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要人護衛

 気がつくと、私は自分のベッドの上にいた。頭が割れるように痛く気分が悪い。いわゆる二日酔いというやつだ。一階の酒場スペースでギンスの姿を確認してからの記憶が全くない。あれからどうやってこのベッドまで戻ってきたのだろう?

 となりのベッドを見るとエスティの姿は無い。すでにギルドで次のクエストの準備でもしているのだろうか。

 急な吐き気が私を襲う。トイレに駆け込み、胃の中のものを吐き出す。そして壁に寄りかかりながら1階のギルドへと向かう。

 「おはよっ、マスター!」

 1階からエスティの声が聞こえた。相変わらず元気だ。

 「おうっ!相変わらず朝から元気だな!そんなおまえ達のために新しい仕事を用意してやったぜ。・・・って相方はどうした?」

 「知らないっ!」

 「うぅ・・・おはよう。」

 あまりの気分の悪さに階段近くのイスに座り、テーブルの上にうつ伏せになる私。

 「そりゃあ昨日あれだけ暴れ回っていたからなぁ。」

 いったい私は昨日どんな状態だったのだろう。気になる・・・。

 「あいつはほっといて、新しい仕事って何?」

 「あぁ。護衛の仕事なんだが、護衛して欲しいのはこの方だ。」

 「初めまして。サイフォンです。」

 そこに現れたのは二人の男だ。一方は見た目20歳代の金髪の美男子だ。周りに気品に溢れるオーラを発しているようにも見える。エスティはその姿に見とれている。

 「そして、こちらが私の付き人レックスです。」

 「初めまして。レックスです。」

 もう一人が40歳程度の男だ。付き人というよりはサイフォンの執事といった雰囲気の人物だ。こうして並んでいるのを見ると、どこかの御曹司と執事というようにも見える。

 「マスターが言っていた、適任者というのはこの方ですか?」

 「ああ。冒険者としては駆け出しだが、腕は確かだ。この俺が保証する。」

 「へぇ。そんなに腕の立つようには見えませんが。」

 レックスと呼ばれた男は私たちの実力を疑っているようだ。確かに彼の目の前にいるのはわずか16歳の少女と二日酔いでまともに動けない女剣士だが。

 「レックス、慎みたまえ。失礼しました。マスターの紹介ならば間違いないでしょう。よろしくお願いします。」

 サイフォンと呼ばれた男は申し訳なさそうに頭を下げる。礼儀正しい男だと思う。

 「ここから馬車で4~5日西に向かった所にあるヴィクタの街からやってきたのですが、来る途中、山賊の襲撃で護衛がやられてしまいまして、私ども二人だけなんとか逃げ延びてきました。帰りの道でも山賊に襲われる可能性があるので、ヴィクタの街まで護衛をお願いしたいのです。」

 レスドゥとヴィクタ。その間には決して険しいとは言えない山道があるのだが、旅人が多く通るためか、最近山賊が頻発しているらしい。その男達にやられたのだろう。

 「わかったわ。私たちに任せて!」

 そんなことは知ってか知らずか、簡単に引き受けてしまった。私がまともな体調ならばすかさず「ちょっと待って!」と言うところだが、今の私にはそんな気力はない。こんな事ならば昨日お酒を飲まなければ良かった・・・。

 「すぐに出発したかったのですが・・・」サイフォンは私の姿を見て、「ちょっと体調が優れないようですね。出発は明日にしましょう。」

 「はう・・・すいません・・・」

 私はその申し出を素直に受け入れることにした。この体調ではまともに護衛することができない。

 「護衛は二人だけで大丈夫でしょうか?こちらに来るときは護衛6人でしたが全滅でした。」

 「大丈夫だよ。彼女たちは。僕の目に狂いはないよ。」

 彼らがギルドを後にするとき、そんな彼らの会話が聞こえた。護衛6人がやられたと言うことはやはり相当な手練れの敵がいるか、相当な数の山賊に襲われたと言うことだろう。私たちが同じ相手を目の前にしたとき、戦いに勝利することはできるだろうか?

 私が体調が万全ならば相手がどんなに多くても勝てる自信はある。ただエスティはどうだろうか?彼女はまだ経験が浅く、使える魔法も少ない。私は彼女も守りながらたたかわなければならない。そのような力が今の私にあるのだろうか?

