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プロローグ

ここはイストラルド大陸中央に位置する小国ラングノート王国。

この大陸には大小複数の国家が存在している。特に大陸中央には比較的小規模な国家が集中している。

 その中の一国、ガストール帝国がどのようにして兵力を集めたのかは不明だが、強力な軍事力を持つようになり、周辺の国々へと侵略していった。すでに数ヶ国はガストール帝国の支配下にある。

 そして、その軍勢は今まさにこのラングノート王国の中枢でもあるラングノートにも迫ってきていた。

 現在は真夜中の2時ぐらいだろうか。すでに敵の兵士は城内に進入している。私、王女親衛隊長のリースは守るべき主君の寝ている部屋へと駆けていった。服装は鎧の下に着ている動きやすい布の服のみ着て、背中まで伸びた長くて青い髪の毛は乱れたままだ。そして主君である王女エリスティーナの寝室のドアの前まで来るとノックもせず勢いよく開ける。

 「姫様、敵襲です!起きてください!」

 王女はまだこの状況に気づいていないようだ。気持ちよさそうに眠っている。肩までまっすぐに伸びた金色の髪は月の光で綺麗に輝く。その顔はまだ幼い。聞いた話ではまだ16歳だという。頭にはラングノート王家に代々受け継がれている髪飾りをつけている。よっぽどのお気に入りらしい。

 「むにゃ、むにゃ・・・いやぁん、だめよぉリース、そんなところさわっちゃぁ・・・」

 ・・・寝言だろうか。いったいどんな夢を見ているのだろう。

 しかし、今はそんな事を考えている時間はない。敵はすぐそこにまで迫っている。すぐに姫様を起こして安全な場所へ避難させなければならない。私は姫様の体を揺すって起こそうとする。

 「・・・?どうしうました?・・・これは・・・何の騒ぎです!?」

 姫様もこの普通ではない雰囲気に気づいたようだ。

 「敵襲です!ガストール帝国の兵士がすでに城内まで!早く避難を!」

 「は、はい!」

 私は先に部屋を出て敵がいないことを確認する。敵がいないことを確認すると、私は姫様を誘導するように駆け出す。姫様も私の後について走り出した。その手には先端に水晶が取り付けられた杖を持っている。姫様愛用の杖だ。といっても、その杖自体に魔力があるわけではなく、所持者の魔力を増幅させるためのものだ。それに、姫様はそれほど魔法が得意というわけではない。使える魔法は数少ない。原因は退屈だからと授業をサボって逃げ出してしまうからだ。私も逃げ出した姫様を捜して、ラングノート城内を探し回った事がある。

 ちなみに、魔力はわずかながら人間なら誰でも持っている。しかし、魔力があることと魔法が使えることは全く別の話だ。魔法を使用するためには特別な訓練が必要だ。従って私も魔力は持っているが、魔法を使うことはできない。

 「いたぞ!こっちだ!」

 目の前から声が聞こえた。身につけている鎧甲から我が王国の物では無い。敵の、ガストール帝国兵士だ。数は二人だ。

 「姫様、下がっていてください!」

 私は腰につけていた剣を手に持ち、敵兵士へ駆け出し、敵兵士が武器を身構える前に剣を振るう。私の剣は敵の鎧を切り裂き、敵兵士から血しぶきが舞う。背後から「ひっ!」と驚いたような声が聞こえた。姫様にとってもこの状況は生まれて初めてのことなのだろう。しかし、今は非常事態だ。とにかく姫様の身の安全が第一。私はこのようなときのために脱出口を知っている。そこから姫様を城外へ避難させなければならない。

 「大丈夫です。さあ、こちらへ。」

 私はそのまま姫様を先導し、脱出口へと向かう。

 「姫様!リース!」

 その途中、見覚えのある大きな鎧を着た大男に遭遇した。口元から顎にかけて立派な髭を生やしている。年齢は40歳ぐらいだろうか。手にしているのは将軍の身長よりも長く、その先端は鋭くとがった槍状の形をしていて、穂先には斧状のものが取り付けられている。ハルバートと呼ばれる武器だ。

 彼はラングノート王国の最強の戦士であり将軍のアーヴィン。私でも訓練で何度も模擬戦闘を行ったが、一度も勝てたことはない。その姿を確認した姫様が今にも泣き出しそうな声で話しかける。

 「アーヴィン将軍!状況は・・・どうなっているのです!?」

 「状況はよくありませんな・・・ここも落ちるのは時間の問題です。姫様は早く脱出を!」

 「しかし!」

 「姫様が生きていればラングノート城を取り戻し、再興することもできます。しかし、姫様がここでなく亡くなられてはそれも叶いません。」

 「いたぞ!こっちだ!」

 遠くから叫び声が聞こえる。帝国兵だ。

 三人の帝国兵がこちらに向かってくる。

 「うぉおおっ!」

 「でりゃああっ!」

 アーヴィン将軍は手にしているハルバートを振るい、向かってきた帝国兵を斧状の部分で切り裂いた。一撃で血しぶきを吹き出しその場で倒れてる帝国兵達。姫様はその光景を目に後ずさりをして驚いている。私の目からしても将軍はやはり強い。

