003話_落単は筋肉で取り返す
「……なあ」
三日目の朝。俺は胸の会員証をつまんで言った。
「これ、光る必要ある?」
ピカァ……。
「誇らしげに光るなぁ」
腹が立つほど光っている。
エルフの少女は今日も黄昏ている。
こうして見ると黙っていれば美人を体現したようなエルフだ。
森を駆ける風が木々の葉を揺らし心地よい。
ここだけ切り取れば平和な朝。
しかし、平和はそう長くは続かない。
ベルが鳴った。
カン、カン、カン……!
木々の間から、台車に乗った巨大な自動販売機——自販機マスターが現れる。今日もエプロン着用。
『いらっしゃいませ。学園非公式・移動型福利厚生施設、“自販機マスター”です』
「今更だけど非公式なのに堂々としてるのすごいな」
自販機マスターは、いつもと違って沈黙した。……と思ったら、側面パネルがピピッと光る。
【フクリコレベル:Lv.1】
【行動範囲:学園裏森(外周)まで】
【次の解放:校庭(構内)】
【条件:フクリコポイント 1 / 3】
「……なにこれ」
『フクリコレベル』
「略し方!可愛いな!」
エルフの少女が覗き込む。
「自販機、学園に入りたいんだね」
『入りたい。だが構内結界により拒否される』
「自販機が出禁って何したんだよ」
『過去に“購買部”と縄張り争いを起こした』
自販機マスターはガチャコン、と内部で何かを切り替える。
『フクリコポイントを集めれば、結界が一段階緩む。つまり——』
「つまり?」
『もっと福利厚生しろ』
「雑!!」
その瞬間、森の奥からドドドドド……!と地響き。
「……え、なに」
エルフの少女が遠くを見る。
「来た。福利厚生の餌」
「言い方ァ!」
木々を割って飛び出してきたのは、女子生徒だった。
ただし——
制服の上からでも分かる肩の丸み
二の腕がやたら主張
首からプロテインシェイカーぶら下げ
そして走り方が短距離選手
彼女は立ち止まるなり、空に向かって叫んだ。
「筋肉は裏切らない!!」
「開幕名言だ!」
続けて泣きそうな声で叫ぶ。
「でも単位は裏切る!!!!」
「そうきたかー」
自販機マスターが淡々と認識する。
『落単案件、来店』
女子生徒は俺を見て、いきなり握手を求めてきた。
「あなた! 握力は?」
「まず自己紹介しろ!!」
「私、マキ! 筋トレ科……じゃなくて普通科! 落単寸前!」
「筋トレ科って何だよ」
マキは胸を張る。
「筋肉で教授を説得する計画だった!」
「計画の段階でダメだろ!」
エルフの少女が目を輝かせる。
「いいね。脳筋」
「褒めるな!」
自販機マスターがガチャコンと商品を排出する。
『本日のおすすめ。“落単プロテイン”』
「ネーミングが露骨すぎる!」
マキが前のめりに聞く。
「それ飲めば単位いける!?」
『飲むだけでは無理。副作用で“課題が固形化”する』
「副作用が最悪シリーズ!」
俺が突っ込んだ瞬間、マキが叫ぶ。
「私、レポートが怖くて筋トレに逃げてて——!」
その瞬間。
地面が、ぬるっ。
「来た!」
土がゼリーみたいに盛り上がって、紙束の形になる。
しかも表紙に、でかでかと書いてある。
【レポート:10ページ】
「うわ現実!!」
さらに隣から、ぬるっ。
【締切:本日23:59】
「追い打ちやめろ!!」
マキが崩れ落ちる。
「うわああああ!! 締切が形になった!!」
締切ゼリーはカチコチに固く、時計の針みたいな腕をカチカチ鳴らして迫ってくる。
自販機マスターが言う。
『課題恐怖が物質化している。対処が必要』
マキが拳を握り、涙目で叫ぶ。
「筋トレならできるのに、レポートはできない!!」
「それ、できないんじゃなくて、やりたくないだけだろ!!」
マキが食い気味に言う。
「やりたくない!!」
「素直か!」
レポートゼリーがぷるんと増える。
【10ページ】が【20ページ】に見えてくる。
「増えるな!! 恐怖で盛るな!!」
自販機マスターが俺を見る。
『ツッコミ担当、出番』
「また俺!? エルフ何か案ある?」
「私は、妹が優秀で、私は劣等生で、森で黄昏てるの」
「もういいってそれっ!」
マキが俺の肩を掴む。
「お願い! 私、筋肉はあるけど文章力がないの!」
「あきらめるな! 脳を鍛えるには運動しかない! って学者がいってたぞ!」
締切ゼリーが迫る。カチカチ。
俺は深呼吸して叫んだ。
「締切って言うな!! それ、"閉め切り"だろ!! ドアかよ!!」
——ボン!!