 そしてもう一つ。あのサイフォンとか言う男。どこかで見たような気がする。いつ、どこで見たのかははっきり覚えていない。だが、エスティの正体を知っているとならば注意しなければならない。ここから『エスティの正体は元ラングノート王国の王女エリスティーナ』という噂が広まってはシャレにならない。

 「とりあえず、準備は私がやってあげるから、リースは休んでてね。」

 「うぅ・・・ごめん。エスティ、その前にちょっといいかしら。」

 「なに?」

 「あのサイフォンとか言う人、どこかで見たような気がする。もし私たちの正体を知っていたとしたらちょっと危険だわ。正体がみんなにばれたら、私たちを捕まえてガストール帝国に引き渡して報酬をもらう、なんて人も現れるかもしれないし。あまり近づかない方がいいかも。」

 「わかったわ。気をつける。それとリース。今度から飲酒禁止。これは王女命令よ。」

 「そんなぁ。」

 まぁ、ここはおとなしく従っていた方が良いだろう。

 「それじゃ、ちょっと準備に出かけてくるわね。えっと・・・あれ?何を用意すればいいんだっけ?」

 こんな調子で大丈夫だろうか?

 でも私は動くことができないので、ここはエスティに任せ、私は自室に戻ることにした。



 私たちは次の日、サイフォンが用意した馬車に乗り込みヴィクトへと移動を開始した。。私たちとサイフォンは馬車の中、付き人のレックスが馬の手綱を持つ。レスドゥからヴィクトまでは馬車を使用した場合、約4日程度かかる。私の体調は万全だ。いつでも戦うことができる。

 しかし、問題が一つ。それはエスティが今回のクエストのために準備した物だ。

 「・・・エスティ。ちょっと食料を買いすぎたんじゃない?」

 「そ、そうかしら?」

 一見して明らかに15日以上分はある。しかし、それは次のクエストで使用すれば良いだけのことだ。真の問題は別の所にある。

 「それはまだいいとして、何かしら、このオモチャ。なんでこんな物まで買ってくるわけ!?」

 「だって、ほら、馬車移動だったら結構暇かなーと思って。これがあれば暇つぶしになるじゃない?」

 「まったくもう、こんな時に無駄遣いしちゃって!私たちまだそんなに稼ぎがないのに!これからどうするのよ!私たちの生活!」

 おかげで私たちの財布はスッカラカンだ。これについてはさすがのサイフォンやその付き人レックスも明らかにあきれ顔だ。

 「ま、まぁ、いいじゃないですか。食料はまだ次の冒険の時に持って行けばいいし、このオモチャだって僕たちも楽しんでますし。」

 「サイフォン様まで・・・!」

 そんなやりとりをしながら3日が過ぎた。ここまでは何事もなく進んだ。

 「それにしても馬車移動も大変ね。ガタガタ揺れるからおしりが痛いわ。座布団か何か買ってくればよかったかも。」

 ・・・もう呆れて何も言えない。

 馬車は次第に山道へとさしかかる。それに連れて揺れも大きくなっていく。時間は夕方にはまだ早いお昼過ぎだ。

 幅は十分に広い道だが、比較的高い崖に挟まれる形になっている。高さはおよそ3メートルといったくらいだろうか。登るのは多少困難かもしれないが、飛び降りるのには何の問題もない高さだ。

 「さて、お遊びはここまでです。ここから先は山賊が頻出する地域。警戒を怠らないでください。・・・って」

 たしかに、この場所は山賊が現れそうな地形だ。崖の上から襲われたらひとたまりもないだろう。しかし、そんな事を知って知らずか、エスティは気持ちよさそうに居眠りをしていた。

 「んもう!緊張のかけらも無いんだから!起きなさい、エスティ!」

 「ん・・・もうついたの?」

 「ちがーう!」

 付き人レックスは心配そうにこちらを見ている。その表情からは「この人達で本当に大丈夫か?」と言っている様にも見える。

 そのとき、私は私たち以外の、何者かの存在を察知した。付き人レックスもこの状況の変化に気がついたようだ。

 「サイフォン様。」

 「どうした?」

 「囲まれたようね。エスティ、出番よ!」

 「えっ!?あっ、うん!」

 山賊だ。馬車の進行方向に2人、右手に3人、左手に3人、合わせて8人だ。その手には、斧、ショートソード、ダガーなどバラバラだ。それぞれが得意としている武器を使用しているのだろう。

 「前の二人は私が引き受けます!」

 レックスはそう叫び、手に持っていた剣、レイピアを構える。

 「わかりました!エスティはそっちの3人をお願い、こっちは私が引き受けるわ!

