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005話_購買部部長は素直じゃない

購買部部長——カナデ——は、翌朝も校庭に立っていた。


エプロンを風になびかせ、電卓を腰に構えている。


『交渉を開始する。まず偵察が必要だ』


「偵察って、お前が行ったら一発でバレるだろ!! 台車付きの自販機だぞ!!」


『だから行かない。お前たちが行け』


「押しつけるな!!」


エルフの少女が立ち上がった。


「行く。購買部、気になる」


「気になるって、黄昏る場所じゃないぞ?」


「どこでも黄昏れるよ」


「万能スキルみたいに言うな!!」


マキが校舎に向かって走り出した。


「購買部突撃!!」


「突撃するな!! 偵察って言っただろ!!」


ソウタがおずおずとついてくる。


「ぼ、僕は常連だから……案内できます……」


「常連なのに声が震えてるのなんで!?」


——


購買部は、校舎一階の角にあった。


想像より広い。カウンターにはパンや飲み物が整然と並び、壁には手書きのPOPが貼られている。


【本日のおすすめ:焼きたてカレーパン 150円】

【購買部は学園公式施設です】


「……公式を強調してる」


エルフの少女が指さす。


「見て。あの張り紙」


壁の隅に、古びた紙が貼ってあった。


【注意:非公式の自販機に注意してください。悩みを飲ませると称する詐欺の可能性があります】


「詐欺呼ばわり!!」


俺は思わず声を上げた。


カウンターの奥から、カナデが現れた。


「あら。あんたたち、自販機の手下でしょ」


「手下って言うな!! 強制入会させられた会員だ!!」


「……それ、もっとひどくない?」


カナデは電卓をカチカチ叩きながら言う。


「いい? 購買部は学園創立以来、生徒の食を守ってきたの。栄養バランス、衛生管理、価格設定——全部、私たちがやってる」


「……ちゃんとしてる」


この学園、購買の運営も生徒がやってるらしい。普通の学校なら業者が入るところを、部活として回している。この学園、変なところで自治が強い。


「当たり前でしょ! それをあの自販機は、"悩みをドリンクにする"とかわけわからんことして——」


「わけわからんのは否定できない」


カナデが目を細めた。


「で? 何しに来たの」


ソウタが震える手でメロンパンを指さした。


「め、メロンパンください……」


「お前は買い物に来ただけか!!」


カナデはメロンパンを袋に入れながら、ソウタに微笑んだ。


「はい。いつもありがとね、ソウタくん」


ソウタが真っ赤になった。


「あ、ありがとうございます……」


マキが棚のプロテインバーを発見した。


「プロテインバーだ!! 購買部にもあるんだ!!」


カナデが胸を張る。


「当然。筋トレ科——じゃなくて、体育会系の生徒にも対応してるわ」


「筋トレ科って言いかけた!! 存在しない学科を!!」


カナデは俺たちを見回して、腰に手を当てた。


「いい? あの自販機が校舎に入りたいなら、条件がある」


「条件?」


「購買部の売上を超えること。——って言いたいけど、そもそも非公認なんだから無理よね」


カナデはふんっと鼻を鳴らした。


エルフの少女が静かに聞いた。


「……購買部は、悩みの対応はしてるの?」


カナデが一瞬、黙った。


「……悩み?」


「うん。生徒の悩み。自販機マスターは、悩みをドリンクにして、固形化を防いでる」


カナデは目をそらした。


「……そんなの、購買部の仕事じゃないし」


その瞬間——


カウンターの奥から、小さな泣き声が聞こえた。


「……ひっく……」


全員が固まった。


カナデが慌ててカウンターの裏に回る。


「ちょ、ミサキ!? 大丈夫!?」


カウンターの下に、小柄な女子生徒がうずくまっていた。目が真っ赤だ。


カナデが俺たちに振り返る。


「見ないで! うちの部員の問題だから!」


「いや、泣いてるなら——」


「購買部で解決するから!!」


ミサキと呼ばれた女子生徒が、震える声で言った。


「部長……私、パンが焼けないんです……。何度やっても焦がしちゃって……。私がいると、購買部の迷惑に……」


カナデの表情が揺れた。