締切ゼリーが、突然デカいドアになった。
「え?」
ドアは“閉まりそう”な顔でギギギ……と鳴る。
「待て待て待て! 閉まるな!」
マキが叫ぶ。
「閉まったら提出できない!単位が終わる!!」
俺は勢いで続ける。
「閉め切りは"閉まる"んじゃなくて、"通る"もんだ!!通過点だ!!」
——ボンボン!!
ドアに看板がつく。
【通過点】
「通過点ドア!ちょっと希望ある!」
自販機マスターが淡々と解説する。
『恐怖が“通過”へ変換された。締切の正体を再定義した』
マキが震えながら呟く。
「通過点……。じゃあ私、通ればいいのか……」
「そう! 通れ! そして書け!」
マキがレポートゼリーを見て言う。
「でも10ページ……無理……」
俺はすかさず言う。
「10ページって言うな!!それ、"10回"だろ!!」
——ボン!!
レポートゼリーの表紙が変わる。
【1回目:1ページ】
【2回目:1ページ】
【3回目:1ページ】…
「分割された!!」
マキの目がキラッと光る。
「回数…?回数ならいける!! 筋トレと同じだ!!」
「そう! セットだ! レポートもセットだ!」
自販機マスターがガチャコン、と“落単プロテイン”を排出する。
『摂取推奨。“レポート・セット割”』
「いや商品名!!」
マキはプロテインを飲む。
「……うまい!!」
「味の感想いらん!! 今は書け!!」
マキはその場に正座して、なぜか拳を握って宣言する。
「レポート1ページ! 1セット目!!」
「宣言が筋トレ!」
彼女は震える手でペンを持つ。
サラサラ……。
【1回目:完了】
「おおお!!」
レポートゼリーが少し小さくなる。
マキが続ける。
「2セット目!!」
サラサラ……。
【2回目:完了】
締切ドアが、少しだけ開く。ギィ……。
エルフの少女が感動して言う。
「努力が目に見えるの、好き」
「エルフ、まともなことも言うんだな!」
マキは勢いに乗って叫ぶ。
「3セット目!!」
サラサラ……。
【3回目:完了】
レポートゼリーがさらに溶ける。
締切ドアの看板【通過点】がキラッと光る。
自販機マスターが、突然ピピッと鳴った。
【フクリコポイント獲得:+2】
【落単回避・学業支援】
【健康増進(筋トレ)との相乗効果】
「筋トレが福利厚生判定されてる!!」
『筋肉は福利』
「"福利"というか"複利"だ!積み上げた筋トレにより筋肉は裏切らない!!」
マキは汗だくで笑った。
「やった……私、筋肉で単位取った……!」
「取ってない!!ちゃんとレポート書いて取ったんだよ!!」
マキは俺の会員証を覗き込んで言う。
「ねえ、担当ツッコミくん。私もそれ欲しい」
「欲しがるな!!」
自販機マスターがガチャコン。
『仮オーナー権限の申請を受理。だが今はそれどころではない』
「珍しく真面目!」
自販機マスターの側面パネルが、ピピピッと連続で光る。
【フクリコポイント:3 / 3】
【フクリコレベル:Lv.2に上昇】
【行動範囲:校庭(構内) 解放】
【次の目標:校舎前(購買部と交渉)】
「ついにレベルアップした!!」
エルフの少女が手を叩く。
「やった! 自販機が校庭デビュー!」
「校庭デビューって何!?なんか俺より青春してる!」
自販機マスターが静かに告げる。
『構内に入る。同行せよ、ツッコミ担当』
「俺も入れるの!?」
『お前は付属品だ』
俺が半歩引く。
ピリッ!!
「痛っ!! 付属品は逃げられない!!」
マキが拳を握って言う。
「私も行く!! 校庭で追い込みだ!!」
自販機マスターは台車をギギギ……と動かし、森の結界っぽい境界線へ突っ込む。
『前まではここで弾かれていた。』
だが今日は——
スッ。
「入った!?」
『フクリコレベルLv.2。構内侵入、成功』
「侵入って言うな!! せめて入場って言え!!」
遠くに、学園の校庭が見える。
眩しい朝日。平和そうな空気。青春の匂い。
そして校庭の真ん中に、堂々と自販機マスターが乗り込んでいく。
「学園の治安が終わる予感しかしない」
エルフの少女が黄昏顔で言った。
「ねえ。校庭って、黄昏るのに最高じゃない?」
「最高じゃない!! 次回の不穏な予告をするな!!」
自販機マスターが最後に告げた。
『業務連絡:次回より“校庭案件”を受理する。準備しろ』
俺の会員証が、校庭の朝日に照らされて誇らしげに光った。
明日から校庭で営業が始まる。嫌な予感しかしない。
最悪だ。




