瞳の奥に
よし。
今日撮ってきた写真を壁に貼る。
これで1246枚目の写真。
そして壁一面の1246個の眼球が僕を見つめる。
僕は眼というものが好きだった。
いや、ただ好きだなんていう薄っぺらくて安い表現じゃない。
もっと根源的なものなんだ。
毎日僕は誰かの眼にみられそして見つめ返す。
その瞳の奥の奥へと旅立ってゆく。
決して飽きることのない、心の飢えと渇きを潤してくれる時間。
人間の眼でもいいし、それ以外の動物の眼でも、多少物足りないがいい。
絵としての眼も、とてもとても惹かれるものが数多く存在する。
人は眼を見て話す。
人は眼で相手を判断する。
嬉しそうな眼
悲しそうな眼
辛そうな眼
楽しそうな眼
絶望した眼
哀願するような眼
優しそうな眼
眼とはかくの如き様々な情報を与えてくれる。
眼とは、その人のエネルギーが放出される扉なのだ。
だから、写真となって切り取られてもそのエネルギーはずっと残り続ける。
まるでゴミになってもエネルギーを放出し続ける核融合炉のはいきぶつのように。
今日も僕はいい眼を切り取るために大切なカメラと共に町を歩く。
はっ
息をのむ瞬間。
鳥肌が立つ。
出会った・・・
衝撃はまず心にやってくる。
どーんと巨大な杭で貫かれた心臓は痛みと歓喜の喜びで震え、
その震えが身体の震えにリンクする。
呼吸が荒くなり、汗が噴き出す。
見失うな見失うな見失うな
震える手でカメラを握りしめ彼女のあとを追っていく。
あんなに深い眼、初めて見た・・・。
その少女は早足で高層ビルの間を抜けていく。
どうやって撮ろうか・・・
くそっ、できるなら全面アップで正面からあの瞳を撮りたい。
いっそ走って正面から撮って逃げるか・・・?
いやそれだと間に合わないか・・・
僕は対象となる人物に撮影の許可を得ることなく撮る。
それが僕のポリシーだ。なぜなら、みんなカメラの前に立った途端、
透明なぬいぐるみを被り、眼がなんてこともない眼になってしまうからだ。
あらゆる感情がただの鈍い光に変わってしまうのは耐え難い。
ぬいぐるみを被る前の新鮮な瞳を切り取らないといけないのだ。
いっそ彼女がどこか店にでも入ってくれれば撮りやすいんだけれど・・・
すると急に彼女は直角に右に曲がり姿を消した。
「まずい。」
ゆっくりと路地裏を覗きこむとその少女が目と鼻の先にいてきゅうにむなぐらをつかまれた。
「何?変態?なんで私の後をつけてきてるの。」
あぁ・・・この瞳、ほしい。
「いや・・・ちょっと写真を撮りたくて・・・」
「写真?撮ってどこかに売り飛ばすわけ?」
「いや、これは僕の趣味で・・・。」
「そう。なんでもいいけど、私を撮るのはやめて。わかった?」
「はい。」
じゃあもう行って。
どんと胸を押され、
人の波に無理やり返される。
その時の少女の瞳は、
本当にもうしびれるほどいろんな感情が混ざっていて、
僕にはその中の孤独の色が一番きにいった。
結局その少女は見失った。
いろんな瞳にまぎれてしまった。
その一件以来写真を撮らなくなった。
あの瞳以外では、なにか物足りなくなってしまった。
だから今日も僕はカメラを片手に町を徘徊する。
もう一度、彼女を見つけるために。
「あ」
「あ、あんた、前に・・・」
うんめいのであい。