 「う、うん。わかった!」

 サイフォンは馬車の中で身を隠している。馬車の窓から外の様子をうかがっているようだ。

 「いけ!金目の物を全て奪い取れ!」

 馬車前方の山賊の一人、リーダーらしき山賊が叫ぶ。それと同時に前方の山賊二人は一斉にレックスに襲いかかる。

 「サイフォン様には指一本触れさせない!」

 レックスはそう叫ぶと、山賊二人の攻撃を鮮やかにかわし、山賊の体にレイピアを突き刺す。

 「ぐわぁっ!」

 鮮血を吹き出し、その場で倒れる山賊達。見事な腕前だ。

 「おらぁ!よそ見してるんじゃねぇ!」

 私の目の前にいる山賊達3人も一斉に襲ってくる。

 「甘いわね。そんな動き、丸見えよ!」

 山賊の攻撃がこちらに当たる前に私は斬撃を加える。その一撃で敵の武器をはじき飛ばし、次の斬撃で山賊の体を切り裂く。

 「ぐあっ、強い・・・っ!」

 鮮血を飛び散らし、その場に倒れる山賊達。

 「こっちも片付いたわ!」

 エスティの方はどうなっているだろう。

 「『アイスジャベリン』!」

 エスティが最近覚えた魔法だろう。杖を掲げたエスティの目の前に氷の矢が生まれ、山賊の一人に向かって飛んでいき、体に突き刺さる。氷の矢はその場で溶けて消えてしまったが、刺された山賊はその場で倒れる。

 「がっ!」

 「まず一人!」

 「こんな小娘に負けてたまるかっ!」

 もう一人の山賊が手に持っているショートソードでエスティに襲いかかる。エスティは手にしている杖で攻撃を防いだ。

 「くっ!」

 立て続けに攻撃を繰り出す山賊。エスティは攻撃を防ぐだけで精一杯のようだ。このままでは反撃のチャンスが生まれない。

 「おらぁ!隙だらけだぜぇ!これでも食らえ!」

 その隙にもう一人の山賊がハンドアクスでエスティに襲いかかる!

 「やばっ!」

 「うぐっ!」

 その時、ハンドアクスで襲いかかってきた山賊にナイフが突き刺さった。

 「くそっ、どこからだ!どこから投げて来やがった!」

 その不意を突いた攻撃でうずくまるハンドアクスを持った山賊。ショートソードを持った山賊もそちらに気を取られる。この隙をエスティは見逃さなかった。エスティは持っていた杖でショートソードを持つ山賊の頭を思いっきり殴りつける。

 「ぐはっ!」

 立て続けにエスティは魔法を唱える

 「『ファイアボルト』!」

 炎がショートソードを持った山賊を燃やす。致命傷にはならなかったが、有効打には十分だった。すでに6人を失った山賊達は撤退を開始した。私たちの勝利だ。いや、それよりもエスティが無事だったことに私は胸をなで下ろす。

 「か、勝ったぁ・・・。」

 「ふふ、危ないところだったね。」

 ハンドアクスを持った山賊に突き刺さったナイフはサイフォンによって投げられたものだった。なんという正確な投げナイフなのだろう。

 「君の魔法の技術は目を見張るものがある。でもまだ経験が足りないようだ。これからもっと戦い、経験を積めば今以上に力を発揮できるようになるよ。」

 「は、はぁ・・・。」

 「でも今の戦いもすばらしかったわよ。」

 「そ、そうかな?えへへ・・・」

 エスティにとっては初めての対人戦だった。初戦、しかも、1対3の戦いだったことを考えれば十分な戦果だったと思う。

 「サイフォン様、新手が来る前に先を急ぎましょう。」

 「そうだね。すぐにここから移動しよう。」

 「「はい!」」

 私たちはすぐに移動を再開した。




 それ以降、新たな山賊の襲撃はなく、私たちを乗せた馬車は無事にヴィクトの町に到着した。日は少し傾き始めている。もうすぐ夕方だ。

 「あーっ!やっとついたわね。」

 「おつかれ、エスティ。」

 「おつかれ、リース。」

 エスティが安堵の表情を浮かべる。ここ最近はエスティにとって初めての出来事が続いている。周りには常に明るく振る舞っているが、内側ではかなりの疲労をため込んでいるのかもしれない。この依頼が終わったら十分な休息を取らせよう。