「ミサキ、そんなことない——」


ミサキが泣きながら続ける。


「私、才能ないんです……。購買部、辞めた方が——」


その瞬間。


ぬるっ。


カウンターの下から、黒いゼリーが湧き出した。


「出た!!」


俺は叫んだ。


ゼリーは焦げたパンの形をしている。しかも煙が出ている。


【失敗作:∞個】


「数が無限!! 自己評価が厳しすぎる!!」


カナデが目を見開いた。


「な、なにこれ……」


自販機マスターの声が、校庭から響いてきた。校舎には入れないが、声は届くらしい。


『悩みの固形化。購買部内でも発生する。対処は——』


カナデが叫んだ。


「黙って!! あんたの出番じゃない!!」


焦げパンゼリーが増殖し始める。カウンターを埋め尽くしていく。


「増えてる!! ミサキの自己否定が強すぎる!!」


ミサキが泣きじゃくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


カナデがミサキを抱きしめた。


「謝らないで! あんたは頑張ってる!」


「でも、失敗ばかりで……」


焦げパンゼリーが、カナデにもまとわりつき始めた。


「ちょ……なんで私にも!?」


自販機マスターが冷静に言う。


『部長にも"後悔"がある。部員を守れていない罪悪感だ』


カナデが唇を噛んだ。


「……うるさい」


俺は深呼吸した。


「……しょうがねえ」


カナデが睨む。


「あんたに何ができるのよ!」


「ツッコミ」


「は?」


俺は焦げパンゼリーに向かって叫んだ。


「"焦げた"って言うな!! それ、"こんがり"だろ!!」


——ボン!!


焦げパンゼリーの表面が、こんがりキツネ色に変わった。


「え」


ミサキが目をぱちくりさせる。


「色が……変わった……?」


俺は続けた。


「"失敗"って言うな!! それ、"試作"だ!! パン屋は試作するもんだろ!!」


——ボンボン!!


焦げパンゼリーの表紙が書き変わる。


【失敗作:∞個】→【試作品:∞種類】


「∞種類!! むしろ研究熱心!!」


ミサキが涙を拭いて、ゼリーを見つめた。


「試作……品……?」


マキが叫ぶ。


「そうだ!! 筋トレも100回追い込んでからの101回目が大事なんだ!!」


エルフの少女が静かに言った。


「焦げたパンも、誰かのために焼いたパンだよ」


「……エルフ、たまにいいこと言うな」


ソウタがおずおずとミサキに言った。


「あ、あの……前に一度だけ、端っこが焦げたメロンパンがあって……あれ、すごくおいしかったです。僕、毎朝あのパンを買いに来てるので……」


ミサキが目を見開いた。


「……毎朝?」


「は、はい……だから、やめないでほしい、です……」


ミサキが涙を拭いて、小さく笑った。


焦げパンゼリーが、すうっと小さくなっていく。


カナデが呆然としている。


「……溶けてる」


『悩みが再定義された。"失敗"が"試作"に変換されたことで、恐怖が薄れた』


自販機マスターが校庭から解説する。


「……私、もう少しだけ、焼いてみます」


カナデがミサキの頭をぽんと叩いた。


「当たり前でしょ。うちのパン、あんたがいないと回らないんだから」


焦げパンゼリーが完全に消えた。カウンターに、朝日が差し込む。


自販機マスターのパネルが校庭でピピッと光った。


【フクリコポイント獲得:+1】

【自己否定解消・職場環境改善】


「……職場環境って。ここ学校だろ」


カナデが校庭に向かって叫んだ。


「……今回だけよ!! 感謝なんてしないから!!」


『了解。請求書は後日送る』


「請求するな!!」


俺はため息をついた。


カナデが小さな声で言った。


「……ねえ」


「ん?」


「校舎に入る交渉。……考えてあげてもいい」


「……お」


カナデは慌てて付け加えた。


「条件付きだから!! まだ許可してないから!!」


エルフの少女がにやりと笑った。


「ツンデレだね」


「誰がツンデレよ!!」


俺の会員証が、購買部のカウンター越しに光った。


最悪だ。

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