004話_校庭デビューは友達ゼロから
校庭は、思ったより平和だった。
……のは、最初の三十秒だけだった。
自販機マスターが校庭の真ん中に鎮座した瞬間、周囲の生徒がざわつき始めた。
「ねえ、あれ自販機じゃない?」
「なんでエプロンしてんの?」
「てか台車……」
俺は小声で言った。
「目立ってる。めちゃくちゃ目立ってる」
『当然だ。私は移動型福利厚生施設だ。目立ってこそ意味がある』
「非公式だけどな」
エルフの少女が、校庭のベンチに座って黄昏ている。
「校庭の黄昏、最高……。風が違う……」
「よかったな」
もう黄昏については突っ込むのをやめた。
「校庭だ!! 走れる!!朝のウォームアップ!!」
マキはもう走っていた。速かった。もう遠い。
自販機マスターのパネルがピピッと光った。
【校庭モード:起動】
【悩み探知範囲:拡大中……】
「探知って言い方が物騒だな!」
『悩みを探知しているだけだ。盗聴ではない』
「盗聴じゃないってわざわざ言うから逆に不安になるやつ!」
その瞬間、校庭の隅から——
「うわああああん!!」
泣き声が響いた。
全員がそっちを見た。
校庭の端、花壇の前で泣いている男子生徒がいた。
制服はきちんとしている。眼鏡。真面目そう。手には分厚い本。
だが、泣いている。
自販機マスターがピピッと反応する。
『悩み探知:完了。案件名——"友達ゼロ"』
「案件名をつけるな!! デリカシー!!」
エルフの少女が黄昏をやめて立ち上がった。
「友達ゼロ……。それ、黄昏案件じゃん」
「黄昏案件って何だよ! ジャンル分けするな!」
マキが拳を握った。いつの間にか戻ってきている。
「友達がいないなら、一緒に筋トレすればいい!!」
「解決策が筋トレしかないのか!!」
俺たちが近づくと、男子生徒がびくっと顔を上げた。
「ひっ……誰……?」
「怖がらせてごめん。俺たちは——」
『学園非公式・移動型福利厚生施設の一行だ』
「一行って言うな!! なんか恥ずい!!」
男子生徒が目を丸くする。
「じ、自販機が喋ってる……」
『喋るくらいで驚くな。ここ魔法学園だぞ』
「そのセリフ使い回してる!」
男子生徒はおずおずと名乗った。
「ぼ、僕はソウタ。図書委員で……その……」
そこで言葉が止まった。視線が足元の花壇に落ちる。
エルフの少女がソウタの隣にしゃがんだ。
「……この花、すごく元気だね。誰かがちゃんと世話してる」
「……僕が、毎日……」
マキが花壇を覗き込んだ。
「ほんとだ、葉っぱピンとしてる! 毎日って、すごくない?」
ソウタが目を丸くした。褒められ慣れていない顔だ。
「え、あ……べつに、話す相手が花しかいないから……」
言ってから、慌てて口を押さえた。
エルフの少女が静かに微笑む。
「花は、ちゃんと聞いてくれるよね」
「……うん」
ソウタの声が小さくなる。
「……友達が、いなくて」
自販機マスターがガチャコンと商品を排出した。
『本日のおすすめ。"コミュ障カフェオレ"』
「名前!! もうちょっと配慮しろ!!」
ソウタが怯えた顔でカップを見ている。
『飲まないと悩みが固形化する。前例あり』
「脅すな!!」
ソウタがカフェオレを両手で包んだ。温かさに、少しだけ表情が緩む。
「……でも、やっぱり……僕なんかに話しかけても、つまらないし……」
——ぬるっ。
地面から、透明なゼリーが湧き出した。
ゼリーはソウタの周囲をぐるりと囲み、壁のようになった。
「うわ!! 囲まれた!!」
自販機マスターが冷静に言う。
『"孤立バリア"。友達がいない恐怖が物質化したもの』
ソウタがバリアの内側から叫ぶ。
「で、出られない!!」
エルフの少女がバリアに触れた。
「……硬い」
マキがバリアを殴った。
ドゴッ!!