 「せっかくヴィクトの街まで来たんだ。僕の家でお茶でもどうかな?ゆっくりしていくと良い。」

 本来ならば、山賊の襲撃から守ることが目的なため、町の入り口に到着すればクエストは達成だ。町の仲間で襲ってくる山賊はいるわけがない。わざわざ依頼者の家まで付いていく必要は無い。

 それに出発前にエスティに話したとおり、私はサイフォンという男の顔に見覚えがある。そこから私たちの正体がばれることはあっては絶対に避けなければならない。私としてはすぐにレスドゥの町に戻りたいところだが・・・。

 「そうね。せっかくだし、ごちそうになろうかしら。」

 エスティは即答してしまった。

 (大丈夫なの?私がレスドゥの町で言った忠告聞いてた?)

 (大丈夫だよ。サイフォンさん、いい人っぽいもん。)

 いや、そういう問題ではないのだが・・・。

 「決まりですね。ではこのまま馬車で僕の家まで行きますよ。」

 馬車は私たちを乗せたままサイフォンが住んでいるという家まで移動した。馬車は町の中心を離れ、郊外へと進んでいく。

 「到着しました。」

 私たちは連れてこられた場所に唖然とする。それは家と言うよりは砦と言うべきだ。大きな建物を囲むように高い塀がそびえ立っている。その塀の上には侵入者を防ぐように小さく、そして鋭利な刃物が取り付けられている。そして、馬車が入る門の前には重装の鎧を着た兵士らしき人物が立っている。

 馬車が門を通過するとき、その兵士達は私たちに敬礼をした。サイフォンは「ご苦労」と声をかけ、そのまま砦にしか見えない建物の敷地内へと入っていく。

 私たちはサイフォンに促されるまま、砦の中へと入っていった。ここまで来てしまったら今更もう引き返すことはできない。

 そして、私たちはサイフォンの執務室と思われる部屋へと案内された。その部屋は意外と豪華だ。内装も、私たちが座っているソファーも、目の前にあるテーブルも、何もかもが豪華だった。まるでどこかの王宮の中にいるような錯覚さえも覚える。

 「どうぞ、座って下さい。」

 私はサイフォンに促され、エスティと並んでソファーに座る。テーブルを挟む形でサイフォンも目の前のソファーに座る。

 「今紅茶を用意します。レックス!」

 サイフォンは付き人レックスに合図を送るとレックスは軽くお辞儀をした後部屋を出た。そして程なくレックスは紅茶の茶器を持って部屋に戻ってきた。一見していかにも高級そうな茶器だ。そしてレックスは私たちの目の前で紅茶を入れはじめた。

 「さぁ、どうぞ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 エスティが先に紅茶に、ゆっくりと口をつける。そしてエスティの動きが止まる。

 「こ、この紅茶は・・・」

 「どうしたの?」

 「これはヴィゼット地方でしか生産されていない高級品!この香り、この味わい!あぁ、こんな紅茶がまた飲めるなんて・・・夢にも思って無かったわ。」

 「そ、そうなの?うーん、そう言われれば、そうかも・・・」

 私は目の前に差し出された紅茶を一気に飲み干す。

 「ちょっとリース!そんなに一気に飲んだらもったいないでしょ!もう、紅茶の楽しみ方わかってないなぁ!」

 「フ、フン!どうせ私は紅茶の味なんてわからないわよっ!」

 エスティは紅茶に関しては自分なりのこだわりがあるようだ。さすが元ラングノート王国のお姫様だ。普段からこういった紅茶を嗜んでいたのだろう。しかし、私は元親衛隊だ。私にとっては目の前に出された紅茶など、ちょっとおいしい『ただのお茶』にしか見えない。それでもなんだかちょっとバカにされた気分で腹立たしい。

