001話_森とエルフと自販機と
気がついたら森の中にいた。
エルフの少女が話しかけてくる。
「私はさ、妹が優秀で、逃げ出してきちゃったのよね」
「うん、聞いてない」
俺は短く答えた。
目の前のエルフは突然自分語りを始めた。
初対面でそんな重い話されても、返す言葉がないだろ。
「それでいつもこうやって、森の中で黄昏てるってわけ」
エルフの少女は続ける。
「そしてあなた——」
そこで彼女は、急に俺の胸元を指さした。
「その制服、逆だよ」
「……は?」
俺は自分の服装を見た。
確かに、前後逆だ。ボタンが背中にある。なぜだ。
「いや待て、俺いつ着替えた!?」
「たぶん“森の黄昏”に着替えさせられたんだと思う」
「どういうこと!?森に意思あるの嫌すぎる!」
でもエルフの少女は、そんな俺を見て笑ってる。悪気はなさそうだ。……たぶん。
エルフの少女は得意げに胸を張った。
「ここ、学園の裏森。迷子と落単と恋の悩みが集まる場所なの」
「最悪の集合場所だな」
「で、あなたは今、迷ってる」
「迷ってない。俺は制服が逆なだけだ」
「制服が逆な時点で迷ってるでしょ?」
論破されかけた瞬間——
森の奥から、カンカンカン!とベルの音がした。
「な、なんだ?」
「来た」
エルフの少女が言った。
「“移動屋台”」
木々が割れるようにして現れたのは、
——台車に乗った巨大な自動販売機だった。
自販機なのに、なぜかエプロンを着けている。
そして口元(取り出し口)から、ぬるっと声が出た。
『いらっしゃいませ。学園非公式・移動型福利厚生施設、“自販機マスター”です』
「自販機が喋った!!」
『喋るくらいで驚くな。ここ魔法学園だぞ』
「そうなの!?」
エルフの少女が俺の袖を引っ張る。
「あなた、知らないの? ここは“自販機マスター”が悩みを吸ってドリンクにするの」
「やめろ!それ絶対飲みたくない!」
「学園の七不思議"その8"として有名だわ」
「七不思議に入れてやれよ!」
自販機マスターはガチャ、と内部で何かを切り替えた。
『本日のおすすめ。“妹へのコンプレックス・ラテ”』
「ほら!!」
エルフの少女が目を輝かせた。
「飲みたい!」
「飲むな!!怪しすぎる!」
『飲まないとお前の悩みが固形化して暴れる。過去に“嫉妬スライム”が学園を半壊させた』
「怖い情報をさらっと出すな!」
俺が一歩引いた瞬間、
ピッ!
俺の胸元で何かが光った。
「……ん?」
自販機マスターが冷静に告げる。
『お前、会員登録されたからな』
「え?」
ピピピピピッ——
奇妙な電子音が森に響き渡る。
そして——俺の胸に、紙のカードが貼り付いていた。
【学園福利厚生クラブ 会員証】
【会費:あなたの労働】
「ピピピーはなんだったの!?結局カードかよ!」
『予算も森で迷子になった』
「森のせいにするな!」
エルフの少女が俺の会員証を覗き込む。
「え、あなた"ツッコミ担当"って書いてある。——通り名がそれ?」
「通り名って何!? 俺まだ名乗ってすらないんだけど!!」
自販機マスターが当然のように続けた。
『当店は悩みを液体化するが、副作用で“言葉が魔法になる”。ツッコミ役がいないと客が死ぬ』
「理不尽な業界だな!」
『ちょうどいい。——受け止めてやれ』
「受け止めるって何を!?」
エルフの少女が胸を張る。
「私は、妹が優秀で、私は劣等生で、森で黄昏てるの」
「またかよ!」
彼女が言い終える前に、地面がぬるっと盛り上がった。
緑色のゼリーが、ぷくぷくと泡立つ。
「うわ、出た!」
エルフの少女が叫ぶ。
「嫉妬スライム!」
嫉妬スライムは、俺の足首に絡みつきながら喋った。
「“妹ならできるのに”……“妹ならできるのに”…」
「うっわ、口が悪いスライム!」
自販機マスターがガシャンと商品を排出した。
『飲め。妹コンプレックス・ラテだ』
カップにはラテアートで、なぜか「妹」の文字が描かれている。
「文字が煽ってる!!」
エルフの少女はラテを受け取ろうとして手を伸ばした。
その瞬間、嫉妬スライムがさらに肥大化し、エルフの少女と同じ顔のスライム形状になった。
「えっ、私の顔で私を煽るな!」
分身スライムが、勝ち誇って言う。
「妹なら、泡立てが完璧。妹なら、ラテアートも完璧」
「スライムがラテアートを評価軸にすんな!!」
『おい、スライムだってラテアートはするんだ。趣味を馬鹿にするな』
「スライムの趣味を守るな!」
エルフは相槌を打つ。どっちの味方なんだ
自販機マスターが俺を見た。
『あの嫉妬が膨らみすぎる前に、なんとかしろ。お前の言葉なら効く』
「俺の言葉って、なんだよ!」
『さっきから的確に叫んでるだろ。あれだ。あのノリで現象をねじ曲げろ』
「ノリって言うな! 必死なだけだよ!」
「ほら!」エルフの少女が叫ぶ。「あのスライム、どんどん大きくなってる! なんか言って!」
「なんかって何!!」
分身スライムが、にやにやしながら言う。
「姉は、所詮“姉”。妹の踏み台でしかない」
俺は深呼吸して叫んだ。
「踏み台って言うな!!登山トレーニングでもする気か!!」
——ボン!