びくともしない。もう一発。また、びくともしない。
「……力じゃ、無理か」
マキが悔しそうに拳を下ろした。
自販機マスターが俺を見た。
『ツッコミ担当、出番だ』
ソウタがバリアの中で膝を抱えている。
俺は叫んだ。
「つまらないわけねえだろ!! 毎日花に水やって声かけてたやつがつまらないわけねえ!!」
——ボン!!
バリアの一部に、なぜかストローが刺さった。
「え?」
ソウタがストローを見る。
「ストロー……?」
ストロー。詰まってないから、通った——?
俺は勢いで続けた。
「そうだよ、詰まってねえんだ!! お前の言葉は、ちゃんと届くんだよ!!」
——ボンボン!!
バリア全体にストローが刺さりまくった。穴だらけになっていく。
「ストローだらけ!!」
マキが叫ぶ。
「穴が開いてる!! 今だ!!」
マキがストローの穴に指を突っ込んで、バリアをベリベリと剥がし始めた。
さっき殴ったときとは違う。丁寧な手つきだった。
エルフの少女もバリアの破片を拾いながら呟く。
「さっきあんなに硬かったのに……」
バリアがバキバキと崩れ落ちる。
ソウタが外の空気を吸って、目を見開いた。
「出られた……」
マキがソウタの手を取った。
「花の水やり、明日から一緒にやる!!」
「え……いいの?」
「朝のウォームアップのついで!!」
「結局そこか!! ……でもまあ、いいか」
エルフの少女がソウタの反対の手を取る。
「花の話、もっと聞かせて」
俺はため息をついた。
「……まあ、よかったな」
ソウタが泣きそうな顔で笑う。
「ありがとう……。僕、初めて人に話しかけてもらった……」
自販機マスターがガチャコン、とカフェオレを再排出した。
『飲め。友達ができた記念だ。初回無料』
ソウタがカフェオレを一口飲んで、ふわっと笑った。
「……おいしい。温かい」
自販機マスターのパネルがピピッと光る。
【フクリコポイント獲得:+1】
【孤立解消・交友支援】
その瞬間——
校庭の反対側から、怒号が飛んできた。
「おい!! そこの自販機!!」
全員が振り向いた。
校舎の入り口に、腕を組んだ女子生徒が立っていた。
エプロン姿。頭にバンダナ。腰に電卓。
そして胸元には、でかでかと——
【購買部 部長】
自販機マスターが、珍しく沈黙した。
「……お前、知り合いか?」
『……宿敵』
「宿敵って言った!! 自販機に宿敵がいる!!」
購買部部長が校庭を大股で歩いてくる。
「あんた、まさかここで営業する気? 構内は購買部の縄張りよ!」
『縄張りという概念は前時代的だ。福利厚生に境界はない、誰かを助けるのに理由はいらない』
「お前たまにはいいこと言うじゃん!」
購買部部長が自販機マスターの前に立ちはだかった。
「校庭までは見逃してあげる。でも校舎には一歩も入れないから」
『交渉の余地は?』
「ない」
『では——』
自販機マスターのパネルが光った。
【次の目標:購買部との交渉】
【難易度:高】
「難易度表示するな!! ゲームか!!」
ソウタがおずおずと言った。
「あの……僕、購買部の常連なんだけど……」
全員がソウタを見た。
「パンを買いに行くだけだけど……」
「いや、それだけでも立派な行動力だろ……たぶん」
自販機マスターが最後に告げた。
『業務連絡:次回より"購買部交渉編"に入る。全員、覚悟しろ』
購買部部長が振り返りざまに言った。
「あんたたちが何人来ようと、購買部のパンには勝てないわよ」
俺の会員証が、校庭の風に揺られて光った。
最悪だ。