 「ふふ、気に入ってもらえたようだね?」

 「ありがとうございます。こんなおいしい紅茶をいただけるなんて。」

 「それはそうと、この建物は一体何でしょう?人が住むにはとても大きすぎます。まるで砦のような建築物にしか見えないのですが。きっと、私たちをここに連れてきたのは今回の依頼とは別の目的があるのではないでしょうか?」

 「ふむ、さすがリースさんだ。レックス、ちょっと席を外してくれないか?」

 「わかりました。」

 レックスは軽く会釈して部屋の外へ出る。

 「さて。ラングノートのエリスティーナ王女殿下、そして、親衛隊長のリース殿。」

 私たちはその言葉に凍り付く。そして背中に冷たい汗が流れる。エスティも声を失った。私の悪い予感は的中していた。やはり私たちの正体を知っている人物だったのだ。しかし、サイフォンという男、一体何者なんだろう?

 「ふふ。多少顔は汚れていても、昔の面影はそのままだ。僕はディースランド王国の王子、ユグゼルだ。エリスティーナ王女殿下にも何度かお会いしたことがあるんだけどね。」

 「うっ、全然覚えてない・・・。」

 思い出した。かつてディースランド王国はラングノート王国の隣に位置し、同盟国だった。私が親衛隊だったときにもエリスティーナ姫と何度も会ったことがある。しかし2年前にガストール帝国の侵攻により滅ぼされた。その後、ラングノート王国は敗走する兵士達を受け入れていたが、王族の消息は不明のままだった。しかし、王子が生きていて、このような形で再会するとは。

 ユグゼル王子はそのまま話を続ける。

 「あなたたちに、私たちの力になってもらいたい。僕はいまガストール帝国に対抗するための傭兵団グーリッシュを組織している。そこにラングノートのエリスティーナ王女が加わってくれれば、兵が集まり、帝国に対抗できるだけの兵力を擁することができる。どうか我々に協力して頂けませんか?」

 あまりにも突然の提案だったため、言葉のでない私。しかし、エスティがゆっくりと口を開く。

 「・・・私たちは王女の身分に縛られず、帝国との関わりを絶つために冒険者の道を選びました。申し訳ありませんが、ご協力することはできません。」

 「エスティ・・・。」

 私はそっとエスティの方を見る。そこにはエスティの面影はない。その毅然とした態度はラングノート王国の王女エリスティーナの顔だった。

 「・・・そうですか。残念ですが。仕方がありませんね。王女殿下がそう判断したのならば。」

 できれば早くこの場所を出たい。エスティもそう考えているはずだ。しかし、なかなかその言葉が出ない。しばらくの沈黙。そしてサイフォンが口を開く。

 「もし私たちの助けが必要ならば何でも言ってください。出来る限りご協力します。」

 「では、一つだけお願いがあります。私たちの身分は他人に明かさないで欲しいのです。」

 「あぁ、約束しますよ。今度お会いするときには皆さんの活躍を聞かせてください。」

 「はい。サイフォンさんも。お気をつけて。」

 エスティの顔が少し笑った。エリスティーナ王女からいつものエスティに戻った瞬間だ。

 「ありがとう。レックス!」

 サイフォンが扉の外に向かってレックスを呼ぶ。呼ばれたレックスはドアを開け、中に入ってきた。

 「お呼びでしょうか?」

 「お二人がお帰りになる。屋敷前まで案内してくれたまえ。」

 「了解しました。」

 私たちはレックスの案内でグーリッシュの砦の中を出口に向かって進む。入ってきた時も思ったのだが、中はかなり広い。かなりの規模の兵力を擁しているのだろうか?それでも帝国に対抗するには十分とは言えないと思うが。

 この際だ。思い切って聞いてみることにしよう。

 「ところで、ここにはどれくらいの兵がいるんですか?」

 「サイフォン様からグーリッシュの話を聞いたのですね。そうですね。ざっと200余りでしょうか。旧ディースランド王国と旧ラングノート王国の兵士が大半です。まだ帝国に対抗するには十分な戦力とは言えませんがね。」