 「リース、貴公も姫様と共にゆくのだ。姫様をお守りしろ!」

 「は、はい!わかりました!さぁ、姫様、こちらへ!」

 私も将軍の強さに一瞬時間が止まってしまったが、将軍の言葉で我に返った。姫様を脱出口まで誘導するように走り出す。そして脱出口にたどり着いた。壁に仕掛けがあり、燭台の裏に隠されたスイッチを押すと壁の一部が扉のように開き、脱出口が開く。王族に近い、一部の人間だけが知っている脱出口だ。

 「姫様、こちらから城外へ脱出できます。」

 その穴は比較的小さく、四つん這いにならないと入ることはできない。そしてなにより中は真っ暗だ。

 「私が先に行くんですか?」

 「怖いんですか?」

 「・・・はい。」

 「・・・じゃあ、私が先に行きます。」

 私たちは何事もなく、無事に城外に脱出することができた。




 「姫様、ここまで来れば大丈夫でしょう。」

 「あっ、ラングノート城が・・・!」

 姫様が指さす方向を見る。

 そこには月の明かりが照らす暗闇の中で真っ赤に燃える私たちが先ほどまでいた場所、ラングノート城があった。

 ラングノート城に残った人たちはどうなっているだろう?アーヴィン将軍をはじめ、姫様のお父様、国王陛下もまだお城に残ったままだろう。私が知る限り、脱出したという確証は無い。ちなみに、姫様のお母様は姫様がまだ幼い頃にご病気で亡くなられたと聞いている。

 「リース、私はこれからどうすれば・・・」

 私は少し考えた後、姫様の方を向いてこう答えた。

 「この地を取り戻すおつもりでしたら、隣国に身を寄せて再起を図るのが良いかと思います。でも、姫様がどのような道を選択しようとも私は姫様と共に参ります。」

 私はアーヴィン将軍から姫様を守るように命じられたのだ。今後どのようなことがあっても姫様と共に行動し、身を守るのがこれからの私の使命だ。

 「そう、この先は自分で決めなくてはならないのですね・・・。」

 「・・・はい。」

 「うーん。じゃあ、私、冒険者になります。」

 「・・・えーっ!?」

 「冒険者はとても自由な身と聞きました。私はもう自分の身分に縛られるのが嫌なのです!だから冒険者になりますっ!」

 私はその言葉に耳を疑った。全く予想していない答えが姫様の口から出てきたのだ。大体、この小さくてか弱い体で冒険者など務まるのだろうか?

 「ほ、本気でおっしゃってるので!?」

 当然の返答だろう。冒険者などそう簡単に務まる物では無い。

 「本気ですっ!あ、信じてませんね?リース、その剣を貸してください。」

 そう言って姫様は私の持っている剣を鞘から取り出した。私の剣は片手で扱えるくらいの軽めの剣だ。いったい何にこんなところで何に使うのだろう?

 姫様は右手で剣を持ち、反対の手で金色の肩まで伸びた髪を首の後ろで束ね、剣を髪に当てると「えい!」と勢いよく切り裂いた。切り取られた髪の毛は風に舞い、月の光で綺麗に輝いている。私はその光景を呆然と眺めていた。

 「エリスティーナは今死にました。」

 「・・・あのう、姫様、元々髪の毛短いのですから、切っても大して変わっていませんよ。」

 ・・・当然だ。肩から首の髪を切っただけなのだ。切った髪の長さは大体5センチ程度。実際見た目はそんなに変わっていない。

 「うっ・・・じゃあ、丸坊主に・・・」

 「そっ、それだけはやめてください!」

 私は慌てて姫様を制止する。姫様に渡した剣も取り戻し、自分の鞘の中に納めた。当然だ。丸坊主なんて姫様に似合わないし、何よりも私が嫌だ。

 「でもこの格好じゃ目立ちますね。」

 遮る暇もなく淡々と話し続ける姫様。

 「リース、この私が身につけている髪飾りを売って適当に服を用意してきてください。」

 姫様は頭につけていた髪飾りを私に差し出した。ラングノート王家に代々受け継がれている髪飾りを手放すなど、相当の覚悟がなければできない。それだけ姫様は本気なのだろう。

 「ラングノート家に代々伝わる髪飾りを手放すなんて・・・それだけ決意が固いということですね。わかりました。私の負けです。」

 結局私は折れた。

 「では姫様、ここでお待ちください。」

 「あ、姫様と呼ぶのも禁止です。」

 「・・・ではなんとお呼びすれば?」

 「そうですね・・・ではエスティと呼んでください。」

 「わかりました。エスティ・・・様」

 「それと、言葉使いも変えないとダメですね。リース。これからはタメ口で話してください。」

 これから姫様とは冒険者としての仲間となる。素性がばれるといろいろと面倒なことになるかもしれないから、当然の判断だろう。ならばこちらも遠慮はしない。

 「ではあなたもその言葉遣いは止めてくださいね。」

 「わかりました。ではよろしく。リース。」

 「よろしく。エスティ。」

 私とエスティの冒険者としての物語はここから始まる。

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