嫉妬スライムの頭に、なぜか登山用のザックが出現した。
「えっ、背負ってる!?」
分身スライムがふらつく。
「う、重い…」
俺は勢いに乗って続ける。
「“登山者”になってるじゃねえか!頂上目指せ!!」
——ボンボン!
スライムの足が、登山靴になった。
さらに、頭に「初心者歓迎」と書かれたハチマキまで出た。
「なんだその装備!」
分身スライムは急に真面目な声になる。
「頂上…目指す…」
エルフの少女が目を丸くした。
「ツッコミで現象変えられるの強くない?」
『彼の語彙が世界を歪めてるだけだ』
自販機マスターが満足そうに言う。
『まぁ、拙いツッコミだったが。そのうち上達するだろう』
エルフの少女はラテを一口飲んで、目を細めた。
「……おいしい。ちょっとだけ、楽になる」
「本当に効くんかい!」
するとスライムが、手を振って消えていく。
「スライムが爽やかに去るな!」
エルフの少女はほっと息をついた。
「ありがとう。あなた、意外といい人なんだね」
……いい人って言われると、なんか居心地が悪い。前の学校じゃ、そんなこと一度も言われなかった。
自販機マスターがガチャ、と排出口を鳴らす。
『会計だ。……エルフ客は初回無料。ツッコミ担当は有料』
「俺が払うの!?」
『会費:あなたの労働、と会員証に書いてある』
「その規約聞いてねえ!!」
エルフの少女がニヤッと笑う。
「じゃあ明日も来るね。次は“姉としての自信”の味がいいな」
「変なオーダーすんな!」
まあ、うまくいったならよかった…のか…?
『明日は“彼女に貸出”だ』
自販機マスターが当然のように言った。
「は?」
『仮オーナー権限、付与。——ほら、これを会員証に当てろ』
自販機マスターがガチャンと排出口から小さなコインを出した。エルフの少女がそれを受け取って、俺の会員証にピッと当てた。
ピピッ!
俺の胸がまた光る。
『今日からこいつがお前の”担当客”だ』
「担当客って何!?」
『おっと、彼女から離れるなぁ〜』
俺は嫌な予感がして、半歩下がった。
ピリッ!!
胸の会員証が、電気ショックみたいにビリッと痺れた。
「痛っ!!なんだこれ!!」
『逃亡防止アプリだ。離れると痛みが発生する』
エルフの少女は肩をすくめる。
「さぁ、森で黄昏ろっか。ツッコミ担当くん」
「黄昏るな!!」
自販機マスターが最後に一言。
『本日の業務連絡:新人、明日から早番だ』
「早番の概念が森にあるのおかしいだろ!!」
エルフの少女が俺の袖を引いた。
「ていうか、あんた今日どこに泊まるの?」
「……あ」
まったく考えてなかった。見ず知らずの森で迷子って。笑えない。
「うち来る?森の奥だけど、一応屋根あるよ」
「一応って何だよ……」
断る選択肢を探したが、会員証がビリッと光って俺の思考を遮った。
「……世話になります」
「よし、決まり。ご飯は自販機のドリンクしかないけど」
「それはご飯じゃない!!」
俺の会員証が、やけに誇らしげに光っていた。
最悪だ。