 確かにそれだけの兵力では全然足りない。帝国に対抗するためには万以上規模の兵力が必要だろう。このままでは打倒帝国は夢のまた夢だ。

 レックスは話を続ける。

 「できればあなた方にもご協力をお願いしたいのですが。リース様ほどの剣の技術があれば帝国など敵ではないのですが・・・。」

 「いや、それほどでも・・・。」

 「ちょっと、私の魔法も忘れないで下さい!」

 「あなたの魔法はまだまだ修行が必要です。」

 「うっ、ストレートに言われた・・・」

 レックスは私たちの正体を知らないのだろう。サイフォンとの会話の時に人払いしたのもサイフォンなりの配慮だったのだろうか。こちらにとっては幸運だった。こちらの正体がばれることがあってはこの先の冒険者としての行動に支障が出るかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。エスティもそう考えているだろう。

 そんな話をそんな話をしていると砦の入り口に戻ってきた。緊張していた体が少し緩んだ気がした。幸運にもサイフォンの部屋から入り口までは誰にもすれ違うことはなかった。グーリッシュを構成している部隊の中には元ラングノートの兵士達も含まれている。彼らに見つかっては私たちの正体がばれてしまうかもしれない。彼らには、王女が無事でいることは喜ばしいことだと思うが、私たちは王女としてのしがらみにとらわれるのを避け、自由な冒険者として生きる道を選んだのだ。彼らには悪いがここで正体がばれることは避けたい。

 私たちはレックスと別れ、ヴィクトの町の中心部へと向かっていった。日はもう少しで沈もうとしている。




 「あーぁ、久しぶりにあんな言葉遣いしたから疲れちゃったぁ。でも、あの紅茶おいしかったなぁ。」

 エスティはすでに王女エリスティーナから普段のエスティに戻っていた。

 夕暮れのヴィクトの町を二人並んで歩く。仕事を終えた住人たちだろうか、すれ違う人たちも増えてきた。中にはグーリッシュの兵士とも思われる、軽装の鎧を身につけ、剣を手に持っている人も目に付く。

 「ここには旧ラングノートの兵士たちもいるっている話があったわよね。もしかしたら私たちの事を知っている人もいるかもしれないわ。早くこの街を出た方が良いかもね。」

 「えー、もう?もう暗くなってきたし、今日はここで泊まっていこうよ。」

 エスティの提案にも一理ある。この時間から町の外に出るのは危険かもしれない。なにしろ今日の昼間に山賊に襲われたばかりなのだ。その襲われた場所で野営することにもなりかねない。

 「そこのお方!ちょっとお待ちください!」

 背後から声が聞こえた。どこかで聞いたような声だ。嫌な予感がする。

 私たちはその声の方へ振り向いてみても、声の主は人混みで確認できない。だが、その声はどんどん近くなってくる。

 やがて声の主の方からこちらに近づいてきた。見覚えのある鎧と見覚えがある中年男性の顔。

 彼は私たち、というか、エスティの顔を確認すると、その場で跪いた。

 周りの人たちは何事かとこちらの方を見ている。完全に注目の的だ。

 「あ、やっぱり!このブルグレイ、このような形で姫様にお会いできるとは思ってもいませんでした!」

 「ちょ、ちょっと!こんな道の真ん中でひざまずかないでよ!みんなこっち見てるじゃない!」

 「ブルグレイ殿、いったん人目のつかないところへ行きましょう!」

 私は慌ててブルグレイとエスティの腕を掴み、町の中央通りの、人混みの中から力ずくで建物の間にある細い路地へ引っ張った。ブルグレイはちょっとまて、何事だ、という顔をしているが、そんなことよりもとにかくあんな場所であんな事をされたらたまったものじゃない。

 私たちは幅の狭い路地を抜け、やっと人気のない、中央の通りからかなり離れた場所まで移動した。どのようにしてここまで来たのか、その道順はもう覚えていない。

 「ふぅ、ここまで来れば大丈夫ね。」

 「ところでこのおじさん誰?リースの知り合い?」

 「まぁ、知り合いって言うか・・・元ラングノートの第六騎士団長ブルグレイ殿よ。」

 「貴様!姫様に向かって何という口の利き方を!」

 「あぁ、そこから説明しなくちゃいけないのね・・・。」

 私はここまでに至ったいきさつを説明した。ラングノート城を無事に脱出したこと。冒険者なって共に行動していること。正体がばれないように二人ともタメ口で会話をしていること。

