教えてあげますよ。」
その話にエスティは興味津々だ。しかし、心配事が一つ。
「ねぇ、ちょっと。エスティに変な事をしたら、タダじゃ済まないわよ。」
「大丈夫です。あの残念な体には興味はありません。」
「なんか今、とってもひどいこと言われたような気がする...」
大きな声では言えないが、エスティはまだ16歳というだけあり、まだ体も幼く女性というにはまだ魅力に欠ける。まぁ、一言で言えば幼児体型だ。エスティもそのことを理解して聞いていたのだろう。部屋の隅でひどく落ち込んでいるようだ。
ちなみにルチアもラーディスの私へのセクハラ行為も知っている。しかし、ルチアはそのことにはあまり気にとめていないようだ。むしろ、どちらかというと、エスティの時と同じように「残念な体」ということらしい。私にとっては「よかったね」というべきか、どう言葉を返すべきか非常に悩ましいところではある。
ラーディスを救出した私たちはレアード達と別れグリスデルを離れることにした。この町に入るときと同じように馬車の荷台に乗り、フードを深く被り荷物の奥深くに身を潜めている。顔もかなり真っ黒に汚した。これならば警備の兵士にもばれないはずだ。
はずだ、というのは、人が一人増えたためだ。馬車の荷台には私とエスティの他にラーディスが乗っている。これはラーディスが脱獄した身であることを考慮して、早くこの町を離れた方がいいという判断からだ。それにエスティもラーディスからもっと沢山の魔法を学びたいと考えているらしい。
ラーディスの弟子であるルチアは、このままレアードのところでかくまってもらうことにした。脱獄したラーディスに関連して、このまま工房に戻すのも非常に危険だが、ルチアには今のところ自分で戦う術を持っていない。私たちと行動を共にしても足を引っ張る可能性が高いためだ。そのことはルチアも理解している。
そういえば、私はラーディスに確認しなければならないことがあった。私は馬車の荷台の中でラーディスに訪ねる。
「ねぇ、そういえば、牢獄を脱出するときにいたあの女性、たしかユーグリッドって言ったっけ?ラーディスの知り合い?」
「あぁ、彼女ですか。彼女も私の弟子です。・・・正確には弟子だったというところでしょうか。」
「ん?どういうこと?」
「彼女は帝国に協力して錬金術でゴーレムを作ることを選択した女。それがどれだけの人の命を奪うことになるのか・・・わからないはずも無いでしょうが・・・。錬金術は人殺しの道具では無いのだというのに・・・!」
私はラーディスという人物を昔からよく知っている。彼は錬金術は人々の生活を豊かにするものだと。決して人殺しに使ってはならないものだと。それゆえ彼女の、ユーグリッドの行為は許せなかったのだろう。
人殺しの道具と言えば私の、ラーディスの作ってもらった剣もそうだ。しかし、これは私とラーディスの長いつきあいの中で培った信頼の証。私が決して誤った使い方をすることが無いと信じて作ってくれたものだろう。
私はその信用を裏切ってはならない。これまでも、これからも。
ラーディスはこれ以上は語らなかった。私もこれ以上は聞かなかった。
馬車はまもなくレスドゥの町へと到着する。




