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002話_恋の悩みは固形化するとめんどい

二日目の朝。昨日から何一つ状況が改善していない。


エルフの少女が、当然のように俺の袖を引く。



「ほら、担当ツッコミくん。お仕事の時間」


「"担当ツッコミ"じゃなくて"ツッコミ担当"な!」


……


「ーーーツッコミ担当でもねぇよ!」


語順を訂正してふと我に返った。


「静かにしなよ。森が目覚めちゃう」


このエルフ、マイペースすぎる。


そして、俺が半歩引いた瞬間、


ピリッ!!


胸の会員証が軽快に痺れた。


「痛い!俺のそばから離れるな!」


「えっ…ごめんなさい」


「愛の告白じゃねぇ!逃亡防止の会員証だよ!」


森の奥で、ベルが鳴った。


カン、カン、カン……!


「来た」



エルフの少女が、なぜか嬉しそうに言う。


木々を割って現れたのは、台車に乗った巨大な自動販売機。今日もエプロン装備で喋りだす。


『いらっしゃいませ。学園非公式・移動型福利厚生施設、"自販機マスター"です』


「早番なのにテンション一定なんだな」


『感情はオプションだ。購入するか?』


「いらねえ!」


「あ、ちなみに俺の姿はみんなには見えるから安心しろ。」


「見えない場合に言えよ!全然安心できねぇ!」


俺の叫びは、朝露に吸われて消えた。


自販機マスターの前に、ひとりの女子生徒がふらふらと現れた。制服の襟をぎゅっと握りしめ、顔が真っ赤だ。


「あ、あの……ここ……悩みを飲ませてくれるって……」


『はい。会員証は?』


「えっ、会員証……?」


女子生徒は首をかしげたまま、俺を見た。


俺は反射で言う。


「俺も昨日見つけたんだこれ!」


『会員証の譲渡は認めていない。…エルフ頼んだ』


「了解!」


「まて、俺から離れるなぁぁ!!」


そんな茶番劇を展開していると…


女子生徒はおずおずと頭を下げた。


「す、すみません……私、恋の悩みで……」


「恋」


『恋』


エルフの少女が指を立てる。


「恋……いいね。森の朝にふさわしい」


「エルフ。適当に雰囲気でしゃべってない?」


女子生徒は息を吸って、震える声で言った。


「わ、私……たぶん、両想いなんです……!」


「やばいのが来ちゃったんじゃない?」


『両想いは危険』


「危険なの!?」


『固形化すると増殖する』


「どういう世界だよ!」


女子生徒は必死に続けた。


「相手も、たぶん私のこと……好きで……でも……言葉が……出なくて……」


「言えないやつね」


「違うんです!言おうとすると——」


女子生徒が「す…」と口を開いた、その瞬間。


地面が、ぬるっ。


「うわ」


森の土がゼリーみたいに震え、ぷるんと盛り上がる。


『出た。恋の固形化』


自販機マスターが淡々と言った。


ゼリーは、ぷるぷる震えながら立ち上がり、やたらキラキラしている。しかも形が……ハートだ。でかい。無駄にでかい。


「ハートがでけえ!」


ハートゼリーは、二つに割れた。


……いや、割れたんじゃない。分裂した。


「おい増えたぞ」


女子生徒が泣きそうな声で言う。


「これ……私が“両想い”って思った瞬間に……増えるんです……!」


『両想いゼリー。別名:期待の暴走』


「名前が怖いんだよ!」


ハートゼリーが二つ、ぷるぷる震えながら俺に寄ってくる。


「ちょ、なんで俺に!」


ゼリーの中から声がする。


「すき……すき……すき……」


「やめろ!言葉が重い!物理的にも重い!」


ピリッ!