 「・・・という訳です。」

 「なるほど。事情はわかった。しかし、あの姫様が冒険者など・・・あぁ、なんと嘆かわしい!私と一緒にグーリッシュに参加し、帝国と戦って頂けると思っていましたのに!」

 「あーそれは無いから。私もう姫とか帝国とか関係無いし。」

 即答だ。

 「しかし、このまま冒険者という立場でいらっしゃたなら、常に危険と隣り合わせ。こうなったら私も姫様と行動を共にし、姫様をお守りいたします!」

 「グーリッシュより私の方が優先順位が高いのね。」

 「当然です!」

 彼の忠義心は尊敬に値する。騎士時代からそれは有名だった。しかし、冒険者となっている今の私たちにはそれは迷惑以外の何者でもない。私とエスティはお互いに顔を合わせる。どうやってこの場を切り抜けようか。

 しばらくの沈黙の後、私が口を開く。

 「ブルグレイ殿、気持ちはわかりますが、あなたは今グーリッシュの一員です。エスティの護衛など、勝手な行動をとってもよろしいのですか?」

 「ぐっ・・・。そ、それは・・・。」

 「騎士団長であったブルグレイ殿ならば、サイフォン殿指揮下にある立場で勝手な行動をとったらどうなるか十分理解しているはず。エスティの事は私にお任せ下さい。」

 「と、言うことで、私たちはレスドゥの町に帰るから。元気でね。」

 ブルグレイは明らかに悔しそうな顔をしている。しかし、そんなことは気にしない。私たちはブルグレイを残してこの場を後にした。

 「ねぇ、リース」

 「ん?」

 「どうやってここに来たんだっけ?」

 えっ?という顔をしてその場に立ち尽くし、お互いの顔を見る私たち。

 私たちが町の外に出るのはすでに夕暮れとなっていた。




 「もう暗くなっちゃったね。」

 「そぉね。今日はここでキャンプを張りましょうか。エスティ、火をおねがい。」

 「うん。『ファイアボルト』!」

 エスティの魔法で、近くで集めた木の枝や枯れ葉に火をつける。こういうときにエスティの魔法は便利だ。火種が無くても火をつけることができる。

 私たちは往路で山賊に襲われた場所、崖に挟まれた道を抜けたところでキャンプを張ることにした。幸いにも復路では山賊に襲われることはなかった。

 復路は往路と違い、徒歩での移動だ。荷物は必要最低限のものにし、不要な物は全て捨ててきた。もちろんエスティが出発前に買ってきた大量のおもちゃは全て手放した。本来ならば馬車を雇って移動したかったところだが、今はそのようなお金は残っていない。

 「リース、おなかすいたよぉ、ごはん早くー」

 「はいはい、ちょっと待ってなさい。」

 そんなとこは知って知らずか、相変わらずのエスティだ。

 私が夕食の支度をしているとき、近くでガサッという物音がした。私は食事の支度の手を止め、物音をした方を見る。

 「リース?どうしたの?」

 「シッ!誰かいる!」

 物音がした方からこちらに向かってくる足音が聞こえる。

 いや、足音はそちらからだけではない。右から、左から、背後からも聞こえる。

 「なんだ、ねーちゃん二人だけか。」

 「山賊!」

 「しかもすごい数・・・」

 私たちはすでに山賊達に囲まれていたのだ。確認できるだけで人数は20人以上。二人だけで対処できる人数ではない。

 「これだけの人数差だ。悪いことは言わねぇ。持っている物すべてそこに置くんだ。」

 「んー?捕らえて蹂躙するっているのも悪くないなぁ。」

 「この・・・ケダモノ!」

 私はすぐさまに剣を抜き身構える。エスティも臨戦態勢をとる。

 「なんだぁ?抵抗する気かぁ?」

 「リース、逃げよう!」

 「でもどうやって・・・」

 確かにこの人数差ではとても勝ち目はない。しかし、すでに私たちの周囲は山賊達に囲まれている。どうやってここから脱出するか。こうなったら一か八か、私が山賊と戦い、エスティの脱出口を切り開く。私はどうなるかわからないが、エスティだけでもここから逃げ出さなくてはならない。それが私の使命だ。

 覚悟を決めて山賊へ斬りかかろうとしたとき、遠くから馬が駆ける足音が聞こえる。その音は次第に近くなってくる。敵の増援だろうか?だとしたら私だけでなく、エスティの脱出も絶望的だ。人の足は馬の足に勝てるわけがない。

 しかし、状況は一変する。

 「ぐあぁぁっ!」

 「どうした!?」

 「馬に乗った男が突っ込んで・・・ぐわぁっ!」

 山賊達の悲鳴と、山賊達の体を突き刺す鈍い音が聞こえる。次第に馬に乗った人物の姿も確認できた。見覚えのある姿だ。

 「姫様!リース!ご無事でしたか!?」

 「ブルグレイ殿!」

 その姿は、ヴィクトの町別れた元ラングノート王国の騎士ブルグレイだった。その手にはブルグレイの身長よりも長い槍、ロングスピアを手にしている。そして背中には大きな盾を背負っている。彼の愛用の盾だろうが馬に乗るときは邪魔になるのでこうやって持ち歩いていると思われる。

 「なんでここにいるの!?」

 「説明は後です!私が脱出口を切り開きます!姫様とリースはわたしに続いてここから脱出を!」

 「わかりました!さぁ、エスティ!」

 「うん!」

 「逃がすかっ!」

 山賊の一人が私達の脱出を阻止しようとブルグレイの前に立ちふさがる。

 「ふん、山賊ごときがこのブルグレイに敵うと思うか!?」

 ブルグレイは馬にまたがったまま山賊に突撃し、手にしたロングスピアで山賊を突き刺した。その槍は山賊の体を貫通する。鮮血を吹き出しその場に倒れる山賊。ブルグレイはそのままの勢いで、一人、二人と山賊を倒していく。

 脱出口は出来た。私は剣を手にしたまま、空いている手でエスティの手を引きブルグレイの方へと駆け出す。山賊たちはそれをも阻止しようと私達の前に立ちふさがるが、それも一人か二人。私は手にしている剣で山賊の体を切り裂き、足を止めずにそのまま走り続ける。

 私達は山賊の包囲から脱出した。それを確認したブルグレイも私の後を追いかけてくる。

 山賊が私達を追ってくる事はなかった。ブルグレイの突然の襲撃によって予想外の被害を被った山賊たちはそのまま撤退したのだろう

 それを確認したブルグレイは私達の前で馬を止めた。エスティはぜぇぜぇと息を切らせその場に座り込む。

 「た、助かったぁ・・・。」

 「姫様、ご無事で何よりです!」

 ブルグレイは馬から下りてエスティの前で跪く。

 ブルグレイが来てくれたおかげで私たちは山賊の襲撃から助かることができた。しかし、なぜブルグレイがここにいるんだろう?現在はグーリッシュ所属でサイフォンの指揮下にあるはずだが?改めてブルグレイに問う。

 「しかし、なぜブルグレイ殿がここに?」

 「ふふっあれからサイフォン様にお話しし、姫様と共に行動できるよう許可を頂いたのだ。しかも、この馬も貸して下さった。そして、すぐに後を追うように、と。」

 「・・・もしかして、サイフォンはこうなることを予測してたんじゃ・・・。」

 もしサイフォンが私たちが山賊に襲撃されることを予測していたというならば、彼は予想以上に頭が切れるようだ。

 「・・・恐ろしい。敵に回したくないわね。」

 「ということで、このブルグレイ。姫様の盾となりお守りいたします。今後ともよろしくお願いいたします。」

 この展開にエスティも困惑しているようだ。しばらくの沈黙の後口を開く。

 「あーもう、じゃあこれからは私たちのルールに従ってもらうからね。」

 「ルール、ですか?」

 「そう。私たちの間では、会話はタメ口。あと、姫って呼ぶのも禁止。良いわね?」

 「は。と、いうことは。」

 「よろしく。ブルグレイ。フフ。」

 つまりはラングノート王国騎士団では先輩で年上だったブルグレイも呼び捨てで呼ぶことができると言うことだ。

 「・・・わかりました。姫様、リース。」

 「だーかーらー!姫って呼ばないで!」

 顔を真っ赤にして怒るエスティ。

 「あ、も、申し訳ありません、姫様!」

 その後、会話する度にエスティを姫様と呼び、敬語で話すブルグレイと、それを正そうとするエスティとのやりとりはレスドゥに到着するまで幾度となく続いた。しかし、レスドゥに到着するころには、エスティの方が折れてしまった。ブルグレイは今後もエスティを姫様と呼ぶ。まぁ、この件はエスティの「あだ名」ということで処理しておく、ということにした。

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