俺が半歩引くと会員証が痺れる。


「逃げられない!!俺、恋に殺されるの!?」


エルフの少女が手を叩いて喜ぶ。


「いいね!恋ってこういう感じ!」


「お前の恋愛観、災害なんだけど! ってか助けろー!」


自販機マスターがガチャコンと商品を排出した。


『本日のおすすめ。“両想いミルクティー”』


カップのラテアートには、にっこり笑うハートが描かれていた。煽り性能が高い。


「なんで笑ってんだよ!こっちは地獄だよ!」


女子生徒はカップを受け取りかけて、手が止まった。


「こ、これ飲んだら……告白できるんですか……?」


『飲むだけでは無理。副作用で“言葉が実体化”する』


「え、元からじゃないの?」


『ツッコミ担当がいる時だけ強く発現する』


「俺のせい!?」


『お前の語彙は世界を歪める』


「それ昨日も聞いた!」


女子生徒は顔を真っ赤にして、つぶやいた。


「……好き、って言いたいのに……怖い……」


その瞬間、ハートゼリーが一気に増えた。


ぽん。ぽん。ぽん。


「増えるな!!」


ゼリーが森一面に広がり始める。ハートだらけ。地獄のバレンタイン。


エルフの少女がうっとりする。


「森がピンク……」


「うっとり黄昏ている場合じゃない!」


自販機マスターが俺を見た。


『ツッコミ担当。出番』


「またかよ!恋の悩みは本人が頑張れよ!」


女子生徒が泣きそうに言う。


「すみません……私、勇気が……」


「謝るな!悪いのはこの森と自販機だ!」


ハートゼリーが俺の足にまとわりついてくる。


「すき……すき……」


「わかった!好きはわかった!でも言い方がベタベタすぎる!」


俺は深呼吸して叫んだ。


「両想いって言うな!!それ、両方“重い”ってことだろ!!」


——ボン!!


ゼリーの上に、突然ダンベルが二つ降ってきた。


「え」


ハートゼリーが押しつぶされて平べったくなる。


「重っ……」


「ほら!本当に重くなった!俺の言葉は世界に採用されるらしい!」


自販機マスターが冷静に解説する。


『“両想い”が“両重い”に変換された。期待が重さとして可視化された』


女子生徒が目をぱちぱちさせた。


「え、じゃあ……私、期待しすぎてた……?」


「そうだよ!好きってだけで十分だろ!」


女子生徒は唇を噛んで、うつむく。


「でも……もし断られたら……」


その言葉に反応して、今度は別のゼリーがにゅるっと出てきた。


ゼリーの形は……通知。


しかも文字が浮かんでる。


【未読】


「うわ最悪!未読ゼリー!」


未読ゼリーがじわじわ近づく。


「こわい……こわい……」


「恋の悩み、現代的すぎるだろ!」


女子生徒が震える。


「返事が来なかったらって思うと……息が……」


俺は叫んだ。


「未読って言うな!!それ“未来”だろ!!」


——ボン!!


未読ゼリーの文字がじわっと書き換わる。


【未来】


俺は勢いで続けた。


「未来は怖いんじゃなくて、まだ決まってないだけだ!!」


——ボン!!


文字がもう一度書き換わる。


【未定】


「未定ゼリー!ちょっとマシ!」


女子生徒が顔を上げた。


「……未定……」


俺は言った。


「そう。断られる未来も、OKされる未来も、今は“未定”。だから——」


自販機マスターが言い放つ。


『飲め』


「急に雑!!」


女子生徒は両想いミルクティーを一口飲んだ。


「……あったかい……」


その瞬間、森のハートゼリーがすうっと溶けていく。ダンベルも消え、未定ゼリーもふわりと蒸発した。


女子生徒は小さく息を吐いた。


「……私、今なら言えるかも」


「よし。行け」


女子生徒は立ち上がる。頬がまだ赤い。でも目が前よりまっすぐだ。


「……好きです、って……言ってきます!」


「おう。行ってこい!」


女子生徒が走り出した、その背中に——


『会計』


自販機マスターが容赦なく言った。


「最悪のタイミングで現実戻すな!」


『恋の悩み処理:成功。料金:ツッコミ担当の労働』


「俺が払うの!?」


『会員証に書いてある』


「毎回それ見せてくるな!!」


エルフの少女がにやにやしながら俺の会員証を指でつつく。


「担当ツッコミくん。恋、いい仕事したね」


「お前も何か手伝えよ!」


「私は黄昏担当だから」


「そんな担当はない!」


ベルが遠くで鳴った。


カン、カン、カン……!


自販機マスターが無機質に告げる。


『業務連絡:次の悩みが来る。準備しろ』


「悩みが列を作るな!!ここ福利厚生施設だろ!!」


エルフの少女が森を見て、ぽつりと言った。


「ねえ。恋が成就したら、今度は“失恋ゼリー”が来るのかな」


「来るな!!予告すんな!!」


俺の会員証が、誇らしげに光った。


最悪だ。

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